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「ジョエル、こちらフィリーチェ・デュポンだ。しばらくここにいることになったから。」


ジョエルはこの婦人がエドアルドのパトロンの妻フィリーチェであり、アルバンがエドアルドとフィリーチェの子供であることを飲み込もうとしてみた。目元の不思議な既視感は思い違いではなかった。その瞬間に自分のお腹の中で息づく命は、ジョエルにとって価値のない塊になった。


耳から入った事実は青黒いインクになって胸に腹に落ちて広がり、腹の中の煌めいていた命を翳らせた。信じていたエドアルドとの時間が、すべて虚構に変わっていく。ジョエルの全身に暗い血が巡る。白い顔は更に青みを増して、陶磁器のような冷たさに見える。自分だけを愛してほしい。どうしてエドアルドの愛は自分だけのものにならないのだろうか。


「ジョエル、フィリーチェです。それに息子のアルバン。よろしく。」


一目フィリーチェを見ただけで、ジョエルは挨拶もせず顔をこわばらせた。フィリーチェはジョエルの感情などには気付きもしないのか、アルバンの手を引いてアトリエに上がって行った。


「少しの間だから。」


エドアルドはジョエルの緊張を察していた。しかしジョエルは不安も怒りも表さず、思いは価値のなくなった腹に埋没していった。パメラが消えたあとに、エドアルドの愛が幼い少年になって具現化してやって来た。血の絆は去ることはない。エドアルドが自分だけを愛することはないのだろう。腹の膨らみは内から腐り出す。煩わしい体を強いて、ジョエルはアトリエのベッドを整え始めた。


「出産の予定はいつ頃?きっとあと数か月ね。」


フィリーチェがベッドのシーツを引っ張るジョエルに手を貸しながら気安く話しかけた。


「・・・えぇ、あと三か月くらいです。」

「そう、これからどんどん大きくなって眠れなくなるわよ。」


子供を持つ経験からフィリーチェは明るく語り掛ける。ジョエルはエドアルドに愛された人という敵の外殻の中に、温かい頼もしさを微かに感じた。自分が疎ましくはないのだろうか。もうエドアルドを愛していないのだろうか。フィリーチェの様子が不可解だった。頭をもたげる一度に処理しきれない事実と思考に弄ばれて返事もせず、ジョエルはそそくさと支度を終えると階下に降りて行った。


フィリーチェと対面していることが苦しくてならない。エドアルドに事の次第を追求する勇気もなく、現れる現実を生きていくしかなかった。エドアルドはフィリーチェを愛しているのか、フィリーチェはエドアルドを愛しているのか。フィリーチェもやがて去って行くとジョエルは念じながら、確固たるアルバンによって揺るがない自信を持っているようなフィリーチェに恐れを感じる。


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