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エドアルドが家に戻ると、テーブルには新しい真紅のアネモネが咲いている。瑞々しくそこだけが異次元のように映る。
「どうしたの?大丈夫?」
ぼうっとアネモネを見つめるエドアルドに、ジョエルの優しい声が届く。
「うん、ちょっと疲れているだけさ。」
少し目立ってきたジョエルの腹を、エドアルドは背後から抱き締めて触ってみる。これが男と女の幸せの結末なのかエドアルドにはわからない。しかし自分の傍から消えることのないジョエルには安心を感じていた。この心地よさが自分にとってあるべきものなのか、それはわからない。筆を突き動かす波立つ猛火が恋しくもある。
ジョエルは腹に当てたエドアルドの手を握ってみる。二人だけの幸せはジョエルすべてを包み込んだ。すっかり現れなくなったパメラのことを聞く必要などない。雨雲は去り、エドアルドは今までもこれからも永遠に自分の中にいる。
エドアルドの酒と薬の量は減っていった。金がないせいもあるが、体が毒素に耐え切れなくなってきたように感じていた。長年摂取された毒は体を疲弊させ損壊させていた。肺が熱く腫れるような咳が続いている。煙草のせいだと気に留めなかったが、咳は収まることなく続き、酷くなっていった。
「エドアルド、触ってみて!ほら!」
珍しくジョエルの弾む声が部屋に響いた。エドアルドに近づくとジョエルはその手を取って腹の脇に押し付けた。
「わかる?」
「・・・何?」
「ほら!」
「あぁ、お腹の子が動いたのか。」
「えぇ、とっても元気に暴れている。男の子かしら。」
ジョエルの頬は出会った時のように薔薇色に光っている。エドアルドは教室で初めて視野に入ってきたジョエルの美しい衝撃を蘇らせた。お腹の子がジョエルを幸せにするのなら、自分も歓迎すべきなのだと受け入れてみる。
金は酒や薬ではなく、エドアルドの咳の薬に変わっていった。ジョエルはエドアルドが家にいる時間の多くなったことを手放しで喜んだ。父親になる自覚が彼を家に留めおくのだろうと甘い想像をした。いつまでもこの二人の生活が続いていくのだ。




