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カフェの熱気は不死身であった。其処に行けば誰もが寒い世の常から逃れられる。この瞬きだけが真実である。過ぎ去った悪行も、やって来る災いもここにはない。
エドアルドは赤葡萄酒を煙草と交互に口にした。ひと瓶開けても何も変わらない。寒い。パメラが凍らせる。リッカルドから聞いた事実で自分を責めているのか、それほどいい人間だったのか、自分に問うてみる。二本目の赤葡萄酒を注文する。唯々愛するだけではなぜ許されないのか。
世界を呪ってみる。自分の周りに死が巻き付いている。自ら招いているのか、死から寄ってくるのか。いずれにせよ自分が元凶であることは間違いない。愛しただけの俺が何をしたと言うのだ。耐え難い不条理を宿した人生を身勝手に恨んでみる。葡萄酒は何処にも連れて行ってくれない。決して辿り着くことのない逃げ場所を探す。
ガブリエーレが慌ててカフェに入って来て、一目散にエドアルドに駆け寄った。
「デュポンが破産したって!知ってたか?今聞いたんだよ。」
「えっ?」
「投資に失敗して、返せるような額じゃないらしく、イギリスに逃げたって。何も聞いてないのか?」
「今年の夏は天候がよくないから別荘に行くのは止めようって言ってたけど、それ以来会ってないよ。」
「別荘なんてとっくに売り払ってるさ。お前、どうするんだよ。」
「どうするって・・」
「新しいパトロン探さないといけないだろ?」
「まぁな・・なんとかするよ。」
「俺も知り合いに当たってみるから。」
「悪いな。」
エドアルドは思考の纏まらない頭の渦を見つめていた。自分が引き寄せた災難なのか、パメラを滅ぼした天罰なのか、子供の誕生すら呪いの喜びなのかもしれない。また借金を重ねるしか手立てがない。石を彫り絵を描く以外の些末な日常に引きずり込まれる。疎ましい。うまくいかないすべてが疎ましく感じる。
エドアルドは自分の人生を憎んでグラスを飲み干した。何かの償いをしなければ許されないのだろうか。罪を犯したのだろうか。腹立たしくも悲しくもある。ガブリエーレとの会話も耳に入らず、煙草に火をつけて席を立った。外の空気を吸ったところで心が洗われるわけもないが、ただ足を動かして歩いた。




