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グレタはエドアルドの唯一の理解者だった。銀行家の父親の跡を継がずに芸術の道に進むことを後押ししてくれたのもグレタだった。母親が亡くなってから、継母と馴染むことのできなかったエドアルドを支えてもくれた。
姉でもあり母代わりでもあったグレタを死に追いやったのは自分であると、両親に責められなくとも、エドアルドはそう思っていた。グレタに友人のMatteoマッテオを引き合わせたからだ。
グレタはマッテオと結婚するものと周りの誰もが思っていた。が、ある日告げられたのは求婚ではなく別れの言葉だった。マッテオはグレタとの関係を続けながら、親の勧める見合い相手と付き合い、婚約をしていた。
グレタの衝撃は計り知れず、声を発することができなくなってしまった。医師は治療に専念したが、グレタは自ら望んで病気になるように、心の傷が体に広がり一年も足たぬ間に亡くなってしまった。
エドアルドは弟に父の跡を継がせ、グレタが勧めてくれた巴里の美術アカデミー・クラロッシで彫刻を学ぶことに決めていたが、決行の日がこんな形で訪れるとは思ってもいなかった。イタリアから出て巴里に行くことで、罪から遠ざかりたかった。グレタの死の影から逃れたかった。
アカデミーで彫刻を学び、本格的に作品を制作するようになって、エドアルドは救われていった。粘土に触れている時、大理石に金槌を当てている時、彼には罪悪感も焦燥も後悔も何もなかった。巴里に出てきて間もなく酒に溺れるようになっていたが、次第に芸術にも依存するようになっていった。
数年アカデミーで学び、作品を毎年サロンに出品しても、一度も入選することはなく、酒の量と借金ばかりが増えていった。アカデミーの仲間たちが入選するたびに、彼がユダヤ系であることが落選の理由ではないかと噂された。そしてそれは落選続きのエドアルドを慰める仲間の常套手段でもあった。
見かねたガブリエーレは馴染みの美術商に頼み込んで、パトロンとしてAlphonse Dupontアルフォンソ・デュポンをエドアルドに紹介してもらった。運よくデュポンはエドアルドの作品をひと目で気に入って、援助を申し出てくれた。
若くして貿易業で成功したデュポンはエドアルドと同年代だったので、パトロンというより友達のような間柄となり、年に一度はエドアルドを別荘に招いて休暇を楽しんだ。エドアルドの収入源のほとんどはデュポンからとなるが、それがエドアルドには少しばかり窮屈にも感じられた。それでも日々の糧のために注文通りの作品を作り続けた。
その行為がエドアルドを少しずつ蝕んでいくことには本人も気づかなかった。