9.月への想い
神さまもたくさん悩んで成長します。
苦しい……あぁ、なんでこんなに苦しいんだろう?……それはね、水ようかんでお腹がいっぱいのところに、また更に水ようかん(フルーツ入り&ドでかサイズ)を10個も食べたからだよ?
うん、分かってた。分かってたよ、僕。だって……デレ顔&「あ~ん」からは逃げられないでしょ!?普通だったら極上の幸せとでも言えるんだろうけど。今度からハッキリ断ろう。まじで。
デメテルにお願いして少し休ませてもらったら、だいぶ治ってきたみたい。良かった。一緒に街へ向かえるようになったのは、あれから2時間後になっちゃったな。でも、ずっと手を握っててくれてたのは嬉しかったけど。そういうとこ優しいよね。
「流星、ごめんなさい……私、流星に喜んでもらいたくて、いっぱい食べてもらおうと思ってそれで……」
ありゃりゃ。僕の体調のことでかなり気を落としちゃったみたいだな。明らかにしゅんとしてる。
「大丈夫だよ。そんなに落ち込まないで?僕もハッキリ言わなかったのが悪かったんだしさ。今度から、言うから。ね?」
「うん!私も気を付けるわね。ごめんね、流星。そろそろ歩けそう?大丈夫?ゆっくりなら行けそうかしら?」
デメテルはそう言うと、手を繋いでくれた。いわゆる恋人繋ぎだった。
「で、デメテル、これ……」
「あっ……私ったら、いやん。つい……イヤだった……?」
「う、ううん。全然いやじゃないよ!むしろ、嬉しいというか……このまま行こ?」
「……うんっ!」
2人して照れながらもデメテルのプライベート空間を出る。そこには見渡す限りの緑したたる大地と、見たこともないような美しい紅色に染まった夕焼雲が、空一面に広がっていた。
その更に上空は、まだ微かに空の青さを残しており、まるで空全体を覆う炎が燃え広がっていくような光景に、僕は思わず息をのんだ。
雲の隙間から零れる紅い光が緑の大地を包み込んでいた。それは、燃え立つような炎のごとき力強さと、神々が愛したと言われる宝石『紅玉』の輝きを併せ持った神秘的な光のベールとなって、大地を緋色に染めていた。
「うわぁっ……!凄いやっ!!こんな綺麗な夕焼け見たことないよ。本当にここって地球じゃないんだな」
天界にも夕焼ってあるんだね。あ、てことは、今までいたあの真っ白な空間全部、デメテルの作ったものだったんだ。凄いな。
目線を前方に移すと、ここからそう遠くない場所に何やら沢山の建物らしきものが見える。紅色に染まった石畳の道が、あたかも僕たちを導くかのようにその場所まで続いていた。
あれがさっき言ってた神さま達の街かな?
ふと視線を感じて首を動かすと、デメテルがこちらを静かに優しく見つめていた。煌めく斜陽に照らされた黄金色の髪が紅く染まり、風にたなびいて輝いていた。その佇まいはとても優美だった。さながら絵画の中から抜け出たような美しさだった。
本当に綺麗だ。心を強く揺さぶられる。そんな艶やかな彼女から目が離せなかった。
「ど~したのかしら?お姉さんに見とれちゃった?」
デメテルが悪戯っぽく笑う。
「あ~……うん、まあね。とっても綺麗だから目が釘付けになっちゃった。ねえ、デメテルって豊穣の女神さまじゃなくて、ほんとは美の女神さまなんじゃない?それに、その優しい瞳に吸い込まれそうになる。いつまでも見ていたいくらいだよ」
本心だった。彼女には全てを惹き付ける魅力があった。
「美の女神って、や、やだぁ、照れちゃうわっ。褒めすぎよ。恥ずかしいわ……もうっ」
「ホントのことだよ」
「流星ったら……そういうとこぐいぐい攻めてくるわよね?あ~恥ずかしい。でも、ありがとね。流星にそう思ってもらえて嬉しいわ」
デメテルの顔、真っ赤だ。僕もかな?夕陽のせいってことにしておこう。
「あ、そ、そうだわ!アルテミスの能力の話の途中だったわよね?歩きながら話しましょ?」
照れてあたふた慌ててる姿も綺麗だから、ほんと不思議だよね。
「まだお父様たちが帰るまで時間あるから、少しゆっくり行かない?2人でこうして歩いていたいの」
「うん、いいよ。アルテミスさまのこともそうだけど、こっちのこと何も分からないから、色々教えてくれると嬉しいな」
「そうよね、何も知らないってことは結構、不安になるわよね。じゃあ、順番に説明していこうかしら」
神さまの住んでるところってどんな街なんだろ?どんなものを食べてるのかな?まさか、全部が通販で買った下界の世界のものってことはないだろうし。地球みたいにお店とかあるんだろうか?それとも、魔法みたいなものでなんでもパパッとできちゃうのかな?
「うん、ありがとう。デメテル。お世話になります」
「はい、お世話します!」
僕たちはクスクスと笑いあった。なんかいいな、こういうの。
「え~と、じゃあ、まずは話の続きからってことで、アルテミスのことからでいいかしら?」
待ってました!
「うん、お願いするよ。アルテミスさまは『月と星を司る神さま』を目指してるくらいだから、やっぱりそれと関係した能力を持ってるの?」
「ええ、そうよ。えっ……とね、あの子、転生してるから今は『極小』しか使えないんだけど……」
そう言いながら、すっかりお馴染みのタブレットで画面を開いていくデメテル。
「ああ、前に言ってた神さまとしての力が弱くなるってやつ?」
「そうそう!そうなのよ。転生中は天界にいる時より、能力が1ランクダウンしちゃうのよね」
そうなんだ。転生中ってことで制約みたいなものがある感じなのかもな。
「そっか。でも、【新生】したら、また元の能力を使えるようになるの?」
「大抵はそうね。でも、転生中の成長度合いがあんまり悪かったりすると、ランクダウンしたままなんてこともあるわよ?だから、アルテミス程の才能の持ち主でも必ずしも安泰ってことじゃないのよね」
神さまとして成長するってのも、結構、ハードル高いんだな。条件的には厳しいくらいだね。
「そうなんだ。アルテミスさま、上手くいくといいね。でも、どうして月や星を好きになったんだろ?まあ、確かに綺麗だとは思うけど……なにか理由があるのかなぁ?」
「それなら、前に話してくれたわ。あの子、生まれつきなんだけど、ほんの少し発育が悪かったのよ。今は同年代の子たちとそれほど変わらないんだけね。もっと子供の頃は、同年代と比べて背もちっちゃかったし引っ込み思案だったこともあって、あんまり周囲の子と馴染めなかったみたいなのよね」
神さまも人間みたいな悩みがあるんだな……アルテミスさま、あんなに優しい笑顔浮かべてたのに、きっと嫌なこともたくさんあったのかな。
「そうなんだ……」
「ええ。でもね、そんな時、下の世界の星たちを見て、その美しさに心を癒されていたんですって。特に地球の月を気に入ったらしいわ。そういえば、あの子、よく空を見上げてたもの。輝く月を見るのが好きだったのね。それがとても心に残ったみたい。それに――」
話しながら彼女は、夕焼け雲の隙間から覗く、地球のそれより大きめの月を見上げた。その姿は慈愛に満ちており、大切な妹を想う姉の気持ちがありありと感じ取れた。
「月って満ち欠けでその姿を変えるでしょう?そのことから『成長の象徴』とも言われてるの。もしかしたら、自分も成長したいっていう気持ちを、欠けている月が満月へと少しずつ変わるその姿に重ねていたのかも知れないわ」
神さまも色んな思いがあって、司る対象を決めてるんだね。アルテミスさま、なんとか頑張ってほしいな。
「なんだか、とっても素敵な話だね。僕もアルテミスさまを見習って成長しないといけないな」
「うふふっ、それを言うなら私もよ?私たち、一緒に成長できたらいいわね」
「そうだね!とりあえず、天界にきちんといられるようになったら、なにか夢を見つけるよ!」
そう……せっかく天界に来れたんだから、何か僕にやれることを見つけなきゃ。
「あはっ、いいわね、それ!私にもお手伝いさせてね?」
「ありがとう、心強いよ。」
ギュッと引き寄せられた体に彼女の熱を感じた。その言葉が何よりも嬉しかった。独りじゃないんだ。そう思うと、なんだか一筋の光が見えたような気がした。僕は天界にいてもいいのかな。
まだ儚く弱々しい希望だけど、デメテルがいる、それだけで僕の心はやる気で満たされた。
「それでね、アルテミスの能力なんだけど……えっとね、効果は知ってるんだけど、能力名が分からなかったのよね。前に聞いてたんだけど、忘れちゃったの……あ!あったわ!」
タブレットを操作しながら声を上げるデメテル。どうやら、見つけたらしい。おぉ!ついにだ!わくわくしちゃうな。優しそうな子だから、きっと皆が幸せを感じるような能力かも知れないな。
「そうそう!これだわ!随分、可愛らしい名前だなぁって思ったのよね。でも、アルテミスらしいわ。流星、お待たせ!【小さいわたしの小さな願いを星にのせて】ですって!」
な、なんて可愛い響きなんだろう……!!アルテミスさまのイメージぴったりだよ。
「まるでアルテミスさまを表したような可憐な名前だね!」
「ふふっ、そうね。能力の名前は、神自身が言葉に力を込めて紡ぎ出すものなのよ。きっと、あの子なりに星や月への想いを込めたのね」
へ~!素敵だなあ。どんな効果なんだろう?確か、シューティングスターって流れ星って意味だったよね?人々の願いを叶えてくれるとかそういう感じなのかな?
「それでそれで!?どんな効果があるの?」
「効果はね、流星の世界の数字で換算するわね?宇宙に漂う直径1kmくらいの隕石を地表に落下させるのよ!」
……!?……はっ!?
「えぇ?……ごめん、ちょっと何言ってるのかよく分からなかったんだけど、もう一回言ってもらってもいい?隕石を落とすって聞こえたんだけど……そんなわけないよね?死んで耳がおかしくなっちゃったのかも??」
「ううん?その通りよ?隕石を落とすの。ほら、ここに書いてあるわ。地表には直径約15km程のクレーターができるんですって!あのね、クレーターっていうのは、衝突によってできる円形の窪んだ地形のことよ?」
「う、うん、それは分かるよ?それは分かるけども!!隕石を落とす!?ええ!?ほんとに!!?」
ま、まさかの攻撃系女神さま……お母さんの能力を強く継いじゃってるのって、もしかしてデメテルよりアルテミスさまの方なのでは……?あんな可愛い顔して恐るべし。
とりあえず、もし、お会いする機会がある時は、真っ先に挨拶させてもらおう。
アルテミスはきっとお母さんに似たんでしょうかね。
次回も読んでもらえると嬉しいです。