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51.若き大地の鼓動・林

後悔に苛まれるレーア。

彼女がすべきことは……!?

「クロ君……」


 翌朝、自分の呟く声で目が覚める私。でも、ベッドから起きる気にはなれなかった。彼のあの冷たい目。思い出すだけでも涙が溢れてくる。全身の力が抜けたようにだるい。汗で体中が不快だったけど、どうにも動く元気がなかった。

 どうせ、部下の皆は休みだし、私も休もう。通信で他の隊の大隊長に連絡を入れると、いつもと様子が違うことが伝わったのか、ひどく心配される。――大丈夫。それだけ言うと察してくれたのか、それ以上は何も聞かないでいてくれた。しかも、第三大隊の皆と一緒に私にも二週間の休みをもらえるよう、上に申請してくれるとのことだった。


 何もする気が起きず、再び、掛け布団に潜る。どうしたらいいんだろう?謝って許してくれるかな?でも、もし、許してくれなかったら?それに、顔を二度と……二度と見せるなって。

 涙が頬を濡らし、流れ落ちる。声にならない泣き声を上げながら、いつの間にかまた、眠りに落ちていた。



――数時間後


 夢現(ゆめうつつ)のままベッドにいたら時間は分からないけど、テテュスやなぜかセメレーが何度か来たみたいだった。でも、居留守を使った。涙で真っ赤に腫れた瞳、ボサボサの髪。誰にもこんな弱い(レーア)を見られたくないよ……。



――さらに翌日の深夜


 クロ君、どうしてるだろう。夜中に突然、目が覚めて最初に思ったことは、彼のことだった。結局、一度も訪ねて来てはくれなかったみたいだけど……当たり前だよね。本当に嫌われちゃったのかな。テテュスにも悪いことしちゃったし。会いに行ってきちんと謝ろう。彼にも会いに行って誠心誠意謝ろう。明日は幸いにも土曜日だし、二人共休みのはず。謝ればきっと許しくれるよね?

 そうだ!お弁当作ってこうかな?それで、きちんと謝ってその後、ピクニックに誘っちゃお!そうと決めたら、クロ君の好きな物たっくさん作ってってあげようっと!



――数時間後、午前五時


 シャワーを入念に浴びて肌のお手入れをし、いつもの倍以上の時間をかけて磨き上げる。その後、バスタオルを巻いたまま熱くなった体を冷まし、髪を乾かし梳かす。その時、ふと、鏡に映る鎧が目に入りため息をひとつ。今日は(あれ)じゃなくてもいいよね?だって、神殿に行くわけじゃないもん。


 朝早くから準備をしたかいもあって、いつもより豪華なお弁当ができちゃった。天空豚とアスパラガスの包み焼き、黄金鶏の卵の卵焼き(ちょっと甘め)。あと、野菜も欲しいよね。光りトマトと夏キュウリ、王冠ツナと極みレタスのサラダも作っちゃった!それに、彼の一番好きな大極楽鳥と太陽キャベツの千切り入りチキンカツサンド。

 ふふっ、喜んでくれるといいな~。そう思いながら、次にクローゼットの前に移動する。彼に買ってもらったあのドレスを着ていきたいけど、もしかしたら原っぱに直接座るかも知れないし……汚れたらヤダな。今日はデニム(こっち)にしよう。でも、これだって、クロ君に買ってもらったやつだもんね~!


◇◇◇


 ウキウキしながら外へ出てみると、まだ午前中なのに気温が高く夏らしい暑さ。でも、時折、軽やかな風が吹き、肌にひんやりとした感覚が押し寄せてとても心地良かった。


「え~と、まずはやっぱりクロ君よね~。お家にいるといいな~」


 緊張するけど、謝って気持ちを伝えれば絶対に大丈夫!そう思うと、初夏の陽気も相まってか心が軽くなり、気持ちが驚く程、楽になった。思わず、スキップしそうになったその時、賑やかな大通りの中に見知った顔を見つける。


「テテュス!」

「……っ!?レーア!……アンタ、よくも居留守なんてしてくれたわねっ!?」


 私を見るなり、不機嫌MAXの感情をぶつける彼女。


「ごめん……」

「それより、彼には会いに行ったの?ちゃんと謝りに行った!?」

「これから行くとこなの……」

「何やってんのよ!?今まで何やってたの!?あの日から今日でもう三日目よ!彼を失ってもいいの?よく考えなさいよっ!」

「そんなこと言ったって……だって、怖かったんだもん。クロ君のあんな冷たい目、初めて見たし――」


 ……っ!?頬に走る衝撃。唐突にぐらつく視界。遅れて感じる痛み。一瞬、何が起きたのか分からなかった。


「アンタ、本当にあのレーア?自分がしたことでしょう?何が怖いの!彼の方がよっぽど傷付いてるのが分からないわけ!?いまのアンタはね、自分を可哀想がってるだけ。どうせ、丸二日ずっと家に引き篭もってたんでしょう?拒絶されてまた傷付くのが嫌だったから、怖かったから!アンタなんて……アンタなんて、アタシの知ってるレーアじゃないわ!ただの臆病者よ!」

「……テテュス、私――」

「悪いけど、もう話し掛けないでくれるかしら?()()()()?」

「…………」


 突き刺すような鋭い視線で睨みつけ、そのまま離れていくテテュス。


「テテュスの言う通りね……」


 私はなんて愚かなんだろう?どうして一日でも早く、一分でも早く謝りに行かなかったんだろう?自分が情けなくて涙が込み上げてくる。大切な幼馴染を失っちゃった。どんな時も応援してくれたテテュス。その彼女が突き放すなんて……ほんと馬鹿よね、私ったら。

 気が付くと、走り出していた。一刻も早くクロ君に会いたかった。罵倒されても蔑まれてもいい!何より、彼の顔が見たかった。声が聞きたかった。ただ、謝りたかった。彼を……失いたくなかった。


 少し距離はあったけど、どうにか彼が住む部屋のある通りに来れた。いつもならこの程度の距離なんて平気なのに、今日はやたらと心臓がドキドキする。クロ君、いるかな?会ってくれるかな?会ってくれないなんてこと、ないよね?

 そう考えると、より一層、ドキドキが激しくなったような気がした。


「よし……!」


 決意を胸に抱き、通りを歩き出す。両側に広がって立ち並ぶ、たくさんの天使たちのお店。いつもはその賑やかさがうるさい程なのに、いまはやたらと静かだ。自分の鼓動の方が遥かに大きく聞こえるくらい。

 どうしたんだろう、私。この感覚は何?まさか、不安?そんなはずないじゃない!クロ君ならきっと、許してくれる!明日からまた、彼との日常が戻ってくるはず!私は無理にでもそう思い込もうとする。

 そう言えば、【夢見の泉】だと自分の未来は視えないのよね。あ~ぁ、視えたら良かったのにな……。


 もう少しで彼の借りている部屋が見える所まで来た時、その建物から誰かが出てくるのが見えた。


「あれは……セメレー?」


 え?なんで?恋人もここに住んでるの?そう思った次の瞬間、また誰かが出てきた。それはよく見知った顔だった。一番見たかった顔。


「く……クロ……君?」


 二人は何事か楽しそうにお喋りしながら出ていく。時々、笑顔さえ見せていた。


「な、なんで!?」


 どういうこと?なんで、セメレーが!?恋人がいるんじゃなかったの……!?まさか、浮気??


「ううん、そんなわけない。そんなはずない!」


 自分に言い聞かせるようにして、必死に嫌な考えを振り払う。一先ず、後を追わなきゃ。それにしても、どこに行くんだろう?

 前を歩く二人に気付かれないようにして、距離を空けて進む。え~と、少しでも顔が分からないように変装した方がいいのかも?なんかいいのあったかなぁ?二人を見失わないようにしながら、亜空間をゴソゴソと探す。あ!これならいいかも!去年の暮れ、ダンスパーティーにお呼ばれした際に着けた仮面があった。早速、着けて尾行を再開する。

 仮面舞踏会だなんて私のガラじゃないと思ってたけど、あの時に、クロ君と初めて会ったんだっけ。カッコ良かったな~。上手く踊れなくて落ち込んでる私にダンスを申し込んでくれた彼。とっても上手にリードしてくれて夢心地だった。もぅ!クロ君ってば、素敵すぎぃ~!!


「ママ、あのおねーちゃん、なんでくねくねしてるの?お顔に変なのつけてるよ?」

「シッ!見ちゃいけません!早くいくわよ!」

「…………」


 んんっ……私も行こ。



――二十分後。


 一体、どこまで行くんだろう?幸いにも今のところ、手を繋いだり腕を組んだりといった恋人のような仕草はしていなかった。でも、何をあんなに嬉しそうに話してるんだろう?あ~すごい気になる!あれ?ここは……?


「宝石店!?」


 仲睦まじく中に入っていく二人。な、な、ななななんで!?頭が混乱して考えが上手くまとまらない。だって、セメレーはあんなに明るくて素直な良い子で、私のこと慕ってくれてたのに!?クロ君だって、僕なんてモテないよ、だなんて言ってたのに!?二人して私を騙してたってこと??

 と、考え込んでいたらすぐに二人が出てきた。あれ?指輪とか買いに来たんじゃないの?何しに入ったんだろう?ていうか、また歩き出してどこに向かってるの?この先はそんなにお店とかないはずなんだけど。



――さらに二十分後


 目の前には立派な大聖堂があった。ここは神聖な場だけど、建物の中や周りの広場は自由に過ごせる。でも、それだけじゃなくて、結婚式を挙げる場としてもかなり人気が高い。私もいつかはここで、なんて思ってたっけ。でも、どうしてここに……?

 あっ!いけない!まだ仮面着けたままだった!どうりで皆、よそよそしいと思った。向こうでちょっと外してこよ。


 土曜日なこともあってか、たくさんの神や天使で賑わう大聖堂。広場の皆は、楽し気な様子で思い思いに過ごしている。クロ君とセメレー、二人が中に入ってしばらく経つ。遅いなぁ。何をしてるんだろう?仲良くイチャイチャしてるのかな?いや、そんなまさか!ねぇ!?

 いてもたってもいられずに、たまらず開いた大扉のそばから中を伺う。すると、大聖堂の職員らしき若い女神から声を掛けられた。


「もし?失礼ですが、あなた様はもしや、レーア様ではありませんか?」

「えっ?はい。あなたは……?」

「やはり、そうでしたか!先の大戦では自ら防衛戦線を死守し、多くの神や天使を救ったとか。あなた様がいらっしゃらなければ、最終防衛線(レッドライン)も突破されていたかも知れないと伺っております。本当にありがとうございました」


 そう言って深々と頭を下げる彼女。年齢は私と同じか少し上くらいに見えた。やけに詳しく知ってるのね?そこまでは一般の神や天使には伝えられてないはずだけど……?

 しかも、最終防衛線(レッドライン)なんて言い方は普通しない。彼女は一体、何者?


「いえ、私は自分の使命を果たしたまでです。真に讃えられるべきは前線にて脅威と対峙した精鋭隊の皆ですよ」

「ふふっ。話に聞いていた通り、勇猛さだけではなく実直で謙虚なお方ですのね。父もレーア様はお若いのに非常に優秀なお方だと常々、申しておりますわ」

「い、いえ。そんな……」


 面と向かってそんな風に言われるとなんだか照れちゃうな。ん?父も?


「あの、父って……?」

「あら、これは失礼いたしました。父は第三大隊の中隊長をしております、アレスですの。私はその娘、ハルモニアと申します。父がいつも大変、お世話になっております」


 お辞儀をしてニコッと微笑む彼女。中隊長さんの娘さん!?


「そうでしたか!それはそれは……こちらこそ、御父上にはいつもお世話になっております。アレス殿がおられなかったら、私は大隊長としてとてもやってはいけなかったでしょう」

「そんなことはありませんわ。父はレーア様こそ、次の世代の中心となる神だと考えているようです。私も、直にお会いできて神力の強大さだけでなく、澄み切った水のような清澄(せいちょう)な心をお持ちだと感じましたもの。あなた様はきっと、これからの天界にとって必要な方に違いありませんわ」


 そんなことない。私は臆病で、自分のことしか考えられない卑怯な神なんです。


「レーア様?どうかされまして?」

「いえ、何でもありません」

「ところで、今日はこちらに何か御用でしたでしょうか?

「あ、え~と。そういうわけではないのですが――」


 そこまで言って、一応、探りを入れてみてもいいかも?と思い直し、質問する。


「あの、つかぬ事をお伺いしますが、三十分くらい前に燃え盛る夕陽のように紅い髪をした女神が入っていきませんでしたか?……男性と一緒に。ここらではあまり見ない髪色なので、目立つと思うのですが……」


 すると、思った通り、彼女はすぐに反応し答えてくれた。


「えぇ、いらっしゃってますわ。その方はセメレーさんではないですか?この街で一番大きなワイン工房の娘さんですわね」

「ご存知なんですか?」

「もちろんですわ。セメレーさんのお父様にはこの大聖堂に多額の寄付を頂戴しておりますし、非常に懇意にして頂いております。お陰様で修繕計画も立ちまして、今度、外壁の修理ができることになったんですの」


 なんとも嬉しそうに話す彼女を見ると、私までなんだか嬉しくなる。それは良かった。私もこの場所は大好きだから、取り壊しじゃなくて修繕できるのは本当に良かった。


「それで、セメレーさんに御用事だったのですか?お知り合いのようですし、よろしければ、お声掛けしてきましょうか?」

「い、いえ!特に用事があるわけではないんです。こちらに入ったのをたまたま見掛けたものですから、何してるのかな~なんて……ははっ」


 あっぶな~!もし、呼ばれでもして二人の後を付けてきたなんてバレたら、なんて言われるか。まぁ、私だってクロ君がなんでセメレーといるのか聞きたいけど……。


「そうですか。セメレーさんはこの度、ご結婚が決まったそうなんです。それで、今日は式の打ち合わせに来ておられるのですよ。なんでもお相手は――」


 えっ?彼女の言葉を聞いた途端、私の中の何かが音を立てて崩れ落ちた。話し続けている彼女の声や周囲の賑わいも全く、聞こえなくなる。耳にはドクンドクンという自分の鼓動だけがやけに大きく響いていた。

ここまでご覧頂きありがとうございます!

クロ君とセメレーが仲睦まじく大聖堂へ!?

しかも、セメレーの結婚が決まった!?

これは一体、どういうこと?


次回もぜひ、ご期待ください♪

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