38.ブドウ畑にて
アリアドネと名乗る迷子の魂の女性。
ディオニュソスと随分、遠慮のない仲のように見えますが、果たして!?
大量の花たちを亜空間にしまい始める僕とアルテミス。そんな様子を見て、デメテルたちも手伝ってくれた。ディオニュソスさまとアリアドネさんもそれぞれ、謝罪を口にしながら申し訳なさそうに拾い始める。
「ディオ様、もうお少し能力を自重して下さらないと困りますわ。いまだって、皆様にこんなにご迷惑をお掛けして!」
「そうだな……本当にすまない。気を付けてはいたんだが……」
怒れられてシュンとなるディオニュソスさま。
「元々は僕たちが悪いんです。すみません。能力のことで悩んでらしたので、元気付けようとしたんです。必要以上に盛り上げちゃったのは僕たちなので、ディオニュソスさまのせいじゃないんです」
「そうなのよ、アリアドネさん。私たちがいけなかったの。ディオニュソス、本当にごめんなさいね」
「わたしもごめんさい。せっかくお兄ちゃんたちに披露するんだからって思ったら、張り切っちゃって……」
僕の言葉に続き、デメテルとアルテミスも隣に並んで頭を下げた。見ると、千秋とフォルも、すみませんと口にし頭を下げていた。
「あら、そんな……皆様方に謝って頂く必要なんてないのですから、どうか顔をお上げになって下さいな。私も分かってはいるんですの。ディオ様が懸命に制御なさろうとしていることは」
「アリア……いつも迷惑かけてすまない」
「いいんですのよ、そんなこと。私にはいくらでも迷惑かけて構いませんわ。それに……ディオ様のその力、私は好きですわよ?だって――」
「えっ……?」
お?これは中々、良い雰囲気なんじゃない?見ると、デメテルやアルテミスたちも目をキラキラさせている。皆、興味深そうにこの2人を見守っていた。
「花たちを生み出せる能力だなんて、とても優しい力だと思いませんこと?周りからどう思われようと、私にはディオ様の力は恥ずべきものではなく、もっと誇るべきものだと思いますわ」
優しい瞳をしたアリアドネさん。真っ直ぐにディオニュソスさまを見つめて微笑むその姿は、まさに彼を支えようとする恋人の様に見えた。
「あ、アリア……!アリア~~っ!!」
「あらあら……」
感極まってアリアドネさんに抱き着くディオニュソスさま。そんな彼の背中に、穏やかな表情で愛しそうにそっと腕を回す彼女。
「アリアドネさん、なんだかんだ言いつつもディオニュソスさまのこと、支えてるんだね」
「ほんとだな。しっかし、これだけ仲が良いんなら別にアタシたちがどうこう言わなくても、なぁ?」
「そうだよね?もう即、結婚でもおかしくないよね?」
フォルと千秋の言うことも最もだ。何がこの2人の恋愛関係の邪魔になってるんだろう??
「しかしですわ、ディオ様……」
2人の抱擁がラブラブで見てるこっちが熱くなってしまうような雰囲気の中、突如、冷たく凍えるような圧が放たれる。
「花を巻き散らして他の方々のご迷惑になること。それだけは許せませんわよ……?」
「あ、アリア……?」
ビクッと一瞬震え、反射的に離れようとするディオニュソスさま。しかし、それは叶わなかった。なぜなら――
「この体勢の私から逃げられたことが、一度たりともおありになりまして?」
ゾクッ!!な、なんだ!?
「お兄ちゃん、ついに出るよ!アリアさん得意の奥義がっ!」
え!?な、なんでアルテミスはそんなに嬉しそうな顔してるの?この凄まじい圧を感じてないわけないんだけどな……。
「ま、まさか……花はちゃんと拾ったんだよ!?そ、それに次から本っ当に!気を付けるからさ!」
「あら、花を率先して拾って下さったのは皆様方ですわ。それに、ディオ様?こんな言葉をご存じありませんこと?それはそれ、これはこれって」
言いながら、手足を器用にディオニュソスさまの体に這わせ関節技を決めにいくアリアドネさん。
「ちょっと、ま、待ってくれっ!」
「いえ、待ちませんわ!」
ん?さっきも聞いたかな?この流れ。ディオニュソスさまの必死の抵抗も虚しく、アリアドネさんはより一層、拘束をきつくしていってるようだ。彼の顔に苦悶の表情が浮かんだ。そして――
「こ、これ、どうなっちゃうのよ!?ちょっと怖いけど、目が離せないわ!……こういう技って覚えておいた方がいいのかしら?」
「こんな流れるような高等テクニックの技、初めて見るぜ!これは使えるな!」
「あんまり興味ないけど、ちょっとプロレスみたいだね?ふぅん、もし、誰かさんが浮気したらこうすればいいんだ……」
女神さまたちと千秋がなんだか怖いこと言ってない!?いや、僕はこんな技を使われるようなこと、絶対にしないよ!?例の綺麗な天使のお姉さんのいるバーの場所だって、結局、分からないままだしさ。そう心の中で思った途端――
「流星、分からないままで良かったわね」
デメテルが怪しい笑みを浮かべながら僕を見た。あれ?そんなに強く思っちゃってた!?そんな彼女に僕は、あははと乾いた笑いを返すことしかできなかった。
「皆、瞬きしないで見てね!出るよ!アリアさん、108万個の奥義のうちの1つ!!」
アルテミスが唐突に叫ぶ。108万個!?108個じゃなくて!?多すぎじゃない?まぁ、108個でも十分多すぎるんだけどさ。
「流れる動きは、大空を舞う大極楽鳥のごとく!その締め付けは、力の象徴とも謳われるアトラスさんをしのぐほど!究極の関節技!『卍の型』!!」
アルテミスがノリノリで技を解説してくれてる。アルテミスってさっきの司会の時もそうだったけど、こんなに熱く語る子だったんだね!?もしかして、演劇や格闘技が好きなのかな?
「凄いね!ほんとに技の名前みたいに卍の形になってる!ディオニュソス様、すっごく苦しそう……ていうか、あれ、気絶してない?もし、流星にあの技かけることになっても、あそこまではしないから安心してね?」
えっ!?ち、千秋、何恐ろしいこと言ってんの?ほんとやめて……?
「あらあら、少しきつくしすぎてしまったようですわね」
まるで楽しいことでもしているかのように、ニッコリと微笑むアリアドネさん。彼の拘束を解くと、そのままひょいっと肩に担いだ。
「さ、皆様。こちらですわ。あの角を曲がるともう、工房が見えてきますのよ」
そう言って、何事もなかったかのように歩き出す彼女。なんか……凄いな。凄いとしか言えないよ。女性陣は今の技のことでなんだか盛り上がってるし。時折、そこに僕の名前がちらっちらっと出てくるのが無性に嫌なんですけど……。
僕は聞こえない振りをして、アリアドネさんの後ろをついていった。
◇◇◇
「わぁー!ひっろーいっ!!」
道なりに進むこと5分。角を曲がって開口一番、千秋が嬉しそうに叫ぶ。視界が開けた僕たちが見たもの。それは――
「あら~!こんなに広々としてるのね!神アカの敷地なんて問題にならないくらい広いわ」
「前に来た時も絶景だと思ったけど、いま見ても流石だな、これは」
「すごいでしょ?わたしなんて何回も来てるけど、いっつもおっきくてすごいなって思うもん!」
三女神さまたちが、次々に感嘆の声を上げるのも無理はなかった。小高い丘の上から見下ろす先には、広大なブドウ畑が広がっていたのだ。それこそ地平線の先までびっしりと、ブドウの木らしきものが植えられていた。そこに忙しそうに働く沢山の影が見える。翼がある人も見えるから、きっと神さまに混じって天使さまもいるんだろうな。
「驚かれました?いまはブドウの休眠期なので、畑も少し寂しい感じですのよ。でも、この時期も剪定は必要ですから、毎日、大忙しですわ」
ふふっ、と笑いながら話してくれるアリアドネさん。とても楽しそうだ。ディオニュソスさまの所に来てワイン造りを学んだのかな?良い仕事に巡り合えて羨ましいな。心からそう思った。
畑を見ると、僕の背丈よりは低いであろう支柱が何本も並んでいた。その支柱の間には、綺麗に剪定されたブドウの木々が整列している。ははぁ、地球でもだいたいの果物は冬の時期に剪定して次の収穫に備えるからな。それは天界でも一緒なんだね。
「はーい!質問がありまーす!休眠期ってなんですかー?」
好奇心旺盛な千秋が、手を上げ瞳を輝かせて質問する。その聞き方がなんだか小学生みたいな感じがしてちょっと面白い。
「あぁ、それはですわね。収穫を終えた後の植物たちが冬の寒い季節を乗り越えるために、エネルギーを節約する時期のことですわ。それで、その間にああやってブドウの木の枝を剪定するんですの」
説明しながら畑に降りていき、僕たちも後に続いた。
「こうやって不要な枝を切っておくことで病気になりにくくなったり、太陽の光が均一に当たるようになるんですわ。そして、より甘くて大きい実がなるんですの」
担いでいたディオニュソスさまをドサッと地面に落とすと、ひとつやってみましょうか?と涼しい顔で剪定鋏を取り出す彼女。
えぇ……さっきまであんなに甘い感じで抱き合ってたのに。切り替えが凄いな。
「ほら、こうやって切ると水がポタポタと落ちますでしょう?これは冬の間に眠っていた木が土から水分を吸い上げてる証拠ですの。こうやって枝へ栄養を届けているんですわ」
「へぇ!そうなんですか!初めて知りました。アリアドネさんも勉強されたんですね!アタシもブドウのことじゃないんですけど、いま料理を勉強してるんです」
フォルは料理するの好きだから、こういう食品関係のことも興味あるみたいだね。
「あら、フォルトゥーナさん?どうか、私のことはアリアと呼んで下さいな。遠慮なさらずに、ね?その方が私もご友人になれたみたいで嬉しいですわ」
ニコッと明るい表情でフォルに笑いかけるアリアドネさん。すると、フォルの方も一瞬、ビックリしたような顔をし、それから照れたように微笑んだ。
「分かりました。じゃあ、アタシのこともフォルと呼んで下さい。皆にそう呼ばれてるんです」
「えぇ!ありがとうございます。皆様もどうか、アリアと呼んで下さいませね」
そう言って、優雅にお辞儀をするアリアさん。ほんとに優美な人だなぁ。それに、気品もあって知的で……足元に突っ伏してるディオニュソスさまとの対比がもの凄いな!
「え、えぇ。ありがとうございます、アリアさん。さっきから気になってるんですけど、その……ディオニュソスは大丈夫ですか?ピクリとも動いてないみたいですが……」
「お姉様、ディオニュソスさんにとってはいつものことだから、大丈夫だよ?」
デメテルの心配をよそに、アルテミスがさも当然といった感じで答えた。これがいつものこと!?ディオニュソスさま、打たれ強くなるわけだよね。嫌がってたけど。
「そ、そうなのね」
若干、引き気味のデメテル。そんな彼女の肩にポンと手を置き、千秋が一言。
「流星にお仕置きする時はちゃんと手加減してあげよーね?私たち、優しいもんね」
おいぃぃぃぃ~~っっ!!
「お兄ちゃんも大変だね。でも、もし、お姉様たちに捨てられちゃったら、わたしがいるから大丈夫だよ?」
可愛らしい笑顔でそんな嬉しいことを言ってくれるアルテミス。ほんとに優しいな、この子は。ほっこりしちゃうよ。
「ちなみに、わたしの能力は【小さいわたしの小さな願いを星にのせて】と【星降る夜に・改】だからね?」
「う、うん……知ってるよ……」
なぜいま、それを付け加えて言ったのか。小さな可愛らしい女神さまの無邪気な微笑みに、一抹の不安を感じてしまう僕だった。
「ディオ様!……ディオ様!いつまで寝てるんですの?もうとっくに着きましたわよ!」
ディオニュソスさまの頭を優しく抱きかかえ、両頬を引っ張って起こそうとするアリアさん。みにょ~んと音が聞こえそうなくらい柔らかそうな彼のほっぺた。アリアさん、あれ完全に遊んでるな。
「う~ん……はっ!こ、ここは?」
「やっと、起きましたのね?もう畑ですわ。いま皆様に、剪定の様子をご覧になってもらってましたの」
こめかみを押さえながら立ち上がるディオニュソスさま。
「なんだかとっても悪い夢を見ていたようなんだ。体中の関節が痛いし、どこかにぶつけたのかな?あちこちが痛いんだ」
そりゃ、そうだろうな。あんな派手な関節技の奥義をくらった上に、さっき肩の高さから落とされてたもん。
「まぁ、お可哀想に……それは夢ですわ。何もかも夢に違いありません」
いやいやいや!体が痛いって言ってるんですけどぉ!?ま、でも、余計なこと言うのは止めておこう。触らぬ神に祟りなしだもんね。この場合は、触らぬ魂かな?
「これから皆様に新作のお酒を試飲して頂こうと思いますの。ほら、私に掴まって……足元がふらついてますわ。大丈夫ですの?」
甲斐甲斐しく彼の世話をし始めるアリアさん。自分でやっといてやけにテキパキと……さすが50万年も待たされても無事に戻ってきた人だな。
「わたし、つまんないな~。お酒、まだ飲めないんだもん」
そんなアルテミスの声に、優しく微笑みながらアリアさんが反応する。
「大丈夫ですわ。アルちゃんにはブドウジュースが待ってますわよ?」
それを聞いた途端、やった~!と元気よく走り出す小さな女神さま。ははっ、可愛いな。そんなアルテミスを微笑ましそうに見つめるアリアさん。
「…………」
ん?何か言ったような?彼女の口から微かな呟きが聞こえたと思ったんだけど……?隣にいるディオニュソスさまも何も反応してないし、僕の思い違いかも?ま、いいか。
さして気にも留めずに、アルテミスを追って歩き出す僕。並んでデメテルと千秋も歩き出す。その後に、ディオニュソスさまと彼に肩を貸すアリアさん。そして、一番最後にフォルが続いた。
ちらっと後ろを見ると、フォルがなんだかいつもより元気がなさそうに見えた。
「フォル?どうしたの?」
僕の言葉に皆が彼女を振り返る。
「え?い、いや、なんでもないさ。単にちょっと疲れただけ、かな」
なんとなく歯切れの悪い言葉に引っかかるものを感じる。けど、それ以上聞くのもなと思って、工房までもうちょっとみたいだよ、とだけ声を掛けた。
「珍しいわね?あなたがこの距離で疲れるなんて。どこか調子でもおかしいの……?」
デメテルが心配そうに声を掛けるも、片手を上げて大丈夫だと応じるフォル。その表情は前髪に隠れてよく見えなかった。
この時、彼女が何を思っていたのか、なぜそんなに元気がなさそうに見えたのか。その理由を僕たちは後になって知るのだった……。
今回もご覧下さって、本当にありがとうございます☆
アリアドネとディオニュソスは、いつもこんな感じのようですね。
アルテミスがもう慣れちゃってるくらいに(笑)
最後のフォルは一体、どうしたのでしょうか……?
次回は、新作のお酒の飲み比べ!?
ぜひ、ご期待ください!




