37.謎の女性と、お酒の神さまの秘密
ディオニュソスを投げ飛ばす!?謎の女性の正体とは?
目にも止まらぬ速さでこちらに接近し、ディオニュソスさまを空高く放り投げる女性。押忍って言ってるし、絶対、この人が例の魂の人だよね!?
それにしても、神さまを投げ飛ばすって……いいのかな?もの凄い勢いで地面に激突してたけど。
流れるような動作でカーテシーをする彼女。やがて、頭をゆっくりと上げ、まるで純真無垢な少女のようにあどけない微笑みで僕たちを見つめてくる。
その艶やかで品のある腰まで伸ばした亜麻色の髪。頭には王族や貴族かと思わせるような、キラキラと眩い銀色の光を放ち、神々しいまでに輝くティアラ。耳元には、淡いピンク色が愛らしい真珠のイヤリング。そして、瑠璃のような鮮やかな青と、深海を感じさせる濃い目の青紫。ふたつの幻想的な色彩が合わさった美しい瑠璃色のワンピースドレス。どれをとっても一級品で、デメテルたちとはまた違ったタイプの見目麗しい女性だった。
「皆様、初めまして。私、そちらに転がっているディオ様のお世話になっております、アリアドネと申します」
えぇ……転がってるって……まぁ、間違ってはいないけどさ。アリアドネと名乗る女性が挨拶するも、皆、先程のことが衝撃的だったのか誰も反応できないでいた。ただ、1人を除いて。
「アリアさん、押忍!」
「あら~!アルちゃん、押忍!また来てくれたのね?嬉しいわ~!まだ転生してなかったのね?」
「ううん、転生して戻ってきたんだよ~!」
ただ1人、顔見知りのアルテミスだけが何事もなかったように、嬉しそうな顔で挨拶をしていた。
「そうなのね?戻ってくるのが随分、早いじゃない?凄いわ!」
「あ!ええと、こっちの時間軸だとまだ戻ってないんだけど……ん~っと……」
「なんだかよく分からないけど、私に会いに来てくれたんでしょう?とっても嬉しいわ。ありがとう」
アルテミスとまるで、姉妹の様に仲良く談笑する彼女。ほんとにディオニュソスさまを投げ飛ばした人!?とても同じ人とは思えないよ。たおやかで優雅で、笑い方ひとつとっても気品を感じちゃうな。
「アルテミス!」
「え?な~に?フォル姉様。あっ……そっか。うん!アリアさん、皆を紹介するね!」
なんとか衝撃的な光景から立ち直ったフォル。彼女が声を掛けると、アリアドネさんとアルテミスが連れ立ってこちらへやってきた。
「あ、あの!初めまして。私、アルテミスの姉のデメテルと言います。いつも妹が大変、お世話になってます!」
緊張気味のデメテルが意を決したように挨拶し、姉としての貫禄を見せる。
「まぁ!あなたがアルちゃんのお姉様なのですね?ご活躍はかねがね伺ってますわ。なんでもあの悪名高い『蹴部消失』を壊滅に追い込んだとか……」
「あれは……ま、まぐれというかお腹が減って気を抜いたというか……と、とにかく!大したことじゃないんです。おほほほほ」
どうやら、アリアドネさんには詳細は伝わってないらしい。良かったね、デメテル。なんとか彼女の名誉は守られそうだ。苦笑いを浮かべながら、必死に話題を終わらせようとするデメテルがなんだか可愛かった。
「失礼します。アタシは、迷子の魂の保護担当神のフォルトゥーナです。この度は、ご迷惑をお掛けし申し訳ありません!」
そう言って、姿勢を正し90度のお辞儀をするフォル。
「なんのことですの?」
「アリアさん、前にわたしと過去に行っちゃったことがあったでしょ?その時のことをフォル姉様は言ってるの。ちゃんと保護できなかったからって……でも、悪いのは全部、わたしなんだよ?アリアさん、フォル姉様、本当にごめんなさい」
アルテミスが2人に頭を下げる。そんなアルテミスに、フォルもアリアドネさんも優しい眼差しを向けていた。
「アルテミスはもう十分、謝ったんだろ?なら、今度はアタシの番さ。アリアドネさん、本当に申し訳ない。アタシたちがきちんと事態を把握してたら、こんなことにはならなかったはずなのに……」
「あら、あの時のこと……いいんですのよ?もうそんなことは。私も突然の事で驚きましたけど、こうして元の時代に戻れたわけですから」
「で、でも!迷惑をかけたことには違いありませんし……」
「アリアドネさん、私からもアルテミスの姉として謝罪させて下さい。私がしっかりと気を配っていたら、防げたかもしれなかったことなんです。それに、私……妹が話してくれるまで全然、知らなかったんです。だから、申し訳なくって……」
フォルに続きデメテルも謝罪の言葉を口にする。そんな彼女たちを困ったように見つめていたアリアドネさん。やがて――
「お二方、顔を上げて下さい。そんなに下を向いていたら、せっかくお知り合いになれたのに話も出来ませんわよ?」
その言葉に静かに顔を上げる2人。
「まず、フォルトゥーナさん。分かりました。あなたの謝罪を受け入れます。また、私と同じような迷子の魂が現れるかもしれません。その時は保護してあげてくださいね?」
「はい、必ず」
ニコッと愛らしい微笑みを向けるアリアドネさん。そして、決意を新たに大きく頷くフォル。
「次に、デメテルさん。あなたもあの時のことを気になされているようですが、私は全然、怒ってませんし大丈夫ですよ?そのお気持ちだけ受け取りますわ。それに――」
申し訳なさそうに目を伏せるデメテル。そんな彼女の手を優しく握り締め、アリアドネさんは穏やかな口調で再び口を開いた。
「いまこうしてお酒の工房で働かせてもらってるのは、実はあなたのお母様のお陰なのですわ」
「えっ!お母様が、ですか?」
レーアさまが?確かに迷子の魂を転生させたりとか、僕たち魂を大事にしてくれてるもんな。アリアドネさん、レーアさまと面識あるんだね。
「えぇ。元の時代に戻ってきた後、レーア様にディオニュソス様の工房をご紹介頂きましたの。その縁で働かせてもらえることになったんです。なので、怒るどころか感謝していますのよ?だから、もう謝らないで下さいね?」
ふふっと優しい笑みを浮かべて最後に、ありがとう、とデメテルに伝える。そして、そっと離れた。そういえば、ディオニュソスさま、まだ地面に転がってるけど大丈夫かな?ていうか、なんで誰も心配してないんだろう??
「分かりました。ありがとうございます。もし、私に出来ることがあったらなんでも仰って下さい」
「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。その時は、よろしくお願いしますわ」
2人ともお辞儀の後、ニッコリと笑って握手をしていた。アリアドネさんって優しい人なんだな。アルテミスが懐くのも分かるような気がするよ。
「あ!そうだ。迷子の魂と言えば……アリアドネさん、この2人も紹介させて下さい」
フォルが、自己紹介まだだろ?と小声でささやき、僕と千秋を引っ張る。
「こ、こんにちは。天井流星です。地球から来ました。よろしくお願いします。あ、あの僕は魂でふ」
やばっ!最後、かんじゃったよ……!
「あっはは!流星、それじゃ、アリアドネさんが分からないんじゃない?こんにちは!私、門間千秋と言います!こっちの流星とは幼馴染で、今は恋人です!」
早速、その神クラスのコミュ力を遺憾なく発揮する千秋。って、そんなこと言わなくてもいいんじゃない!?なんだか恥ずかしいな。デメテルとフォルが、自分だけ言いやがったな!みたいな凄い顔してるよ……。
「まぁ!そうでしたの?お幸せそうで羨ましいですわ~!」
「えへへ……ありがとうございます。あと、実は私たち、こないだ天界に来たばっかりなんです。生まれたのは地球って星なんですけど、ちょっと事情があって死んじゃったんです。それで、迷子の魂になってアルテミスたちのお世話になってるんです」
「あらあら!まぁ!!じゃ、私と同じですのね!?私も事故で死んでしまったんです。それで、気が付いたら魂となって天界にいたんですの。その時に、この――」
そこまで言って、アリアドネさんは隣で話を聞いていたアルテミスを徐に抱っこし、言葉を続けた。
「可愛らしいお嬢さんをお見かけしたんですわ。話しかけようとした時に丁度、アルちゃんの能力が発現してしまって……という訳なんです。だから、私、アルちゃんが一方的に悪いとは思っていませんわ。だって、不用意に近づいた私もいけなかったんですから」
アリアドネさん……ほんとに優しいな。彼女の言葉に、アルテミスがぎゅっと抱き着く。
「あらあら……よしよし」
アルテミスを優しい手つきで撫でる彼女。まるで、聖母さまみたいに慈愛に満ちた人だなぁ。なんだか僕の心まで癒されるような、とても心地の良い温かさを感じるよ。
「そうだわ!皆様、この後まだお時間あるかしら?ぜひ、工房に寄ってらして下さいな!もうすぐそこなんですの」
嬉しそうにそう話す彼女が、アルテミスの頭を撫でながら歩き出す。
「えぇ、ぜひ!お願いするわ。アリアドネさんのこと、もっと知りたいもの!」
デメテルが心の底から嬉しそうな声を出すと――
「やったぁー!新作の酒だ!」
「ちょ、ちょっと!フォル!?ダメだよ?そんな露骨に……」
「そうだよ。少しは自重してよね?そんなんじゃ、流星に嫌われちゃうよ?」
「フォル姉様が振られたら、わたしがお兄ちゃんの次の彼女だからね?」
フォルが欲望全開の発言をし、慌てて僕と千秋が制する。ま、まぁ、そんなことぐらいじゃ嫌わないけどね?って、アルテミス~っ!?
「アルテミス!なんでよ?ちょっと、噓でしょ?お姉ちゃんたちをからかってるのよね?……ね!?」
「なんで、アタシが振られる前提なんだよー!ヤダヤダ!」
2人のお姉さん女神さまが大慌てで、抱っこされたままのアルテミスに詰め寄る。
「はっはーん……そう来るか。でも、最後に笑うのは幼馴染の私だもんねー!」
千秋は千秋で高らかに勝利宣言をしてるし……なにこのわちゃわちゃ感は!?
「ふふっ、フォルトゥーナさんも皆様もとっても面白い方々ですのね。もちろん、ご馳走しますわよ?とびっきりのお酒をご用意しますわ!それに、もっと皆様のお話を聞かせて頂きたいですもの。特に、流星さんと皆様のご関係とか……ね?」
うふふ、と可愛らしく微笑み、軽くウィンクをしてみせるアリアドネさん。僕たちの関係のこと、もしかして今のでバレちゃったのかな??
「ディオ様!いつまでそうしてるんですの~!?早く起きないと、もう休憩の時に……して差し上げませんわよ~!」
その途端、バネで弾かれたように勢いよく起き上がるディオニュソスさま。よく無事でしたね!?随分、頑丈だなぁ。神さまだからかな?泥だらけだけど。
あれ?アリアドネさん、いま何をしてあげないって言ったんだろ?
「あ、アリア~!それは秘密にしてって言ったじゃないかぁ!」
「それって何ですの~?」
慌てふためくディオニュソスさまと、すっとぼけてる感じで多分、面白がってるアリアドネさん。
「ボクが休憩の時に、毎日、アリアの膝枕で寝てるってことさ!」
……っ!?
「「「「「えぇ~~~~っっ!?」」」」」
しまった!という顔のディオニュソスさま。でも、もう遅いですよ?遅すぎます。自分で全部、暴露しちゃってますけど?
「あら~ディオ様、やるじゃない?」
「なんだなんだ、そんなことしてるのか?しかも、毎日だと!?お熱いことで」
デメテルとフォルがここぞとばかりにからかい、千秋もニヤニヤしながら口を開く。
「ディオニュソス様、そこまでしてる仲なら、もうアドバイスも何もないんじゃないですかぁ?」
「そ、そうなんだが……そこからどうすればいいのか全く分からないんだ……」
妙に弱々しい感じになったな。ま、でも、恋愛って学校じゃ教えてくれないもんな。きっと、神さまんとこのアカデミーでもそんな授業ないだろうし。
「アリアドネさん、もしかして、今のってワザとですか?」
あまりに彼女が可笑しそうに、でも、どことなく慈愛に満ちた眼差しでディオニュソスさまを見つめるので、思わず聞いてしまった。
「あら?バレちゃいました?えぇ、もちろんですわ。だって、彼ったら私が起こしに行くのをずっと待ってるんですもの。そんな甘えは許しませんわ!」
は、ははは……ディオニュソスさま、ご愁傷様です。ん?彼……?もしかして、アリアドネさん、ディオニュソスさまのことを……?
しばらくディオニュソス様を見つめていたが、ふぅっと息を吐きアルテミスをそっと地面に降ろす彼女。全く世話が焼けますわね、そんな言葉を呟くも、その表情はとても穏やかだった。手にはハンカチを持ちディオニュソスさまに近寄ると、服や顔に付いた泥を甲斐甲斐しく拭き取り始める。
「全く、こんなに汚して!誰がお洗濯すると思ってるんですの!?」
「え?い、いや、これはアリアが……」
ギンッ!と音が聞こえてきそうなくらい凄い圧を放つ彼女。
「ごめんなさい」
即、降参のディオニュソスさま。まぁ、100%そうなるよね。
さて、僕たちも後片付けをしないとね。アルテミスと手を繋ぎ、皆のいる場所を通り過ぎる。そして、お互いに亜空間を出し準備OK!
ディオニュソスさま、忘れてませんか?あなたの後ろにある大量の百花繚乱状態の地面を……。
ここまでご覧下さり、ありがとうございます!
ついに判明した謎の女性の正体!
例の迷子の魂の女性だったんですね。
『押忍』の掛け声とは裏腹に、随分とエレガントな女性のようです。
アルテミスとも仲良しで、デメテルたちともきっと、良い友人関係に
なってくれるんじゃないかなと思います☆
さて、次回はいよいよ、ディオニュソスのブドウ畑に到着です。
新キャラ、アリアドネを加えた一行の賑やかな物語に
ぜひ、ご期待くださいね♪




