35.お酒の神さまの懇願!?
ついに現れたお酒の神様、ディオニュソス。
『押忍』とは一体、どこで覚えたのでしょうか?
いきなり横から声を掛けられて驚いちゃったよ。まさか、お酒の神さまがすぐそばにいたなんて!しかも、アルテミスと『押忍!』とか言い合ってたし!?ひょっとして、ディオニュソスさまって武闘派……??
背は高いけど、細身でそんなに鍛えてるってわけでもなさそうなのに。それにしても、すっごいイケメンだな!銀髪だし、いわゆるウルフカットだし。女性にモテそう。僕もあんなだったら良かったな。
「ところで、なんでこんなとこにいるんだ?サボリか?」
からかうように話しかけるフォル。その男性とは随分と仲が良いみたいだね。
「フッ……違うさ。ちょっと買い物にね。帰りにここを通ったら、賑やかな声が聞こえてきたんだ。何気なく見てみたら、君たちがいたというわけさ」
懐かしい顔もあったし挨拶でもね、と彼は付け加えて笑った。
「ふーん。それにしても、なんだぁ?そのおすってのは?」
「ディオニュソス、しばらく振りね。会っていきなりこんなこと言うのもなんだけど、あまりうちの妹に変な言葉、教えないでほしいわ」
お?デメテル、ちょっとご立腹かな?でも、知らないのも無理ないよね。『押忍』なんて日本でも普通の人は使わないし。
「え?あ~それか。いやいやいや!別に変な意味じゃないぞ?うちの彼女から――」
「お姉様!『押忍』はね、とっても良い言葉なんだよ?厳しい修行に立ち向かったり耐えたりして、自分を成長させることの大切さを意味してるの!あと、成長するのは自分だけの力じゃなくて、周りとか環境も必要でしょ?だから、そのことへの感謝の気持ちも表してるんだって!」
「へぇ!アルテミス、難しいこと知ってるんだね?」
褒めると、えへへと照れながら笑うところがまた可愛いな。
「ほんとほんと!日本じゃあんなに食っちゃ寝してたのに」
千秋がポロッと真実をこぼす。
「あ、あれはちょっと疲れちゃった時っていうか……い、いつもじゃなかったでしょ!」
「はいはい、そーいうことにしときますか」
ははっ、アルテミスが慌ててる。なんか面白いな、この2人。本当の姉妹みたいだ。年齢はアルテミスの方がずっとずっと年上なんだけどね。
「ふ~ん、そうなのね。なら、いいけど……そういえば、ディオニュソス。さっき何か言いかけてなかったかしら?」
「そうそう!アタシは聞いたぞ!うちの彼女がどうとかって!ついに彼女ができたのか?」
「相変わらず、君は耳がいいんだな。でも、残念ながらまださ。彼女はそんなんじゃないよ。ボクの片想いってやつかな。何回か告白はしてるんだけどね」
「『押忍』はね、その魂の女の人に教えてもらったんだよ!ね?」
「あぁ、そうだね。彼女は武道の心得があるらしいんだ」
そこまで言って、お酒の神さまは少し寂しそうにふぅっとため息をついた。
「あら、その魂って女性だったのね?私たち、その彼女に会いに行くところだったのよ?」
「そうなのかい?なんでまた……あ、いや。ボクも買い物は済ませたし今から戻るところなんだ。良かったら、一緒に行かないか?」
ディオニュソスさまの提案で、僕たちはご一緒させてもらうことになった。お酒を造ってる場所までここからゆっくり歩いても、20分もすれば着くとのことだった。
◇◇◇
「ところで、ディオニュソスも恋愛に興味あったのね?神アカの時は大人しそうであんまり女の子と話してるの見たことなかったから、興味ないのかなって思ってたのに」
ディオニュソスさまは軽く、あははっと笑うと、デメテル、君は社交的だったからな、と呟いた。
「それに、こないだ会った時にも感じたんだが、昔と違ってすごく明るくなったんだぜ?こいつ」
「こないだって?相談事を解決してあの葡萄酒を貰ったって言ってた時のことかしら?」
「そうそう、それさ」
フォルが彼の背中をバシンバシンと叩きながらニカっと笑う。あれ、痛いんだよな。あ……痛がってる。やっぱり、神さま同士でも痛いのか。
「フォル、前よりなんだかパワーアップしてないかい!?痛いって!」
「ちょっと、フォル姉様!あんまりディオニュソスさんをイジメちゃだめ!」
あんまり痛がるもんだから、アルテミスが怒っちゃったよ。
「わるいわるい、ついな。悪かったよ」
「いや、いいさ。君が相変わらずでボクも嬉しいよ。ボクが明るくなれたのは、うちにいる彼女のお陰なんだ」
「へぇ……お前も色々とあったみたいだな。アタシたちも結構な出来事があったんだぜ?」
「そうみたいだね」
そう言って、一瞬、僕と千秋の方に視線を向け、キラッと白い歯を見せて笑うお酒の神さま。すっごく眩しい。これがイケメンの底力か!笑うだけでイケメンビーム(成分はイケメン)が拡散してるよ!
「そういえば、フォルが貰った葡萄酒だけど最高だったわ!昨日、私と……ほら、流星、こっちにいらっしゃいよ。この彼も一緒に頂いたの。とっても美味しかった!ご馳走様」
「あの、初めまして。僕、いえ、私、天井流星と申します。葡萄酒、ありがとうございました。とっても美味しくて感動しました。宜しくお願いします。それから、こっちは――」
「初めまして、門間千秋です!昨日、天界に来たばっかりなんですけど、とっても素敵なところですね。私、大好きになっちゃいました!あ、ちなみに私はまだ葡萄酒飲んでません!飲んでみたいです!よろしくお願いしまーす!」
やっと自己紹介できたよ。あ~良かった。デメテルがタイミング作ってくれたお陰だね。ありがとう、と小さくお礼を言うと、彼女も、どういたしまして、とウィンクを返してくれた。
それにしても、僕と千秋の自己紹介の差が凄いな!これが千秋のコミュ力の底力か!千秋が話すだけでコミュ力ビーム(成分は遠慮のなさ)が拡散されちゃってるよ!?
「千秋、だめだよ!神さまなんだからそんなにフランクにしたら。もっと厳かに――」
「あーら、デメテルやフォルやこのちっこいのには、いつもフランクにしてるじゃない?」
「そ、それは仲良くなってからの話でしょ?ディオニュソスさまとは今日、初めて――」
「は?千秋、いまわたしのこと、ちんちくりんで胸が一生、洗濯板って言った?言ったよね……?」
えっ!?あ、アルテミス!?誰もそんなこと一言も言ってないんですけど……!?ケンカになりそうな雰囲気なので、慌ててお姉さん女神さまたちを見る……ダメだ!2人ともこの状況に笑い転げてる。
「あっはっは!いや~面白いね!君たち、大好きになっちゃいそうだよ!こんなに礼儀正しくてユーモア溢れるやり取りは初めてさ!」
お腹を抱えて笑うお酒の神さま。
「アルテミスちゃん、許しておやりよ。この千秋ちゃんは君のことが大好きみたいだよ?そうなんだろう?」
「えっ……えぇ、まぁ……そう、ですね?洗濯板なんて思ったことはあったけど、今は言ってないよ?でも、ごめんね?」
「ううん、いいの。わたしもそんなに胸がおっきくて真下が見えないんじゃない?って思ってるけど、さっきは盛大に聞き間違えちゃってごめんなさい」
ほっ……良かった。ディオニュソスさまのお陰でなんとか収まったよ。なんだか微妙にディスり合ってた感があったけどね。それと、聞き間違えすぎだけど、余計なことは言うまい。
「じゃあ、ボクからも。改めて、初めまして。名はディオニュソス。聞いてると思うが、酒を司ってるんだ。ボクの実家は代々、造り酒屋でね。これでも、結構、良い酒造りをしてると評判なんだ」
またニカっと笑い、その眩しくも神々しい(白い歯を含む)笑顔を見せるディオニュソスさま。
「あの素晴らしい味なら当然でしょうね。昨日、頂いた葡萄酒、とってもまろやかで香りが豊かで……まさに神さまのお酒って味がしました」
「ははっ!そんなに褒めてもらえるなんて嬉しいな。造った甲斐があったよ。そうだ!君たち2人っていわゆる、迷子の魂なんだろう?さっきは神かと思ったが、どうやら違うようだし……良かったら、訳を聞かせてもらえないかい?」
――そして
デメテルとフォルが、僕が天界に来た経緯を。そして、アルテミスが千秋と共に時間を遡ってやって来たことを話した。
黙って聞いていた彼は、目を丸くして驚き、話を聞き終わる頃にはその顔は涙でぐしょぐしょになっていた。
「ひぐっ……な、なんて愛に溢れる話なんだ……!こんなことがあっていいのかい!?ボクはいま猛烈に感動しているよ!!」
「だ、大丈夫ですか?」
あまりの彼の号泣さ加減に、あの千秋でさえも言葉を掛けるのが遠慮がちになっていた。
「千秋ちゃん、君は壮絶な人生を送ってきたんだねぇ!よくぞ……よくぞ耐え抜いた!普通なら天界にまで来ようと思わないだろう。しかし!流星君への愛が!愛が不可能を実現させたんだねぇ!」
涙ながらに熱弁するディオニュソスさま。あまりの熱弁に若干、引き気味の千秋。またも笑い転げるフォル。デメテルも笑いをなんとか堪えてるようだ。アルテミスは僕と手を繋ぎ、離れたところから静観していた。
「ディオニュソスさんってちょっと感動しやすいとこがあるんだよ。とっても良い神なんだけどね」
「うん、そうみたいだね。良い神さまだってのはよく分かるよ。他人のことであんなに泣けるなんて、素敵なことじゃないかな」
「まぁ、そうよね。彼、神アカの時から明るくなったと思ってたけど、変わってないところもあるのね。なんだか嬉しいわ」
僕とアルテミスの会話にデメテルが混じり、懐かしそうな笑みを浮かべた。変わる部分と変わらない部分か……僕はどうなんだろう?死んじゃってるけど、これから成長できたりするんだろうか?
「いや~恥ずかしいところをみせてしまったようだね。申し訳ない。どうもボクは昔から涙もろくてね」
「でも、そんなディオニュソス様も素敵だと思います。きっと、いつかその彼女さんに想いが伝わりますよ!ね?皆!」
千秋の言葉に――
「えぇ、そうね!」
「応援してるからな!」
「ディオニュソスさま、頑張って下さい。僕も応援しています」
「お兄ちゃんなんて、3人も彼女がいるんだよ?ひけつを教わったらいいんじゃない?ね、お兄ちゃん?」
アルテミスの善意の言葉に、皆の時間がピシッ!と音を立てて止まった。
「……え?か、彼女が3人も!?ほ、ほんとかい、流星君!?確かに天界じゃ、双方が真剣に愛し合っていて大神帝様に、相手を一生愛し続けることを誓えば、複数の妻や夫を持つことも可能だが……」
そうなんだ?それはそれで凄いな。一夫多妻や一妻多夫が認められてるだなんて。
「千秋ちゃんは当然、彼女なんだろう?迷子の魂になってまで追いかけてきたんだから。あとは一体、どういう人たちなんだい?ボクは恋愛には自信がなくてね……どうか、女性の心を射止める術を教えてくれないか?この通りだ!」
必死に頭を下げて頼み込んでくるディオニュソスさま。こ、困ったな……どうしよう?デメテルたちのこと、話しちゃっていいのかな?
「どうしたの?お姉様たち、そんなに固まって……あ!もしかして、お姉様とフォル姉様がお兄ちゃんにベタ惚れってこと、秘密だったの?」
全てが暴露され、うろたえるお姉さん女神さまたちと僕。
「え……あ、その……な、なんていうか、さ。な、なあ!デメテル?」
「ちょ、ちょっと!私に振らないでよ!その、ね、ねぇ、流星?」
予想通り、僕のとこにきたか。
「……ディオニュソスさま、実は千秋の他に、そこにいるデメテル、フォルとも真剣に交際させてもらってるんです。今は一応、仮の彼女という立場にいてもらってます。ですが、僕は3人に本気で付き合うと約束しました。もちろん、いつかは1人に決めなきゃならないと思います。でも、それまでは彼女たちのことを真剣に愛したいと考えてます」
隠しても仕方ないと思った僕は、ありのままを話した。表立って話す内容じゃないけれど、聞かれたら正直に話さなきゃ。それが誠実さへの一歩だと思ってる。だから、デメテルのご両親にお会いした時も正直に話すつもりだよ。
「流星……あなたらしいわね。ありがとう。私も愛してるわ」
「照れるけど、そういうことだ。アタシたち、本気なのさ。流星、こんなアタシだけど愛してるからな!」
「もぅ!流星ったら、真剣に愛したいだなんて……こんなところで恥ずかしいじゃない!でも、嬉しい。ありがとう!私も大好きで愛してるからね?」
3人の彼女が恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、口々に愛の言葉を伝えてくれた。
「良かったね、お兄ちゃん!」
アルテミスも可愛らしい微笑みで祝福してくれる。そうだね、僕は本当に幸せ者だよ。
「す……」
す?
「素晴らしいよ!真実の愛を見つけるんだね!?いや、もうこれって3人共、真実の愛なんじゃないかい!?」
また感動して目に涙を浮かべるディオニュソスさま。
「それにしても、千秋ちゃんのことは知り合ったばかりだから生前のことは知らないが……まさか、この2人を惚れさせてしまうとはね。恐れ入ったよ。あの、神アカ始まって以来の才女とも呼ばれたデメテルとフォルをねぇ」
「え?なんですか、それ?2人ってそんなに凄かったんですか?」
「あぁ、もちさんさ!2人共、凄く綺麗だろう?それに、ある種の伝説が加わってるからね」
フォルが優秀だとはちらっと聞いたことあるけど、デメテルもなんだね?僕の問いかけに気さくに返してくれるディオニュソスさま。さらに言葉を続けて――
「フォルは、彼女が動けば運命が動く!神アカきっての切れ者女神と呼ばれていたのさ」
へぇ!それは凄いな!
「フォル、凄い凄い!初めて会った時から思ってたけど、見た目がもうエリートって感じだもんね!」
千秋の興奮気味な言葉に、照れながらもどこか嬉しそうなフォル。
「そして、デメテルも凄かったんだ!」
ディオニュソスさまの言葉に、待ってました!とばかりにご満悦な表情のデメテル。彼女はどんなだったんだろう?なんて凄い呼び名だったんだろう?ワクワクしちゃうな!
「デメテルは、彼女が動けば腹の虫が鳴り響く!その爆音は何も知らない神アカ1年生を恐怖のどん底に陥れ、大混乱を招いたと言う」
えぇ……。
「そして、さらに放送委員だった彼女は帰りの放送時にその爆音を鳴らしたんだ。それは神アカ内のみならず、周囲一帯にも己の存在を知らしめるという伝説を残したのさ!しかもだよ!?その爆音を聞いた犯罪組織、『蹴部消失』が恐れをなして自首してきたんだ!それ以来、彼女は(主に他の犯罪組織から)畏怖の念を込めて殲滅の女神と呼ばれるようになったのさ!」
やり切った感満載な表情のディオニュソスさま。三度、笑い転げるフォル。きゃはは、とこれまた遠慮のない可愛らしい笑い声を上げるアルテミス。苦笑しながら笑うのを必死に抑える千秋。そして、真っ赤にさせた顔を両手で覆い、恥ずかしくてしゃがみ込むデメテル。
そんな彼女に僕は――
「大丈夫だよ。どんなデメテルだって、僕は大好きだから。いいじゃないか、お腹の音が凄くたって。健康な証拠だよ?」
「流星……ありがとう。優しいのね」
「それに、犯罪組織を壊滅させたのだって、お手柄じゃないか!凄いよ!」
「え、えぇ……偶然なんだけどね」
「こんなに誇らしい女神さまが彼女で嬉しいな」
「まぁ、流星ったら――」
――ぐるぅ、ぐ、ぐ、ぐるゅうぅぅぅ~~~~っっ!!!
言葉の途中で猛獣の咆哮とも思えるような、もの凄い音が鳴り響いた。一瞬の間をおいて、爆笑の嵐が巻き起こる。
「わ、わ……私じゃないわよぉ~~~~っっ!?」
デメテルの虚しい叫び声がとても印象的だった。でも、僕以外、誰も聞いていなかった。
ここまでご覧くださって、ありがとうございます!
お酒の神様、ディオニュソスも登場しました。
彼は結構、涙もろい神様みたいですね。
それに、例の迷子の魂との恋模様も気になるところです。
果たして、流星たちの恋愛は参考になったのでしょうか!?(笑)
次回もぜひ、ご期待くださいね!




