33.神さまの得手不得手
神様たちの食事事情の話の続きです。
あの後のことは正直、あまり覚えてない。いや、正確には思い出そうとすると、冷や汗が止まらなくなって動悸がするんだ。何かとてつもなく恐ろしいことがあったように思うんだけど……?ダメだ、思い出せない。
綺麗な天使のお姉さんがいる場所は、あ、いや、バーの場所は結局、永久に封印されることになったよ。いやいや、元々、僕にはそんなところ、必要なかったんだ。そうさ!だって、僕にはこんなにも可愛い3人の彼女がいるんだから。これ以上望んだりしたら、彼女たちに怒られるよ!いや、ほんと……マジで。
◇◇◇
僕は気を取り直し、改めて天界の食べ物についての話を聞いた。
「それで、デメテルの担当神と地球みたいな飲食店がないってことだったな。デメテルから話、頼めるか?」
フォルが話を振ると、デメテルは何かを決意したように力強く頷いて語り出した。
「あのね、まず、担当神が何かだけど、実は私、地球の管理をする傍らで別の仕事も持ってるのよ。それはね、天界の食事事情の改善を任されてるの」
食事事情の改善?食べ物について、そんな仕事があるんだ?
「ある程度、文明の発達した世界に転生した経験がある他の神々も、私たちと同じなのよ。戻ってきてからの食事に物足りなさを感じてるみたい」
「そうなんだ?デメテルたち以外にも同じような悩みを持つ神さまって多いんだね」
結構、深刻な事態かも知れないな。
「やっぱり、デメテルが豊穣の神様だから選ばれたの?作物に良い影響を与えてくれそうだもんね!」
千秋がウキウキした声で尋ねると、デメテルは少しだけ気まずそうな顔をした。
「いや、単に大食いが上位の神の目に留まっただけさ。そんなに食べるのが好きならこの問題に適任ってことで、満場一致で決まったらしいぜ。デメテル以外にもメンバーの神はいるけどな」
「全く、どこが大食いなのよね?失礼しちゃうわ!」
え?そこ怒るとこ?自覚なかったんだ……?
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
デメテル以外の時間が止まった。皆、僕と同じこと思ったんだろうな。
「お姉様、あんなに食べてるのに……」
ボソッと呟くアルテミス。だよね。
「え~と……そ、それで食事事情の改善ってどういうことなの?さっき話に出てた、天界で売られてる食べ物の完成度が高くないから、それの改善ってこと?」
「あのね、流星。そういうことでもないのよ。まぁ、全く関係なくもないんだけど……味気ないからもっと美味しくして欲しい!なんてお店の天使に言ったら失礼じゃない?」
ま、そうだよね。っていうか、失礼すぎる。
「あーそれはダメだよ。それに、転生してない神様や普通に暮らしてる街の天使様にとっては、味気なくなんてないんでしょ?」
千秋の質問にフォルが無言で頷く。そして、更に言葉を続けた。
「だったら、そんな失礼な事言うべきじゃないし、何か他の方法を考えた方がいいよ。例えば、転生から帰ってきた神様たちの口に合うような料理を提供するお店を開くとか。その方がよっぽど建設的じゃない?」
「それはいいね!いま街を見ててそういう店が全くなかったもんな。どれもテイクアウト専門みたいな感じだったし。ねぇ、そもそもだけど、なんで地球みたいな飲食店がないの?」
千秋の提案に僕は素直に良いなと感じた。天界に戻ってきた神さまでも満足できるような料理を出す店があれば、一気に解決できるんじゃない?
「それなんだけど、無理なのよ」
デメテルが心苦しそうに声を出す。
「「え?なんで??」」
ハモる僕と千秋の声。すると、フォルがデメテルをちらっと見やって、2人で小さく頷き合った。
「アタシたち神って、星の管理がきちんとできるように能力が特化してるんだ」
「それ知ってる!アルテミスって【メテオ・ストーム】なんて危ない技、使えるもんね!さっきもフォルの家で使おうとしてたし」
千秋が横に座るアルテミスの頭を乱暴にわしゃわしゃしながら口を挟んだ。
「だいじょうぶだよ~。もう、ちょっとやそっとじゃ使わないから」
ちょっとやそっと以外なら使うってこと?それってどういう時!?
「今度から【小さいわたしの小さな願いを星にのせて】にするね?」
え……っ!?
「日本でも天界でも同じこと言わないでよね!」
千秋のツッコミが炸裂する!……日本でも?日本でも!?どういうこと!?
「続き、いいか?それでな、神はその能力全般が星を管理するためのものに思いっきり偏ってるのさ。その反動というか、それ以外、その……料理に関しては特にダメなんだ」
「ダメって……?だって、フォル、すごく料理上手だったよ?オムライスの卵だって、2~3回練習したらすぐできるようになってたじゃない」
「オムライス、いいなー」
千秋がまた言ってる。近いうちに作ってあげようかな。
「あら、それはフォルだからよ?他の神々はそもそもお料理の練習なんてしないわ。食べることに興味あっても作ることにはあまり興味はないのが現状ね」
デメテルがなぜかドヤ顔してる。
「じゃあ、デメテルも料理できないの?」
でた!千秋の悪意のない、ついでに遠慮もないツッコミ!
「ゔ……い、いま練習してるところよ」
とてつもなくバツの悪そうなデメテル。
「えぇっ~!?お姉様がお料理の練習してるの!?ど、どうしたの、お姉様!?大丈夫!?」
アルテミスがものすっごく驚いてる。そんなに?しかも、大丈夫?ってどういうこと?
「な、なによ~!そんなに驚かなくたっていいでしょう?お姉ちゃんだって、食べる時は食べるのよ!」
「それは当たり前じゃない?もしかして……作る時は作るって言いたかったの?」
千秋のツッコミが冴えわたるな!
「……そう、よ」
さすがに恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏してしまうデメテル。
「デメテルにも昨日、人参切ってもらったりしたんだよ。筋は良いんだから練習すればきっと、すぐに上手くなるよ?」
彼女の髪をそっと撫でながらそう言うと、顔を上げて嬉しそうに、ありがとうと微笑んだ。
「そうなの?じゃ、私も一緒に練習しちゃおっかなぁー。上手になったら私の手料理食べてくれる?」
千秋が妙に潤んだ瞳で僕を見つめる。
「う、うん。それはもちろん嬉しいよ!じゃ、今度、時間作って一緒にやろうか?」
「うん!」
千秋、嬉しそうだな。
「流星、その一緒にってのは、もちろん、アタシも入ってるよな?な?」
フォルが少し慌てたように口を挟んできた。
「え?も、もちろんさ!いいよね?千秋?」
「えー?どうしよっかなぁ?」
「流星、千秋!私は?私は一緒よね!?」
デメテルも焦りながら会話に入ってくる。その慌てた様子が、なんだか小さい子みたいに可愛くて微笑ましかった。
「え~っ!ずるいずるい!お姉様たちばっかり!わたしもお料理の練習したいな」
ここでまさかのアルテミス、参戦。僕ってこんなに賑やかなトコにいられてほんと幸せだな。
「わかったよ。じゃあ、皆一緒に練習しようよ?それで、それぞれ作った料理を食べ比べしない?きっと、楽しいよ!」
そう提案した途端、4人とも、わぁっ!っと大盛り上がり。皆、嬉しそうな顔して、何作ろうってもう相談し始めてるよ。
「あ!あのさ、その話はまた今度にして、さっきの続きが聞きたいかな」
「そういえば、そうだったな。わるいわるい」
ほんとに忘れてたらしく、フォルが頭を掻きながら続きを話し始めた。
「さて、神たちが料理ができないってのは実は、仕方がないことなんだ。先に言っとくけど、アタシができるようになったのはつい最近だからな?それも、必死に覚えようとしたからさ」
フォルってどこか飄々としてるけど、努力家でもあるんだよね。そういうところはホント凄いよ。
「でさ、なんで仕方がないかって言うとだな……その能力をほとんど星の管理のために全振りしちまってるからなんだ」
「ゼンフリ?」
「ゼンフリって?」
「流星、千秋、あのね。全振りって言うのは、ゲームで言うとレベルアップした時のポイントを全部、1つの項目だけに注いじゃうことなのよ」
デメテルが分かりやすく解説してくれた。あ~なるほどね。100ポイントあったとして、攻撃力と防御力に50ずつ振り分けるんじゃなくて、攻撃力に100ポイント全部振っちゃうようなもんか。
「そういうことさ。要するに、神ってのは星の管理以外のことは苦手なんだ。そりゃ、少しは出来るが、流星たちの地球に比べたらお粗末なもんさ」
フォルが心底、残念そうな顔で僕と千秋を見つめた。
「でも、お母様はお料理上手だよ?」
アルテミスが不思議そうにフォルに聞き返す。
「そりゃ、そうさ。だって、初めにアタシに料理を覚えた方がいいって教えてくれたのはレーア様なんだぜ?」
「お母様が!?そうなの?」
アルテミスは驚きを口にしながら、ちらっと目の前のデメテルを見た。
「……アルテミス、なによ。その目は」
「ダメだよ、アルテミス。そんなに分かるように見たら。なんでフォル姉様は料理の勉強したのに、お姉ちゃんはしなかったんだろ?って言ってるようなものだよ?」
うん、千秋が全部言ってるよね。
「千秋ってなんか凄いな」
「フォルもそう思う?やっぱりね」
フォルの問いかけに、神さまもそう感じるんだなぁと、改めて千秋のコミュ力の高さを実感した。
「わ、私は……その、色々と忙しかったのよ。それに、フォルがお料理凄く上達早かったから、フォルに習えばいいかなって思って……」
しどろもどろな豊穣神、デメテル。
「結局、習いには来たけど、毎回、食べる専門で終わったけどな」
ニヤっと笑うフォル。
「え~と……そ、そうだわ!そんなことはどうでもいいのよ!」
どうでもよくはないけど、まあ、これ以上は野暮だし突っ込むのはやめとこう。千秋にも目線を送って一応、制止しといた。はいはい、わかってるって、と言わんばかりに頷く千秋。良かった、通じて。これで、ツッコミね!OK!とかなったら、さすがにデメテルが可哀想だもんな。
「お母様がお料理上手なのはもちろん、努力なさったのが大きいわ。でもね、地球の調味料を普段から使ってるからでもあると思うわよ?」
「あの例の通販で買ってるってこと?」
「通販?あぁ、日本でアルテミスが話してくれたやつ?天界で神様たちが私たちの世界の物を買えるっていう」
千秋も知ってるのか。神さまの通販システム。
「そうそう、それだ。アタシも使ってるんだぜ?なにせ、地球の、特に日本の調味料を使うと抜群に味が良くなるからな!」
「他の世界のはよく知らないけど、確かに普段、僕も味を調えたりするのに調味料はよく使うよ。だいたい、塩だって何種類もあるし、醬油も濃口や薄口があるんだ。あと、オムライスにも使ったケチャップ、それに、サラダにかけたマヨネーズも美味しいよね」
「地球でもサラダにマヨネーズ使ったよ!あと、ゆで卵にもかけたし、あれおいしいから好き~」
日本で食べた物を思い出したのかな。凄くとろ~んとした顔と弾んだ声でアルテミスが口を開くと――
「マヨネーズ、好きだったもんね。あれって焼いても美味しいんだよ?ね、流星?」
千秋も嬉しそうな顔で言葉を繋げた。
「そうだね。料理にも使えるし、すごい調味料だよ。じゃがいもとトマトを切ってマヨネーズをかけて焼いただけでも、かなり美味しいんだ」
「いいわね~」
「それも美味そうだな!」
「おいしそうだね!お兄ちゃん、それも教えてね?」
3女神さまがゴクッと喉を鳴らし、食べたそうに口を揃えた。
「うん、もちろん!他にもたくさんの調味料があるから、料理とはもう切っても切り離せないよ」
料理は素材の味を生かすって方法もあるけど、それだって少なからず、調味料は使うしね。白菜なんて軽く塩もみすると、余計な水分が抜けて甘味が引き立つんだよね。あ~なんだか食べたくなっちゃった。
「あ!そうだ!話の途中でごめんね。ちょっとだけ待ってくれる?」
良いこと思い付いた!
「どうしたの?流星。亜空間なんて出して」
僕の行動を不思議に思ったのか、千秋が聞いてくる。他の3人も興味津々みたいだ。
「ちょっとね……アルテミス、そのホットドック貸してくれる?」
「え?これ?い、いいけど、食べかけだよ……?」
「流星、腹減ったのか?」
「違うって。まぁ、見ててよ」
まず、フォルの家のキッチンからもらってきたプラスチック手袋をして、ホットドッグを受け取る。それで、タッパーに入れといたこのみじん切りを……あとは、これをこうして……最後に……よし!
「出来たよ!僕特製、ややボローニャ風ホットドッグ!」
挽肉は入ってないけどね。
「わぁっ!すごいすごい!!とってもおいしそう!これ食べてもいいの!?お兄ちゃん!」
感嘆の声を上げるアルテミス。
「もちろん!さあ、どうぞ。召し上がれ」
僕が言うや否やパクリと一口。
「お……」
「お?なんだ、アルテミス、その続きは?美味いのかおいしいのかどっちだ!?」
フォル、それじゃ意味が同じだよ。
「おいひぃ~~~~っ!!!」
良かった。上手く味が調えられたみたいだね。
「そんなにか?アタシにも少しくれよ」
「わ、私も一口ちょうだい!?」
女神さまたちがアルテミスに慌てて詰め寄る。
「これ、すっごくおいしい!この上の赤いのはケチャップ?」
言いながら、お姉ちゃんたちにちゃんと分けてあげるアルテミス。ほんとに良い子だよな。
「うん、そうだよ。あとは、ソーセージの下にみじん切りにして炒めた玉ねぎと人参を敷いたんだ。」
「あーだから、ややボローニャ風って言ったんだ?ふふっ、流星にかかればお茶の子さいさいだね」
「ありがと、千秋。アルテミスが一口だけしか食べれないなんて、見てて可哀想だしさ」
食べてくれて本当に良かった。こういう時、料理が少しでもできるといいよね。
「う、美味い!!」
「これよ!この味だわ!これこそ、流星のお料理の味よ!」
一口食べた2人の女神さまも大騒ぎだ。
「流星、この中のものって昨日、オムライスを作った時のやつか?」
「え?うん、そうだよ。切ったのが余ったから、一緒に炒めて亜空間にしまっといたんだ。こういう時、亜空間って便利だよね~!熱いまま保存できるんだから」
「本当に美味しいわね~!なんだか涙が出てきちゃう……」
そんなに?でも、そこまで味わってくれて嬉しいな。
「お兄ちゃん、ありがとう!これほんとうにおいしい!ソーセージの下に入ってるのがとっても甘くて、それにすごく良い香りがするの」
「あぁ、それね。オリーブオイルっていうので炒めてあるからだよ。そうすると風味がすごく豊かになるんだ」
「流星ってほんとに料理、得意だよね。教えてくれるの楽しみにしてるからね?」
「お兄ちゃん、わたしもね?絶対だよ?」
千秋とアルテミスに料理を教えたら、きっと上達早いだろうな。なんだかわくわくしちゃうよ。
「おい、デメテル」
「えぇ、これはひょっとしたら――」
この時、僕はアルテミスがあまりに美味しそうに食べるから気を取られていたんだ。隣の女神さまたちが何事か会話をしていることに、全く気が付かない程に。
今回もご覧いただき、誠にありがとうございます。
人には得手不得手があるものですが、神様にも同じことが言えるんですね。
神様だから、なんでも出来るとは限らないようです。
流星の機転でアルテミスに笑顔が戻って良かったです。
一方、デメテルとフォルが何やら話してたみたいですが……?
次回もぜひ、ご期待下さいね☆




