32.転生の副作用?
デメテルとアルテミスに異変が……!?
『お兄ちゃん』……なんて素晴らしい響きなんだろう!まるで、新緑が眩しい爽やかな森を歩くような、どこまでも広く雄大な大海原を眺めるような、そんな晴れ晴れとした気持ちにさせてくれるよ。心が躍るっていうのかな?
そう言えば、昔は千秋も僕のことを『お兄ちゃん』って呼んでたっけ。でも、いつの頃からか名前で呼ぶようになったんだよね。それはそれで良いけど、たまには今みたいに『お兄ちゃん』って呼んでくれてもいいんだよ?
「流星、なにぶつぶつ言ってるの?どうかした?」
声を掛けられ、ハッ!と視線を正面に向けると、千秋が心配そうな表情で僕を見つめていた。
「大丈夫?流星まで病気になっちゃったわけじゃないよね……?」
いらない心配をさせてしまったみたいだ。ごめんよ、千秋。
「あ、ああ。うん、全然、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてただけだからさ」
まさか『お兄ちゃん』呼びの余韻に浸ってましたなんて言えないもんな。
「流星、話の続きをするぞ?」
「え?う、うん、お願いします」
そうだ。フォルたちにいまの食事が美味しかったかどうか、聞かれてたんだった。
「じゃあ、続きからな。やっぱり、担当神のデメテルから話した方がいいんだろうな。頼むよ」
ん?担当神って……?
「あのね、どうして流星と千秋にそんなことを聞いたかなんだけど、天界での食事事情を知らない2人に食べてみた感想を聞きたかったからなの」
「どういうこと?」
千秋が頭にハテナマークを浮かべながら聞き返す。僕の頭にもきっと、ハテナマークが浮かんでるんだろうな。デメテルは何を言いたいんだろう?
「さっき、美味しいと言ってくれたわよね?でも、それはたぶん、初めて食べるあなたたちだからなのよ。食べて分かったと思うんだけど、調理品としての完成度は……あまり高くないと感じたんじゃない?」
「まあ、そういえば……」
「僕も思うところは……あったよ」
失礼な言い方になっちゃうけど、学園祭で出す模擬店よりは上というレベルかもね。一口目や二口目は確かに美味しかった。初めて食べる味だったしね。でも、それ以降は味にも慣れてきて、焼き加減のムラとかが気になったりしたもんな。使ってる素材そのものはとっても良いものなんだろうけど……。
「でも、どうしてそれが?アルテミスのこの様子と何か関係があるの?」
心配した千秋が、アルテミスの横に座って肩を抱きながら言葉を紡ぐ。
「たまたま、いま食べたものが多少、美味しくなかったとしてもだよ?アルテミスや他の神様たちはずっと、天界で暮らしてきたんでしょ?急にこうなるなんて変じゃない?」
千秋の言うことも最もだ。さっき、買ってきたものを渡された時、アルテミスは嬉しそうだった。それに、デメテルは『好きだったわよね?』と言っていた。少なくとも、以前までは好物だったはずなのに。
「前まではこのホットドック、好きだったんだよね?」
「うん……」
隣のアルテミスに聞くも、その表情は冴えない。僕は釈然としない気持ちでデメテルを見る。すると、それに呼応するように彼女が話し始めた。
「実は、私もフォルもその『病』にかかってるのよ。ううん、私たちだけじゃないわ。転生経験のある大半の神たちもなの」
えぇっ?
「その『病』ってどういうこと……?もしかして、食べ物を受け付けなくなっちゃうとか?でも、昨日だって今朝だって、デメテルもフォルもご飯あんなに美味しそうに食べてたじゃないか」
「そうだよ!それに、アルテミスも流星のサンドイッチをお代わりしてたくらいだから、食べ物は関係ないんじゃないの?」
僕と千秋が矢継ぎ早に、2人の女神さまに質問を投げかける。
「それさ。まさにそれなんだよな」
フォルが僕と千秋を交互に見、そして、ゆっくりと言葉を続けた。
「アタシたちが昨日今日、食べた物ってみんな流星が作ったやつなんだ。食材だって、通販で買ったものだしな」
「うん、まぁ……そうだね?」
僕が作ったから?だから食べれたってこと?それって……?
「確かに、流星の作るご飯は何でも美味しいけど……それってどういう意味?なんだか聞いてると、天界のご飯はまずいって言ってるように聞こえるんだけど……?」
千秋も僕と同じことを思ったのか。僕もフォルがそう言ってるように聞こえるよ。
「そうだよ。それだと、神さまたちはずっと、まずい食事を我慢して食べてたってことになっちゃうんじゃない?それはおかしいよ」
僕だって日本にいた時は何も特別、美味しいものばかり食べてたわけじゃない。面倒くさい時なんかカップラーメンで済ます日もあったし、ご飯の水加減を間違っておかゆにしちゃったことだってある。それでも、こんなアルテミスにみたいになっちゃうなんてことは……ん?だけど、もしかして……?
「フォル……?キッチンに調理道具がたくさんあって、通販で買った食材が山盛りあったよね?それに、料理を頑張って覚えたのって……もしかして、天界でのご飯を食べたくなかったから?」
鶏肉とか野菜とか、あの時、100㎏ずつあるって言ってたもんな。僕にそう質問され、目を見開くフォル。そして、ちょっと気まずそうな顔をして一言。
「……ご名答だ」
やっぱり……!
「え?え?なになに?」
千秋が僕とフォルとを見ながら困惑気味な顔をする。あぁ、そうか。千秋は昨日いなかったから、フォルの亜空間が食材でもの凄いことになってるって知らないんだっけな。
「あのね、フォル姉様ってお料理がすごく上手で、地球とか他の星の食材がキッチンやフォル姉様の亜空間にい~っぱいあるんだよ」
アルテミスがふいに口を開く。
「前にフォル姉様が作ってくれたご飯、とっても美味しかった。お兄ちゃんのご飯と同じでとっても美味しいんだ~」
嬉しそうに話す彼女は千秋の方を向いて、フォル姉様はお料理の研究によねんがないんだよ、と教えていた。さっきホットドックを途中で食べるのを止めて元気がなかった時とは大違いだな。そんなアルテミスの様子を、困ったような笑みを浮かべて見つめるデメテル。
「あのね、妹も転生するまでは天界の食べ物をなんでも美味しいって言って普通に食べてたのよ。それで、地球に転生して戻ってきて――」
「地球の食べ物が美味しすぎて、天界のものだと味気なくなっちゃったってこと!?」
千秋、思い付いたことに自分でもびっくりしてるんだろうな。驚きながら叫んだ。
「……当たりよ」
「そういうことだ、な」
「このホットドック、前食べた時はもっとおいしかったと思ったのにな……」
女神さまたちが三者三様に呟く。
「なぁんだー!そんなこと!?もっと、重大な病気なのかと思っちゃったじゃない!もう、ビックリさせないでよね!」
原因が判明して安心したのか、ちょっとご立腹な千秋。彼女なりにアルテミスをすごく心配してたもんな。
「いやいやいや!深刻な問題だぞ!転生先が大して文明の進んでない世界ならまだしも、アタシたちは3人ともある程度、発達した世界に転生経験があるからな。もう飯が美味いのなんのって!」
興奮したフォルがもの凄い勢いで話し出す。
「アタシだってなぁ、天界の飯がまずいとまでは思ってないさ!でも、どうしても下界で食べた飯と比べちまうんだよな。料理の種類は豊富だし、味は濃厚!何より、アタシの知らない料理ばっかりなんだ」
「そうね。それに比べると、私たちの世界は料理に関してかなり遅れてることが分かるわ。私も転生するまでは、そんなこと思ってもみなかったんだけどね。それに――」
デメテルもフォルに続いて力説する。
「いま、遅れてるって言ったけど、料理の発展が止まってると言ってもいいくらいよ。そうよね、フォル?」
「あぁ、そうだな。アタシだって食材が地球や他の星と比べて劣ってるとは思わないさ。それこそ、いまさっき流星が食べた黄金牛だって、ちゃんと調理すればすげー美味いはずなんだ」
美味いはず……?
「あとは、大極楽鳥や天空豚だって、美味い味を知ってる流星が料理すれば、今あるものよりはるかに美味くなるはずさ」
「てことは、フォルもデメテルも串焼きや天界で売ってる他のものを、転生する前までと比べてあまり美味しくないって感じてるんだね?だから、1本しか食べてないんだ……?」
串焼きを手に持ちながら、デメテルを見る。彼女は少し悲しそうな顔で、小さく頷いた。
「そんなに違うもの?だって、私は普通に美味しいと思ったよ?まぁ、ちょっと気になるところはあったけど」
「そうだね、僕も色々言っちゃったけど、全体的に見たらそこまでじゃないように思うんだけどな」
千秋と顔を見合わせ、感じたことを女神さまたちにぶつけた。
「それはさっきも言ったけど、流星たちが初めて体験した味だったからだと思うの。地球や他の星と共通してる食材もあるにはあるけど、2人がいま食べたものは確か、天界にしかなかったはずだわ。千秋が食べたフルーツもね、似てるようでやっぱり地球のものとは少し違うのよ」
そう話しながらデメテルは、僕と千秋を少し羨ましそうな顔で見つめ、再び口を開いた。
「地球の食文化って私の知る限り、この広い宇宙の中でも突出して発展してると思うの。それは豊かな自然がもちろん、関係してるんだけど、何よりもそこに住んでる人たちの料理にかける情熱が大きいと思うわ!」
デメテルが熱く語ると、続けてフォルも――
「それに、流星や千秋は地球の食文化に生まれてからずっと、触れてきただろ?それで、アタシたちの飯を食べた。それも、いま1回だけだ。でも、アタシやデメテル、アルテミスはずっと天界なんだよ。生まれ育ったのは。そんなアタシたちが食文化の栄えた世界に行って、そこの飯を食べ続けたらどうなると思う?」
あ~なるほどね。
「そこの世界の食べ物が恋しくなって、天界に戻ってきてもまた食べたいなって感じちゃう……?」
「そうなのよ、千秋!分かってくれる!?特に、戻ってきた直後に食べた食事は、何を食べても味が薄くて単調なのよね……」
デメテルがため息をついてうなだれる。
「お姉様もだったの?わたし、いまがそうなのかも。このホットドック……ちっともおいしくない」
アルテミスも寂しそうな悲しそうな表情だ。そりゃそうだよな。今まで自分が好きだった食べ物を、美味しいと感じなくなっちゃってるんだから。
「食材そのものどうこうより、味付けや調理法の落差が激しいことが原因なんだね?」
「さすが、流星!そーいうことだな。だから、アタシは通販で料理本買って勉強したんだ。自分で作って食べられるようにな。食材は天界のや地球のを使ったり色々だけど、調味料や調理法は地球のものにしてるんだぜ?」
フォル、なんだか嬉しそうに話すな。理由はどうあれ、料理がほんとに好きなんだね。
「中でも、こないだ覚えた『蒸す』!こいつは凄いな!いつだったか作ってデメテルと食べた肉まん!あれ最高に美味かったよな!?」
「そうね~!あれは涙が出るくらい美味しかったわ!私が前回、天界に戻ってきたお祝いに、フォルが作ってくれたのよ!」
それで、さっき肉まんって言葉が出てきたんだね。いまもデメテル、すっごく食べたそうな顔だ。
「え~!いいなぁ……お姉様たち、ずるい!」
ははっ、アルテミスがむくれてる。そういうところは凄い能力を持ってても年相応だね。
「今度、また作るさ。そしたら、一緒に食べようぜ?」
「そうね!なら、いまから丁度、3年後に作るっていうのはどうかしら?それなら、アルテミスが未来に戻った時に食べられるんじゃない?」
「やったぁ!絶対だよ?約束ね!」
ベンチから飛び降りてぴょんぴょん跳ねるアルテミス。そんな彼女を慈しむ様に2人のお姉さんが優しい表情で見つめていた。
「ねぇ?思うんだけど、そんなに天界の食事に思うところがあるなら、なんで今まで食文化が発達しなかったの?」
クレープみたいなものを食べ終えた千秋が疑問を挟んできた。ついで、残ってる串焼きに手を伸ばし、これ貰うねと言いながら言葉を続ける。
「神様なんだからすごい料理法や画期的な料理なんて、いくらでも開発できそうに思えるんだけどなー」
そう言えば、そうだな。それに――
「千秋の言うこと、僕もそう思うな。あと、街を歩いてて感じたんだけどさ――」
神さまたちの街を歩いて思ったのは、色んな店があるということだ。でも、1つだけどこを見渡してもない店があったんだ。
「どうして、店内で食べれる飲食店がないの?それに、フォルが言ってた、デメテルが担当神ってどういう意味?」
「あ!それ、私も思った!横道の方に、綺麗な天使のお姉さんが呼び込みしてるバーみたいな入り口はあったけどね。流星、行ってみたかった?」
え!綺麗な天使のお姉さんがいるバー!?そんなのがあるの??天界にあっていいのか!?日本でもそういうトコ行ったことないけど、なんだか心にグッとくるようなこの嬉しい感じはなんだろ?
まるで、新緑が眩しい爽やかな森を歩いていると、向こうからさらに眩しい綺麗なお姉さんが歩いてきて、手を振ってくれるような!どこまでも広く雄大な大海原を臨むビーチで、向こうから(布面積の少ない水着姿の)綺麗なお姉さんが歩いてきて、ハグしてくれるような!?
「ふ、ふーん……僕、そういうの全っ然、興味ないから大丈夫だよ?でも、間違って絶対に行かないように、場所だけ教えといてもらおうかな?どの辺に――」
そこまで言って、僕は初めて失言したことに気が付いた。もっと慎重に言葉を選ぶべきだったんだ。辺りの気温がグンと下がり、寒気がする程の威圧感。
どこまでも冷たく、新緑でさえもあっという間に凍り付かせるであろう絶対零度な瞳の千秋。煮えたぎるマグマのような激しい怒気で、大海原でさえも蒸発させてしまうような灼熱の睨みをきかせるフォル。
そして、いつもと変わらない、美しくも穏やかな微笑みで僕をニッコリと見つめるデメテル。そんな彼女の口がゆっくりと開き、無音で明らかに『お話プラス』と言っている。
僕は助けを求めるように咄嗟に隣のアルテミスを見た。しかし、彼女の姿はどこにもなく、見渡すといつの間にか離れたベンチに座って読書をしていた。
アルテミス……顔色真っ青だよ?ま、僕もだろうけどね。それから、その持ってる少女漫画、上下逆さまだよ。僕はそんなことを思いつつ、これから襲い来るであろう3人の彼女の、地獄への招待を一身に受ける覚悟を決めるのだった。
今回のお話、いかがだったでしょうか?
ご覧頂きまして、ありがとうございます☆彡
神様たちの食事には、そんな事情があったのです。
転生することによってこんなことが発生するなんて想定外でしょうね。
そして、3人の彼女に睨まれた流星に明日はあるのか!?(笑)
次回もまた、神様たちの食事事情についてデメテルたちが語ってくれます。
この世界の様々な事情が少しずつ明かされていきますので、
ぜひ、ご期待下さい!




