31.一つの異変
神様たちの街『エリュシオン』を散策しながら一行は進みます。
アルテミスが誤って一時期(というには長いけど)置いてきぼりにしてしまった迷子の魂が、お酒の神さまの元にいる。その情報から僕たちは、ディオニュソスさまの酒蔵へ向かっていた。
そこは神さまたちの街を抜けたところにあるらしい。なんでも広大なブドウ畑が広がっているんだって!楽しみだなぁ!
「千秋、だいぶ歩いたけど大丈夫か?疲れたんじゃないか?」
「うん、ありがとう!でも、大丈夫だよ。こうして神様の街が見られるのが楽しくって!」
フォルの問いかけに、さして疲れた様子もなく、けろっとした表情で答える千秋。
「確かに、全部を見て回るには何日もかかっちゃいそうだね。さっき通った噴水広場、すごく立派だったなぁ」
街の中心部付近に大きな噴水があって、広場には美術館に置いてあるような素晴らしい彫刻の数々があったのを思い出した。
「流星、あそこ気に入ったのね?嬉しいわ!あの広場はね、夜になるとちょっとしたデートスポットにもなってるのよ?」
「あ、やっぱり!?私もそうなんじゃないかって思ってたんだよねー!だって――」
デメテルの弾んだ声にすぐさま、千秋が反応する。
「2人掛けのベンチがやけに目立ってたし、ベンチ同士の間隔も離れてたもん」
女の子って凄いな。よくそんなこと分かるよね。僕なんてちっとも気が付かなかったよ。
「私も今度、流星と……いやんいやぁん」
デメテルが恍惚とした表情で、うっとりと呟く。
「……あのなぁ、そんな肉まんを食べる時みたいな顔して言うなよ。流星が引いてるぞ?」
フォルが茶化すように言い、つられて千秋もアルテミスも笑っていた。それ、恍惚じゃなくて食欲を満たす時の顔だったの!?どうりでよく見る表情だと思ったよ。あれ……?僕、食べられちゃう??
「……?」
まただ。アルテミスと繋ぐ手から僅かな違和感を感じた。さっきも感じたんだよな。もしかして、これは……。
「ねぇねぇ!やっぱり休んでかない?僕、疲れちゃったかも」
アルテミスの小さな手が時々、ぎゅっと強く握り返されてくる。見ると足取りも若干、重そうだ。フォルのところからゆうに1時間以上は歩き詰めだもんな。いくら街の様子を見ながらのゆっくり目のスピードとはいえ、彼女の小さな体には結構、キツいはずだ。
もっと早くに気が付くべきだったな。僕はのうのうと歩いていた自分を恥じた。
「大丈夫?いま休憩とるからね?」
周りに悟られないように、アルテミスの耳元でそっとささやく。
「ありがとう、お兄ちゃん。お姉様たちや千秋が好きになっちゃうの分かっちゃったかも」
そう言いながら小さな女神さまは、えへへと可愛らしい笑顔を見せてくれた。今はこの可愛さもまだ、あどけない感じがする。でも、この子も将来はきっと、デメテルに負けなくらいもの凄い美人になるんだろうな。
「そうね!もう少しで丁度、休憩に良い場所にでるわ。そしたら、そこでお昼ご飯にしましょう?」
――ぐ、ぐ、ぐ……ぐぐうぅ~~~~っ!!
天界に来てから何回目かの某女神さまのお腹の音が鳴り響く。
「デメテル、自分で自分に返事しちゃったの?」
「私、健康だもの!……でも、ちょっと健康すぎたかしら」
千秋のツッコミに恥ずかしそうに顔を赤くするデメテル。僕たちはそのコミカルなやりとりに思わず、吹き出してしまうのだった。
◇◇◇
「流星、千秋~!お待たせ~!」
お昼ご飯の買い出しに行ってくれたデメテルとフォルが戻ってきた。せっかく天界にいるんだからと通販のものじゃなくて、神さまたちの街ならではのものを買いに行ってくれたのだ。
今いる所は食べるのに程よいテーブルやベンチがあって、少し落ち着いた感じがする雰囲気の広場だ。街の中心部から離れているからか、神さまや天使さまたちの姿もそれほど多くはなかった。
僕と千秋、アルテミスは疲れてるだろうからと、フォルが木陰のベンチで休ませてくれたんだよね。僕も一緒に行こうかと思ったんだけど、なんとなく千秋たちを残して行くのは憚られたので、2人に買い出しをお願いしてしまった。
「ほら、アルテミス。喉渇いてるだろ?先に飲んでなよ」
フォルの気遣いに顔をほころばせるアルテミス。この2人もなんだか本当に姉妹みたいな感じがするな。タイプは正反対だけど、アルテミスは2人のお姉ちゃんがいて幸せだね。
「2人ともありがとう。ごめんね、僕まで休ませてもらっちゃってて」
「そんなこと気にしなくていいんだぜ?流星への優しさアピールなんだからな」
そういってちろっと舌を出しておどけて見せるフォル。あれはきっと、ワザとだね。ありがとう、フォル。僕は心の中で感謝した。
「あ~ら、私だってアピールするわよ?はい、流星のはこれよ!黄金牛の串焼き、LLサイズよ!」
……串焼きでLL?そもそも、こういうのってサイズとかってあるんだっけか?さすが、天界はやることが違うな。
「あ、ありがとう。とっても美味しそうだね」
ま、それはともかく、ほんとに美味しそうだ。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、食欲をそそられる。そういえば、通販の物じゃなくて神さまたちが普段食べてる物って初めてかも?楽しみだな。
「それから、はい!確か、これ好きだったわよね?」
そう言ってアルテミスが渡されたのは、ホットドッグだった。日本でもよく見る細長いパンに切れ目が入っていて、間にソーセージが挟まってるやつだ。ケチャップは……なしなのか。天界だと普通なのかな?
「お姉様、ありがとう!」
ちなみに、フォルも同じホットドッグを買ったみたいだ。
「あと、千秋はこれが良いと思ったんだけど、どうかしら?」
デメテルが差し出したのは――
「わぁっ美味しそう!ありがとう!見たことのないフルーツも入ってる!どんな味なんだろ」
クレープによく似た食べ物だった。クレープよりは少し厚めの生地に、クリーム状のものと一緒にフルーツがたくさん巻いてあるようだ。リンゴや桃、それにラズベリー、あとは虹色のものも見える。あの虹色はなんだろう??
「他にも何種類か買ってきたからな。たくさん食べて元気つけろよ?」
フォルがニカっと笑顔を見せる。
「皆、行き渡ったかしら?じゃあ、食べましょうか」
言いながらデメテルが取り出したのは、僕の串焼きと同じものだった。でも、数が……もの凄く少なかった。彼女のことだから30本くらいあるんじゃないかと思ってたのに。5本くらいしかなかった。
フォルは何も気にしていようだ。
「お姉様、お昼それだけなの?」
アルテミスも僕と同じで不思議に思ったのか、当然の質問をしていた。
「え?えぇ、いまあまりお腹が空いてないのよ」
あんなにお腹鳴らしてたのに!?どこか悪いんだろうか?
「デメテル、大丈夫?どこか悪いの……?」
心配して声を掛けると、彼女は、なんでもないのよ、ありがとう、と少しだけ力なく笑った。
「んっ!?これおいひぃー!……ちょっと甘味が強くて不思議な味だけど、でも、美味しい!日本のクレープみたい!」
テーブルを挟んだ向こう側では早速、一口食べた千秋が絶賛の声を上げている。天界って日本とそう変わらない食文化なのかもしれないな。僕も食べようっと!
串にささった大ぶりの肉にかぶりつく。ん?これは……!
「肉汁が凄いね!アツアツでとっても美味しいよ。ありがとう、デメテル。良いの選んでくれたね!」
塩と胡椒だけのシンプルな味わいだけど、その分、肉の旨みが上手いこと引き立てられてるね。噛む度に口の中に肉汁がどっと流れ込んでくる楽しさ。その味の濃厚なこと!
「気に入ってもらえてよかったわ。どんどん食べてね!」
嬉しそうにデメテルが微笑む。さっきの少し元気なさそうに見えたのは、僕の勘違いだったのかな。それならいいんだけど。
「ホットドックも美味しい?」
僕は隣に座るアルテミスに声を掛けた。
「…………」
「……?」
「…………」
「アルテミス……?」
「えっ……な~に?お兄ちゃん」
見ると彼女は、一口だけかじって食べる手が止まっていた。
「どうしたの?何かあった?あ!落とした財布のこと?」
「ううん、そうじゃないの……」
ほんとにどうしたんだろう?デメテルたちが買い物に行ってくれてる間も、3人でお喋りしててあんなに楽しそうだったのに。
「アルテミス?どうかした?」
千秋も心配そうに声を掛ける。
「ははぁ……アルテミスも病にかかっちまったか」
「まぁ!そうなの?でも、地球に転生してたんですもの。無理もないわね」
え?なになに?
「ちょっ!アルテミス、病気なの!?」
「大丈夫!?もしかして、私を過去に連れてきたから?それで負担がかかっちゃったってこと!?」
「いや、そういうんじゃないんだな、これが」
驚き慌てる僕たちに、フォルは至って冷静に答えた。
「実はな、ある程度、発達した文明の世界から天界へ戻ってきた神がよくハマッちまうことがあるんだ」
「それって……どういうこと?」
「でも、いま病気って……」
千秋と2人で顔を見合わせ、訳が分からない僕たち。
「待って。私から説明するわ。あ、これ、流星の分よ」
串焼きを1本食べ終えたデメテルが、口元を拭きながら言葉を繋げる。え!?まだ1本だけ!?本当にどうしたんだろう?いつもならこの短時間でも、20~30本はペロリと食べてるイメージなのに。
「それでね、病気みたいなものなんだけど、病気じゃないのよ。でも、そんなに心配しなくて大丈夫よ」
デメテルはそう言うけど、もう一度アルテミスを見る。多少、疲れた様子はあるものの、どこか悪いようには感じられない。何があったんだろう……?
「説明する前に流星と千秋に聞きたいんだけど、いま食べたもの、どうだった?美味しかったかしら?気を遣わないで正直に話していいのよ」
何が言いたいんだろ?食べ物が何か関係あるのかな?
「えーと、そうね。私は普通に美味しかったよ?そういえば、中のクリームの舌触りがあまり良くなくて、フルーツと合ってないようには感じたかな……あ!でも、ほんの少しそう思っただけだけどね」
千秋が少しだけ申し訳なさそうに話す。
「流星はどうだった?串焼き、美味かったか?」
フォルがじっと見つめながら聞いてくる。正直に言えよ?……見つめる瞳がそんな風に言っているように感じた。
「え?う、うん。初めて食べる肉だったけど、美味しかった。強いて言うなら、塩と胡椒だけだからこの大きさを全部食べるには味が単調になっちゃうかもね。それに、肉が厚くて嚙み切れなかったのが難点かな。女性が食べるには隠し包丁が入れてあってもいいかも知れないね」
「そうか。じゃあ――」
「あとは、部位別に串に刺した方がいいかもね。いま食べたのは多分、色んな部位を混ぜちゃってるんだと思う。だけど、それだと部位ごとの味を楽しむってことができないから、例えば、ヒレとかももとかロース、レバーみたいに分けた方が絶対、美味しいよ!」
「あぁ、ありがとな。りゅうせ――」
「それに、肉だけじゃなくて野菜も一緒に刺してあっても良かったかな。天界に同じ野菜があるか分からないけど、玉ねぎとかピーマンなんて美味しいよ?あ!プチトマトなんてアクセントになっていいかも知れない!それと、忘れちゃいけないのがやっぱり、ねぎだね!深谷ねぎっていうのがあるんだけど、美味しくてビックリするよ?その中でも冬ねぎはとっても甘くて栄養価も凄く高いんだ」
「流星!流星!?」
「それから、細かいことになっちゃうけど、肉を串に刺す時って出来上がりのバランスも大事なんだ。1番良いのは逆台形って言って、串の手持ち側に小さい肉をまず持ってくる。それからだんだん大きい肉を順番に刺していくんだ。先端に1番大きいサイズの肉があるようにね。そうすることによって、見栄えも良くなって火の通りも均一になるんだよ。あと、一口目に大きい肉がくることによって、食べる人に満足感を感じてもらえるからね!」
「ちょっ!流星ってば!おい、千秋!なんとかしてくれよ!」
「無理だよ。流星、料理のこととなると、たまにこうなるんだもん」
え~っと、あとは何があったかな。そうだ!繊維に対して直角に――
「お兄ちゃん!あ~しぃ、そのお話、また後で聞かせて欲しいなぁ~」
「そう?じゃあ、また後にするね、アルテミス」
彼女の方を振り向くと、なぜかキョトンとしている。
「いまのわたしじゃないよ?」
え?でも、お兄ちゃんって呼ばれたんだけどな……周りを見回すとフォルも千秋もアルテミスでさえ、ある一方向を凝視していた。
「だって、仕方ないじゃない?流星のお話、とっても興味あるけど……ちょっと長くなりそうだったし」
デメテルが顔を真っ赤にしてる。まさか、いま呼んだのって……。
「ついに、そういうプレイに目覚めたか。アルテミスが優しくされてるの見て、ヤキモチでも焼いたのか?」
「デメテル、言い訳してるけど、『お兄ちゃん』って呼んだ時、満面の笑みだったよ?それに、なんだか口調も違ってきゃぴきゃぴしてたし。ギャルの妹になりきってたよね?」
フォルと千秋から容赦のない集中砲火を浴びるデメテル。
「べ、別にそういうわけじゃ――」
「お姉様、お兄ちゃんの彼女じゃなくて妹になりたかったの?」
純真無垢なアルテミスのその笑顔から発せられる言葉。その穢れのない真っ直ぐな言葉に、デメテルは困ったような顔をしていた。
「そ、そうよ……お姉ちゃんね、流星の……い、妹になりたかった……のよ」
「言ったな?」
「言質取ったからね?」
フォルと千秋が汚れまくった大人の笑顔をにやりと覗かせていた。
ご覧いただき、ありがとうございます。
アルテミスが突然、元気がなくなってしまいました。
どうしたんでしょうか?
フォルもデメテルも『病』と表現しつつ「病気ではない」と言っていますが……?
それに、当のデメテルもなんだかいつもの様子と違うような?
次回、真相が明らかに!?
ご期待下さい☆




