29.アルテミスと迷子の魂
すっかり仲良くなった千秋と女神様たち。
今回はアルテミスと迷子の魂についてのお話です。
アルテミスの話から、千秋と2人で3年後の未来からやってきたこと、千秋が迷子の魂に該当すること、彼女がこのまま天界にいられることが分かった。
でも、アルテミスは能力の関係で、今夜までしか一緒にいられないんだって。残念だな……せっかく、仲良くなれたのに。いくら、3年後にまた会えるっていってもさ。
「ねえ、アルテミス?そう言えば、あなたって迷子の魂の存在を知ってたのね?」
話の流れから、アルテミスが知ってたことに疑問を感じたんだろうな。デメテルがそんなことを尋ねた。聞きながらも、テーブルに置いた山盛りの水ようかんを、凄い速さで食べる手は止まらない(当たり前の光景すぎて、千秋以外誰も驚いてないのがちょっとシュールな感じ)。
「うん、そうだよ?だから、千秋も転生しないで天界にずっといられるかなって思ったの」
「じゃあ、『体を持つ魂が天界にいることは禁止』っていう規則に神罰がないってことも知ってたのね?」
「う、うん。知ってたよ?どうしたの?お姉様」
アルテミスが不思議そうな顔をする。何か問題でも?みたいな表情でデメテルを見ていた。そうだよね、実は神罰がないってことを知っていたからこそ、千秋に体を与えたんだろうし。
「星を管理してる管理神の私でさえ、知らなかったのよ?それに、そのことを知ったのはつい、昨日のことなんだから。フォルが教えてくれなかったら、たぶんずっと知らなかったんじゃないかしら?それなのに、どうして知ってるの?」
「あー……それなんだけどさ」
若干、気まずそうにフォルが口を挟んだ。
「前に、アタシが話したことがあったんだと思う。覚えてないけど、たぶん、雑談かなんかでさ」
「そうだったのね。アルテミスなら大丈夫だとは思うけど、あまり感心しないわね。他の神に、実際は神罰がないってことがバレたら大変でしょう?」
「面目ない……」
少しだけ語尾を強めにして、フォルに注意するデメテル。それから、アルテミスに向き直り、なおも続けた。
「いい?これは本当に大事な事だから、他の誰にも話したりしたらダメよ?」
「うん、分かってるよ。大丈夫!」
ニッコリと微笑む妹を見て、大丈夫かしら?とまだ心配そうなデメテル。
「それにね、迷子の魂のことはフォル姉様から聞く前から、わたし、知ってたんだ」
「「えーーっ!?」」
デメテルとフォルが同時に叫ぶ。
どういうことなんだろう?
「もしかして、それってこないだ日本でゲートくぐる前に話してくれたやつ?まだ幼い頃に……って、アルテミスは今でも幼いけどね」
ギンッとおよそ子供らしくない鋭い目つきで、千秋を睨むアルテミス。
「冗談だってば。幼い頃に魂を連れて過去に行っちゃってさ。それで、一時的に置いてきぼりにしちゃったんだって」
「そうなの!?」
「アルテミス、それってホントか!?」
「う、うん……ほんとだよ」
驚くお姉さん女神たちと、バツが悪そうなアルテミス。そんなことがあったんだ?あれ……?確か、前にデメテルが体のある魂が遠い過去に1人だけいたって言ってたような?
「話の途中でごめんね。いまふと思ったんだけどさ、デメテルが話してくれたじゃない?過去に1人だけ体のある魂がいて天界で暮らしてたって。それって迷子の魂のことだと思うんだけど、あの話ってなんなんだろう?」
「……そういえばそうね。フォルの話からすると、僅かだけど迷子の魂っているのよね?それで、体を与えて天界で暮らせるように便宜を図った――」
デメテルが僕を見る。
「それで、後になって魂たちが高ストレスを感じることが分かって、他の星に転生させることになったんだよね?」
僕は確認の意味でフォルを見た。
「そうだな、その通りだ。まぁ、ストレスを感じない魂もいるから、若干ではあるが天界に残る魂もいるけどな。それが流星や千秋に該当するわけだ」
フォルは続いて千秋に視線を移す。
「ストレスなんて大丈夫だろ?なんたって、流星がいるもんなー?」
からかうような口調で話すも、当然だよ!と千秋の元気な返事が返ってきた。
「整理すると、天界で暮らすにしても転生するにしても、昔から迷子の魂は体を与えられてたってことだよね?それで、一定数はいたことになる。その、過去に1人だけいたって話はどこからきたんだろう?」
僕は皆を見回しながら疑問を口にした。
「なぁ、デメテル。その話って誰から聞いたんだ?」
「え?お母様よ?私が神アカデミー在籍中の頃に、例の規則のことを教えられたの。もう大人になるんだからってね。その時に、その魂の話をしてくれたのよ」
「レーア様が?レーア様だって迷子の魂のことは知ってるのに……なんでだ?」
フォルもデメテルも頭にハテナマークが浮かんでるのが目に見えるよ。
「あぁ!もしかしてだけど……その1人って、アルテミスが過去に置いてきぼりにしちゃった魂のことなんじゃない!?」
千秋が隣に座るアルテミスの頭を、乱暴にわしゃわしゃしながら叫んだ。そして、皆の視線がさっきからずっと黙ったままのアルテミスに集中する。
「どうなの?アルテミス。別に怒ってるわけじゃないのよ?何か知ってるなら教えて頂戴。ね?」
デメテルがお姉さんらしく、優しく話しかける。
「……お母様がお姉様に話した、過去にいた魂ってたぶん、時期的にわたしが連れてっちゃった魂のことだと思うよ?あれはまだ、400~500万歳の頃だったと思うから」
おずおずと話し始めるアルテミス。400~500万歳ってことは、地球で言えば4~5歳か。幼稚園くらいだな。その頃、デメテルは……17~18歳くらいってとこだね。
「あの時、わたし、他の子たちの仲間に入れてもらえなくて、いつも1人で遊んでたんだ。それがさみしくて……でもね、夜になるとお月様が出るでしょ?それを見るのが大好きだったの」
デメテルが、そうだったわね、と少し涙ぐんでる。お姉ちゃんが出しゃばって小さい子たちに色々、言うわけにはいかないもんな……。
「ある時、ものすごく落ち込んでた時があって、夜中に家を抜け出したことがあったの」
「えっ!?」
「えって……デメテル、気が付かなかったのか??」
「全然、分からなかったわ。アルテミス、あなたってそんなことしてたの!?」
「まあまあ。過ぎたことは仕方ないって。それよりも話を聞こうよ」
心配して怒るデメテルをなんとか宥めて、アルテミスに話の続きを促す。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「ははぁ、それで、話してくれた例の迷子の魂と会うわけね?」
千秋が、大丈夫よと彼女の頭を優しく撫でる。千秋も大人になったんだな。あんなに穏やかな表情ができるようになったんだね。
「うん、そうなの。その日はちょうど満月で、見てたら心が落ち着いてきたんだ。後から分かったんだけど、過去に行けるのは、満月の夜限定で、しかも、その夜に神力を高める必要があるの」
「心が落ち着いて安心したことによって、神力が自然と高まっちゃったわけか?で、運悪く満月だったから、迷子の魂と一緒に過去に飛んでしまった……それで、戻ってきたら自分だけだったと」
「……でもね、その時は行くつもりなんてなかったんだよ!?迷子の魂がいるのだって、わたし、過去の天界着いてから初めて気付いたんだもん!」
涙ぐんで訴えるアルテミス。まあ、気持ちは分かるよ。でも、知らなかったとはいえ、魂を置いてきぼりにしちゃったのはマズかったね……。
「それで?その後はどうしたの?お母さんやデメテルに話したの?」
涙を拭いてやりながら、僕はできるだけ優しく語りかけた。
「ううん……誰にも言えなくて……頑張って過去に行こうとしたの。でも、中々、能力が発動できなくて……」
「なんで、そんな大事なこと教えてくれなかったのよ!!確かに、やけにふさぎ込んでて様子がおかしかった頃があったけど、それはこういうことだったのね!?」
「そんなに大声出すなよ。アルテミスだって反省してるさ。な?」
「デメテル、とりあえず、話を最後まで聞かない?ね?」
珍しく声を荒げるデメテルに、フォルと千秋が声を掛ける。
「……もうっ、分かったわよ。それ、お母様はちゃんと知ってるんでしょうね?」
「過去に迎えに行けて……こっちに戻ってきた後に話したよ」
「そう。それならいいわ。でもね、アルテミス……今度から大事になる前に私に相談しなさい?フォルでもいいわ。もし、私たちに話してくれてたら、能力の発動条件を調べられたかも知れないのよ?そしたら、迷子の魂だって、すぐに迎えに行けたかも知れないじゃない」
「ごめんなさい……」
「それにしても、お母様はなぜ、体のある魂が過去に1人だけいた、なんて話し方したのかしら?」
デメテルが最もな疑問を口にする。
「んーなんだろね?でも、もしかしたら、例の規則を強調するためじゃない?ほら、過去に1人だけいたってことは、言い換えれば、それ以外はきちんと規則が守られてたことになるでしょ?魂に体を与える神さまがいなかったってことになるし」
「流星の言う通りかもよ?アルテミスとその魂がどのくらい昔に行っちゃってたのかは知らないけど……体のある魂は、例外中の例外でたった1例だけいたってことにしたんじゃない?それくらい神様たちはしっかり規則を守ってるってことを伝えたかったんじゃないのかなぁ?だから、デメテルもきちんと守ってねって」
僕の言葉に千秋が続いた。
「たぶん……そうなのかも知れないわね」
その時、かすかに泣き声が聞こえてきた……アルテミスだ。静かに大粒の涙を流すアルテミス。自分がしでかしたことへの後悔かな。それとも、当時、充分な判断ができなかった悔しさか。でも、当時は地球で言えば、彼女は幼稚園だもんな。それは無理ってもんだよ……。
そんな彼女の手を優しく握るデメテル。今度は穏やかな口調で尋ねた。
「アルテミス、ほら、泣かないで。迎えに行ったっていうのはいつ頃のことなの?」
「うん……えっとね……50万年くらい経ってたかも」
えぇっ!!
「そ、そんな、に!?」
「それは……長い、ね」
驚きすぎて上手く言葉が出てこない僕と千秋。地球換算でも半年間か……それでも、長いな。
「その間、その魂はどうしてたんだ?過去の世界で居場所なんてなかったろうに」
フォルが疑問を口にすると、それなら大丈夫!と、アルテミスのさっきよりかはいくらか元気な声が返ってきた。
「あのね、戻ってきてから聞いたんだけど、過去の天界で保護されてたんだって!それで、体ももらえて暮らしてたって言ってたよ」
「そうなんだ?じゃあ、良かったね!でも、よく半年……じゃなかった、50万年も経ってて見つけられたね?」
「そうね。私とフォルやお母様みたいに神同士なら通信できるけど、魂とはできないから、居場所を探すのに困ったでしょう?」
「うん、わたしも初めはそう思ってたんだ。でもね、過去に行ったら、はぐれちゃった場所で会えたの!毎日、そこで待っててくれてたんだって!」
それは凄いな!気の遠くなるような時間を待ってたんだね、その迷子の魂は。
「そうなのね……それは随分と辛い思いをさせてしまったわね。その魂はいまどこにいるか分かるの?もしかして、もう転生しちゃったのかしら……?」
デメテルがとっても辛そうな悲しそうな表情をしてる。心を痛めてるんだね。幼い妹がしたこととはいえ、その魂は被害者だもんな。デメテルってやっぱり、優しいな。
「ううん!いまも天界にいるんだよ!ディオニュソスさんのところで働いてるんだ~」
その質問を待ってました!とばかりに、明るく答えるアルテミス。ん?その名前って昨日、聞いたかな……?
「「えーーっ!?」」
またも同時に驚く女神さまたち。
「ディオニュソスのとこにいるのか!?もしかして、ここ何百万年かで次々に新しい種類の酒が出来たのって、その迷子の魂の知識か!?」
フォルはデメテルよりも驚きが大きかったみたいだ。
「ね、流星、いまのディオニュなんとかって……?」
「お酒の神さまだってさ。昨日、フォルが前に貰ったっていう葡萄酒を飲んだんだ(半分以上はデメテルだけど)」
「そうなんだ。私も流星たちと飲んでみたいなー」
千秋がそう呟くと――
「お?千秋、酒飲めるのか?」
「少しだけね。あんまり強くはないんだけどさ、皆で飲むのってなんだか楽しそうだし。私、そういうのやったことないから」
心底、羨ましそうな千秋。あの事故から3年後ってことは、いまやっと20歳だもんな。それで天界に来ちゃったわけだから、飲み会の経験なんてないよね。
「ねえ、フォル?」
「なぁ、デメテル?」
2人の女神さまが同時にお互いを呼ぶ。
「ふふっ、どうやら考えてることは同じみたいね」
「……だな!」
なんだろう??
「え?なになに?どうしたの?お姉様たち……」
デメテルとフォルが頷き合って言葉を発した。
「ディオニュソスのところへ行くわよ!妹が迷惑掛けたんだもの、このまま挨拶もなしってわけにはいかないわ!」
「ああ!それに、新しい酒の秘密を探りたいしな!」
デメテルの言葉にフォルが続き、加えて、にひひと悪戯っ子みたいな笑顔を見せた。
「わぁっ!楽しそう!いこいこー!昨日は天界に着いたの夜だったから、神様の街、それほど見れなかったのよね」
「わたしも行っちゃおうかな。転生する直前に会いに行ったばかりだけど」
「おぉ?アルテミス、結構、頻繁に会いに行ってるのか?」
アルテミスの発言に反応するフォル。
「ん~どうだろう?アカデミーの放課後とかに寄ってるだけだよ~……週4くらいで」
めっちゃ行ってるね!?すっごい仲良しこよしだ。どんな魂なんだろう?迷子の魂の先輩ってことになるんだろうし、色々、話を聞けるといいけど。僕と千秋も仲良くなれるといいな。
迷子の魂はなんと、天界でお酒造りに携わっていた!?
次回、皆で神々の街へ繰り出します。
お楽しみに!




