18.待ち焦がれた日の夜
この2人は、もしかして……?
時は流れる……老若男女、人か神かを問わず。誰しも平等に、時の流れの中を生きている。また、この季節がやってきた。あの、決して忘れられない日から三度目の春がやってきた。
今日までの間に色んなことがあった。初めての下界、初めての『人』の世界、初めての、心が引き裂かれる程の悲しみと後悔。そして……初めてのお友達。
「いよいよだね……」
「うん……ねぇ、本当に後悔しない?」
「いまさら、なーに?怖気付いたの?」
「ううん、そうじゃないの。ただ……残された時間はまだあるのに、こっち側でその間にいくらだって楽しいことや、やりたいことができるのに……」
彼女の気持ちは決して、揺るがない。決心はついている。それでも、わたしは聞かずにはいられなかった。
「いい?もう一度だけ言っとくけど――」
彼女は腑に落ちないといった表情で近づいてきた。そして、気持ちが落ち込み俯いているわたしの頭を、くしゃくしゃと雑に撫でる。
「私はね、誰が何と言おうと、ここでのこれからより、あっちでのこれまでを選ぶよ?それに……どうせ長くない体なら、ここにいても仕方ないよ。それだったら、確証はなくても彼に会いたい!会いに行きたい!」
「そう、分かったよ。なら、わたしからももう一度だけ言わせて?……あの時、飛び出してしまったせいで、本当にごめんなさい」
あの時のことを思うと、今でも深い後悔の気持ちで押し潰されそうになる。ふと、彼女の視線を感じて見上げると、空全体に厚い雲が広がっているのが目に入った。そのせいでとても暗く星空もなく、僅かな月明りがうっすらと見えるだけだった……。
――まるで、今のわたしの心みたい
心の中でそう呟くと、なんだかより一層、気持ちが沈んでいくようだった。
「あの時は、誰を恨んでいいのか分からなかった……トラックの運転手?それとも、あなた?ただ、見ていることしかできなかった私自身……?」
そう、声を絞り出すように話す彼女は、悲しいような悔しいような……まるで、自分自身を責めているような表情をしていた。
でも、すぐに優しく微笑むと、謝るわたしを軽々と抱き上げて、今度は優しく丁寧に撫でてくれた。
――そういえば、あの日も満月だったっけ……
空を見上げて、誰に言うともなく呟く彼女。雲間から覗く銀色に輝く宝石は、少しだけ寂しそうに見えた。
「でもね、あれから今日までの間に、たくさんのことが分かったんだもん。普通に生きてたんじゃ、絶対に分からなかったこともね!これって凄い収穫じゃない?だから、どうか謝らないで?私たち……親友でしょ?」
優しい声色で話す彼女は、ことさら、優しく慈しむように頭を撫でてくれた。わたしは、その言葉に意志の強さと心の温かさを感じ、胸がいっぱいになった。いまはただ、彼女の手の平の心地良さと、体全体を包み込む、柔らかく安心するこの温もりをいつまでも感じていたかった。
あぁ、なんて強くなったんだろう。あの泣いてばかりいた少女が、こんなにも前を向いて進もうとしている。わたしを真っ直ぐに見つめてくるその瞳は、力強く自信に溢れていた。もうあの頃のような、怯えや不安、悲しみの色は消え去っていた。
「……ありがとう」
それだけ言うのが精一杯だった。
「うん……」
彼女もそれだけ言って、また静かにゆっくりと撫で始めた。
「ねぇ、私と一緒に過ごした3年はどうだった?思えば、たくさんケンカもしたよね」
クスッと笑う彼女。
「そうだね……辛いこともあったけど、楽しいことだってあったよね。一番嬉しかったのは、あなたが生きる気力を取り戻してくれたことかな。まあ、わたしの献身的な看病があったからこそだけど。おかげで、たった3年であっちに戻れるんだし。あなたのお陰だよ?」
わたしはわざと澄まし顔をして、きっぱりと言い放った。
「えーーーっ!?それ言っちゃう!?ひっどーーいっっ!!」
すると、彼女も大袈裟に驚き、言葉を紡いだ。
「ふふん、私だってね、目的がなきゃ一緒になんていなかったんだからね!全ては今日のためなんだから……!」
いま結構、グサッときた……。
「…………」
「…………」
「……グスッ」
「……!?ちょ、ちょっと!?泣かないでよ!あなたのノリに付き合ってあげたんでしょー!?」
「だってぇ……分かってても、そんなこと言われたら悲しいよ」
自分からこういう展開を作っておいていまさらだけど、やっぱり悲しいものは悲しかった。もう、やめましょ、こういうことは。わたしにはまだ、少し早かったみたい。
「あーもうっ……よしよし……お姉さんが撫でてあげるからねー?ほーら、いいコいいコ」
ここぞとばかりに撫でまくる彼女。そして若干、いえ、かなり気持ちよくなってる自分が少し恥ずかしい。
「わ、わたしの方が年上なんだからね!?桁が違うんだからっ」
「はいはーい」
全く、聞いてない彼女。それからしばらくの間、彼女が満足するまで撫でられ続けるわたしだった。ううん、撫でさせてあげたんだよ?ほんとだよ??
――そして、10分後
「はぁー、満足した。やっぱ、このもふもふ具合はたまらないね!」
「……やっと、解放された……今夜はもうやめて、また今度にしない?なんだか、撫でられ疲れちゃった」
かなり満足げな彼女と、もうお家に帰りたいわたし。
「えーーっ!ちょっとぉっ!?噓でしょ!!?次の満月がいつ重なるか分からないじゃない!そんなに待ってられなーいっ!!」
本気で駄々をこねる彼女。
「……冗談だよ。さっきのお返し~」
「もうっ、本気にしちゃったじゃない!」
「ごめんね?ふふっ、心配しなくても大丈夫。今日この日のために体調バッチリ、気力もバッチリにしてきたんだから」
「あー良かった。でも、それ、ほんとに凄いよね!生まれつき持ってる能力だっけ?」
「まあね。でも、それもあなたのお陰だよ。これは本当にそうなの。あなたの必死な想いがわたしを成長させてくれたの。もし、わたしが独りで行動してたら、きっと、この能力を制御するなんてできなかったと思う。時間かかっちゃってごめんね」
本心だった。彼女の強く、切なくなる程の想いに応えたかった。望みを叶えてあげたかった。そして……わたし自身もケジメをつけたかった。
「謝らないでってば。感謝してるんだから。すっごくね!その能力がなかったら、私の目的も不可能だったもん。でも、そのことだけじゃないからね?感謝してるのは。側にいてくれて、ありがとね」
とても穏やかな優しい笑顔で見つめてくる彼女。同性のわたしから見ても、なんだかドキドキしちゃう。それ程、綺麗だった。
「思えば、私がショックのあまり、精神的に弱っちゃってさ。ううん、あの時はもう、心が死んじゃってたのかな。いま思うとね。それで、体から魂がどんどん離れていくのを、あなたが繋ぎ止めてくれたのが最初だったよね」
「うん……あの時はビックリしたよ。でも、わたしの力じゃ、一時的に体に繋いでおくのが精一杯だった……」
言いながら、自分の力の無さを実感していた。わたしにもっと力があれば、彼女をこの世界に留めておけたかも知れないのに。
「そんな顔しないでよ。感謝してるって言ったでしょ?あなたがいてくれたから、こうして3年も生きることができたんだし。」
いまにも涙が零れそうなわたしを、優しく抱きしめながら彼女は続けた。
「でもさ、彼のいないこの世界はやっぱり辛すぎるよ……今回が丁度、良い機会だったと思う。ここ何週間もずっと、魂が離れる回数が多くなってきてるし。その度に、お世話かけちゃってごめんね。本当にありがとう」
「そんな改まって言わなくてもいいってば……ちゃんと、分かってるもん。わたしもあなたにはいっぱい助けられたし。ありがと」
お互いにお礼を言い、笑い合うわたしたち。こういうのってなんだか心地よくて好きだな。なんだかお姉様といるみたい。
「それにしても、月が全然、出てないけど大丈夫なの??」
空を見上げて心配そうな彼女。
「それなら、大丈夫だよ?満月の日なら雲に隠れてても神力は高められるんだから」
「そう?それならいいけど……」
まだ不安そうな彼女。そうだなぁ……あ、これはどうかな?
「もし、気になるなら、星を降らせて雲を吹き飛ばしちゃう?」
わたしが割と真面目な感じで言うと、途端に慌て出し、なに言ってんの!?みたいな顔で見られた。
「え!?まさか【メテオ・ストーム】のこと言ってる!?だって、それはランクダウンしてるから使えないって言ってたじゃない!」
「あ~それね、こないだ覚え直したの。パワーアップもしたんだ~!」
信じられないって顔してるね?それとも、信じたくないって顔かな??
「い、一応、聞いてあげる……能力名、言ってごらん?」
「【星降る夜に・改】」
「…………」
「これはね、なんと、神力の消費量を今までの半分以下にまで抑えることに成功したの!それでね、呼び寄せる流星の数を大幅に増やすことで、流星群全体の質量UP!更には、その運動エネルギーも増加することで、従来の比じゃない破壊力を可能にしたんだよ!?しかも、より広範囲に降らせ――」
「いやいやいや!ダメダメッ!ぜーったいに!ダメッッ!!そ、そんなことしたら雲どころか、日本が!ううん!地球が吹き飛んじゃうっ!!」
「……【小さいわたしの小さな願いを星にのせて】にしとく?」
頭を叩かれた。しかも、3回も。ひどい……。
そんなことをしてると、空から一筋の光が差し込み、わたしたちを柔らかな光が包み込んだ。不思議に思って見上げると、雲の割れ目から美しく輝く月が顔を覗かせていた。あんなに暗く空全体を覆っていた雲が、だんだんと消えていく。いつの間にか吹いてきた風の流れにのって、ゆっくりと少しずつ空の彼方へ帰っていった。
やがて、それまで隠れていた星影たちも、次々と姿を現し始める。光り輝き、夜の天を彩るその様は、幻想的で息を呑む程、美しかった。その中でもひと際堂々と、天高く浮かび煌々と輝く真円。それはまさに、天満月と呼ぶに相応しい姿だった。
「見て!空が……!」
「すごいね……こんなことってあるんだ。星を降らせるまでもなかったね」
ジロッと睨まれた。冗談だってば。
「こほん……さて、じゃあ、あっちに着いてからの手順をもう一度確認しとくよ?」
「それ、大事だもんね。ゲートをくぐる前に何かすることはある?」
「ん~特にはないかな?わたしが神力を高めるってだけかも。あとは、あっちでやることばかりだし」
そう……あっちに行ってからの方が実は忙しい。やる手順はきちんと確認しておかないと。
「じゃ、まず、あなたが神力を高めた状態になる。それで、私がピッタリとくっついて一緒にゲートをくぐるのね。もう既に魂の私なら通れるんでしょ?」
「うん、そうだよ。むしろ、神と魂以外は通れないしね。ゲートを抜けた先は、少し開けた部屋になってるの」
「そしたら、わたしは迷子の魂ってことになるんだっけ?」
「そうだね。そしたら、わたしが体を与えて――」
「しっかり、いまと同じ姿でお願いね!?この大人っぽく成長した私を見せたいんだから!」
「はいはい」
あなただけずるいよね。わたしも早く大人になりたいな……。
「その後はいよいよ、本番ね!信じてるからね」
「うん、大丈夫。それよりも、良い?わたしの能力をもう一度、説明するから良く覚えてね?一つ目だけど――」
〇わたしの能力は満月の夜限定で発動し、一定以内の過去に遡れる(そのために必要な神力を高める行為も、満月の夜に行わないといけない)
〇能力発動と遡れる場所は、天界と天国に限定される(地獄はまだ行ったことがないから、そこでできるかは分からない)
〇地球でもやっぱり遡ることはできなかった(能力自体の発動ができない。たぶん、下界の他の世界でも同じだと思う)
〇過去の出来事の改変は一切できない(したとしても必ず、他の理由で同じ結果になる)
〇過去にいられる時間は最大で24時間(24時間経過すると、強制的に元の時代に戻される。自分の意志で24時間より前に戻ることもできる)
〇本来の自分の時代より未来へは行けない
〇魂を過去に連れていくことはできる
〇過去に連れて行った魂をそのまま残すこともできる(元の時代に連れ帰ることもできる)
「――まぁ、こんなところかな。幼い頃にも何度か過去に行った記憶があるけど、あれは偶然、行けちゃったのかも」
「ねぇ、その最後の2つはどうやって分かったの?」
「魂を連れて行けるってこと?これはね、幼い頃に実際にあったことなの。偶然なんだけど、迷子の魂がわたしと一緒に過去に行っちゃったことがあって……その時、置いてけぼりにしちゃったの」
「えぇ!?それはマズイんじゃない??」
「うん……それでね、次にいつ能力が使えるのか、その時は分からなかったから、すごく困ったの。わたし、それから毎日、頑張って発動しようとしたんだけど、全然、過去に行けなくて……」
本当にあの時は焦っちゃった……誰にも言えなくて、お母様やお姉様たちにも心配されたっけ。
「でね?ようやく過去に行けて、その魂を探したの!そしたら、ずっと同じ場所でわたしを待っててくれたの!!」
「見つかって良かったね!で、一緒に元の時代に帰れたんだ?」
「うん!でも、その後、急に怖くなってお母様に全部、話したんだよね」
「怒られた?」
「ううん……泣きじゃくるわたしを優しく抱きしめてくれたよ。それでね、この力を使う時は自分のためじゃなくて、本当に必要な事情を抱えてる、大切な誰かのために使いなさいって。決して、遊び半分で時の流れを逆らってはダメって教えてくれたの」
あの時はまだ、この力がどんなに特殊なものか分からなかった。いくら過去を変えられないとはいえ、何が起こるか分からないもんね。でも、今は――
「え、じゃあ、今回のはマズいんじゃない?私の個人的なわがままなわけだし……」
「ううん、それは大丈夫!だって、あなたのはわがままなんかじゃないよ。純粋な想いだって知ってるから……大切なあなたのためだから、この能力を頼って欲しいの。それに、遊び半分で行きたいわけじゃないでしょ?」
彼女の瞳を真っ直ぐ見つめる。すると、彼女もまた、迷いのない瞳でわたしを見つめ返す。そして、自信たっぷりに口を開いた。
「もちろんだよ!本気も本気、本気度・改だよっ!」
ふふっ、なにそれ?
「ちょっと、わたしの真似しないでよ。意味が全っ然、分からないよ」
堪えきれずに吹き出すわたしたち。あ~ぁ、緊張感ないなぁ。わたしたちらしいけど。
「あーおかしいっ……それにしてもさ、ゲートの出現時期や、私の体と魂の分離の限界、それに合わせるように、あなたの能力がコントロール出来るようになったこと。そして更に、地球での満月とあっちでの満月が同じ日に重なるなんて……こんなに同時期になるのってなんだか出来すぎてる感じがしない?」
それもそうだよね……こんな事ってあるのかな?
「う~ん。そういえば、そうだよね。でも、そうじゃなきゃ、あなたを連れていくことなんてできなかっただろうし、すごい偶然ってことでいいんじゃない?」
「ふふっ、そうかもね」
ここでいくら考えても仕方ないよね。それよりも――
「あ、そろそろ、神力が良い感じかも。OKだよ。行きましょ、千秋!」
「あれ?やっと名前で呼んでくれたの?言っとくけど、ここ最近ずっと『あなた』って呼ばれてても全然、大人っぽくなかったからね?」
え~…いま言う!?ひどい……。
「そういうそっちだって、わたしのこと、名前で呼んでなかったじゃない!」
「あーもうっ、そんな顔しないの。ごめんって!ね?あなたに合わせた方がいいのかなー?って思ってたから……」
謝りながら機嫌を取るように撫で始める千秋。
「でもね、私にとっては可愛い妹みたいなものなんだから、そのままでいいんだよ?」
あ~ぁ、千秋の撫で撫でには逆らえないよ。この気持ち良さ……まるで、彼女の心の温かさが伝わってくるみたい。
「だから、わたしの方が年上なんだってば~!」
「はいはい、わかりましたよーだっ!……さ、行こっ!アルテミス!」
「……!?……うん!」
その日その夜、わたしたちは地球から姿を消した。愛する人に逢いに行くために。そして、大切なお友達の願いを叶えるために。
今回もここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
千秋とアルテミスの回はいかがでしたか?
最後の最後で名前を呼び合ってましたが、ずっと読んで下さってた方には、
序盤からバレバレだったと思います(笑)
千秋のことは、ずっと登場させたいと思ってたんですよね。
地球では、流星の事故のことでボロボロになった千秋を、アルテミスがずっと
元気づけていました。
そのため、2人は次第に心を通わせ合い、仲良くなっていった次第です。
この先、天界に向かいましたが、果たしてどうなるんでしょうか!?
ぜひ、ご期待ください。次回もお楽しみに!




