16.神さまだって特訓あるのみ!
デメテルの手料理、食べるかどうかは別としてどんなものが出てくるのか、見てみたい気はあります。
「流星、どうやら気が付いたようだな。そう……そこにいる女神様だが、料理に関してはなんと!『絶望の先の死神』と呼ばれる程のお方なんだぜ?……ふっ」
フォルがとっても空気が重くなる事を、サラッと口にしてくる。
「これまでの失敗作は星の数ほど!そして……そしてなぁ……犠牲者も星の数ほどいたんだぜ……アタシはぁ!彼らを決して忘れない!果敢に挑み!そして!散っていった……儚くも勇敢だった彼らの勇姿を!だって、そうだろ?千に一つ、万に一つ、いや!億に一つの!ギリ食べられる可能性に賭けた勇気を!情熱を!生き様を!……忘れられるわけがねぇ」
ノリノリのフォルが演技派女優ヨロシク、熱く語り出しちゃったよ……僕、もう少し離れてようかな。念の為に。
「でもさぁ!まさか!まさか、作った料理が全部、不幸中の全不幸だとは思わないだろ?なぁ?流星だってそう思――」
僕の方を振り向くタイミングで、フォルがギギギッと止まる。まるで壊れた玩具のように。
――やべっ……
口には出していないけど、確かにそう聞こえた。それ程までに、フォルの表情は恐怖に満ちていた。
「流星……」
それまで黙ったまま不気味な程、静かだったデメテルが初めて口を開いた。
「え……あ、う、うん、な……な~に?デ、メテル」
僕は極めて、そう……極めて冷静を装って返事をした。これが限界だった。
「ちょっとだけ、フォルと2人にさせてね?大事なお話があるの。待っててね。さ、フォルちゃん、あっちのお部屋へ行きましょう?あら?そんなに汗をかいて……大丈夫よ?ただ、あなたとお話がしたいだけなの」
「……ウン。ボク、マッテルネ」
なんとか絞り出した声は、自分の声じゃないように思えた。デメテル、顔は笑ってたけど……キレてるね、あれは。
まるで死刑囚の様に連行されて出ていくフォルが、何か言いたげな瞳で見つめてきた。ごめん、フォル。今の僕は無力だ……出来るとしたらこれしかない。
僕に出来ることは、たった一つのことだけだった。
――大神帝さま、レーアさま。どうかフォルの命をお救い下さい。せめて……せめて、半殺しになるようにお願いします。
膝をついて静かに祈った。心から祈った。
――あれから、30分。奥の部屋から時折、激しい振動が起こりその度に、悲痛な声が聞こえ、その声もだんだんと弱々しいものになっていった。
「あの部屋、随分、頑丈なんだなぁ。なんだか爆発音みたいなのも聞こえてくるし。デメテルもフォルも大丈夫かな……」
そんな事を呟きながら、机に置いてあった旅行雑誌に手を伸ばした。少しでもあの部屋から意識を逸らすために。
そして……ようやく2人が戻ってきた。片方は、満面の笑みを浮かべて。もう片方は、ボロ雑巾という言葉がこれ程、似合う姿はない、というくらいボロボロになっていた。
「だ、大丈夫?2人とも……」
「あら、どうしたの?流星。何にもないわよ?ねぇ、フォル?」
そう言いながら、デメテルが手をかざすと、フォルの体に淡い光が纏い、みるみる元の綺麗な状態に戻っていった。
「え!?う、うん!もちろんさ!何にもないよ!ほんと、なーんにも!」
復活したフォルがやけに疲れた顔をして、何もないアピールを必死にしてくる。その隣にいるデメテルの、圧のある笑顔が印象的だった。とても……印象的だった。
凄い。あれ、回復魔法なのかな?あんなにボロボロだったフォルが一瞬で治るなんて。これは何があったか聞いちゃいけないやつだね。うん、僕は何も見なかったし、何も聞かなかったことにしよう。
「そ、そう?……それならいいんだけど。え~と、そ、そうだ!待ってる間にさっきの本を見させてもらってたんだけどさ、フォルが建てたやつって、ここのページのと同じじゃない?」
なんとか雰囲気を切り替えようと、僕は手元にある旅行雑誌を広げた。そこには、フォルが建てたものとそっくりなログハウスの写真があった。
「ん?おー!そうそう、これだよ!この家がすっごく気に入ってさぁ!自分でデザインしても良かったんだけど、中々、良いアイデアが浮かばなくてさ」
「そうね、フォルは街に住むの嫌がってたものね」
「アタシ、神がたくさんいるトコって窮屈でイヤなんだ」
お?良かった。2人とも、さっきのはもう引きずってないみたいだ。普通に会話してるもんな……と思ったら、そそくさと、デメテルに紅茶を用意し始めた。あ、これはデメテルの完勝ですね。
「あら、ありがとう。フォルってば、私が紅茶好きなの覚えててくれたのね?嬉しいわ。それはそうと……流星の分がないのはなぜかしら?」
その途端、泣きそうな顔になりながら、大慌てで僕にも用意してくれるフォル。あ、なんかすいません……。
「デメテル、いい加減にもう許してあげなよ?」
「……ふぅ、分かったわ。フォル、次はないんだからね?あと、いじわる言ってごめんなさい」
「いや、アタシこそ悪かったよ。つい、調子に乗っちまって。ごめんな」
良かった。これで元通りだね。2人とも素直に謝れて偉いよ。
「はい!じゃ、これでもうさっきのは終わりにしようね?良い?デメテル、フォル」
2人同時に頷く。その後、軽く笑い合いながら、デメテルがフォルの乱れた髪を丁寧に直してあげていた。これで仲直りできたね。良かった。
「ねぇ、さっきの話を蒸し返すわけじゃないんだけど、デメテルって料理が苦手なんだね……?」
「……!?え、えぇ、そうなの。ごめんなさい」
明らかに落ち込んでしまう様子の彼女に、僕は慌てて声を掛ける。
「あ、いや、別に責めてるわけじゃないよ?その、デメテルのことは何でも知りたくてさ。良かったら、さっきの能力のこと教えてくれない?もし、僕で力になれるんだったら、料理を教えたりもできるし」
「そうだよ、デメテル!せっかく、そんな良い力が備わってるんだから、流星とやればきっと上手くなるさ。アタシもパンとか教えてもらいたいし、一緒にやろーぜ?絶対、上達するって!アタシは運命の神だぜ?保証する!」
フォルも一緒に場を盛り上げてくれたお陰か、デメテルの表情が少し明るくなってきたみたいだ。
「ねぇ、いま言った『上達する』って直感で分かったの?」
小声でフォルに聞いてみた。
「ん?いや、全く」
……がんばろ。
「流星……私ね、お料理に最適な能力があるのに、全然、上手にできないの。そんな女はやっぱりダメかしら……?」
「練習してこれから上手になればいいだけの話だよ。初めは上手くできなくて当たり前なんだし。大丈夫!僕と一緒に練習しよ?」
そう答えると、デメテルは嬉しそうに大きく頷いた。
「ところで、その『料理に最適な能力』ってどういうことなの??」
「あのな、その能力は凄いぜ?アタシが欲しいくらいだよ」
フォルがどうやら説明してくれるらしい。ウキウキした様子で紅茶を飲み干すと、その先を続けた。
「デメテルが生まれつき持ってる【料理は基本と愛情と】ってやつだけどな、これがまた凄くてさ!手にした食材の旨みを引き出してくれる優れものなんだぜ!?」
……なんだって!?
「つ、つまり……?」
「つまりだな、買ったのだろーが育てたのだろーがどっちでもいいんだけど、その手で触れたら野菜でも肉でも旨み成分が自動で高まるんだ。あとは、それを調理すれば、最高の料理の完成ってわけよ!どーだ!凄いだろ!?」
そ、それは凄い!凄すぎるよ!!料理人にとっては夢のような能力だね!
「デメテル、凄いね!?そんなチートな能力があるんだ!?しかも、生まれつきってことはデメテル以外、そんな神さまは他にそうはいないんでしょ?最高に素晴らしい能力だね!」
「そ、そうかな?えへへ……ありがと。でも、私がお料理するとなぜか失敗するのよね……上手にできるのはお茶を入れることくらいなのよ」
そういえば、初めて会った時も紅茶を入れてくれたっけ。あの時、不安で緊張してたし、あの紅茶で心が落ち着いたんだよね。
「最初、会った時に入れてくれた紅茶、とっても美味しかったよ。今思うと、あれがあったからこそ、パニックにならないで済んだんだと思う。デメテルの優しさがそういう意味でも僕を救ってくれたんだよ。ありがとうね」
「流星……」
デメテルは照れながらも僕を真っ直ぐに見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
「それに、あの時はまだ神さまって知らなかったから、どこかのお姫様みたいに思えたよ。とっても様になってたしさ。白状すると、あの時、少し見とれちゃってたんだ。凄く綺麗で可愛いかったから」
そう、確かにあの時のデメテルは神々しさだけではなく、優しくて柔らかい雰囲気もあった。だからかな、必要以上に恐れなくて済んだのは。
「まぁ、流星ったら……そんな事言われたら私、恥ずかしいわ。でもね、私もあの時、あなたの胸がドキドキしてるの感じ取ってたのよ?可愛いなって思いながら、お茶の準備してたんだからね」
そう話すと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんなデメテルが愛しくなり、たまらず彼女の手を取り優しく引き寄せた。
「流星……」
「デメテル……」
もう僕たちに、言葉はいらなかった……。
「だーかーらー!アタシを忘れてイチャイチャするなっての!……アンタたち、逆に凄いな!?」
……そういや、ここ、フォルの家だっけ。忘れてたよ。
「……!?」
その時、急にデメテルが何かに気付いたような反応をした。どうしたんだろ??
「どうかしたの?」
そう尋ねる僕に、彼女は、ちょっと待ってね、と手で合図をし、徐に空中に向かって話し出した。
「お母様!もうお仕事は終えられたのですか?……えぇ……はい、私の方は滞りなく……はい、大丈夫です」
……??疑問に思っていると――
「通信が入ったのさ。流星んとこでいうと、電話だな」
フォルが小声で教えてくれた。
「あ、そういうこと?ありがとう」
頭の中で相手の声が聞こえてるのかな?神さまってやっぱり凄いなぁ。
「まあ!そうでしたの。それはお疲れになってしまいますわね……はい、私は構いませんが……あ、それが私いま、フォルのお家にお邪魔してるんです」
お母さんと何話してるんだろ?
「えぇ、すぐ近くにおります……はい、分かりました。お待ち下さいね」
そう言って、今度はフォルに合図をし、彼女が頷くのを見て、再び話し出した。
「お待たせしました。どうぞ」
『フォルちゃん、聞こえる~?私よ、レーアよ。うちの子がお邪魔してるんですって?いつも仲良くしてくれてありがとね~』
デメテルの声の後に、すぐ別の女性の声が聞こえてきた。
「レーア様、お疲れ様です!いえ、アタシ達は親友ですから!それよりも、どうなされたのですか?」
おぉ!フォルが緊張して話してる!この声がデメテルのお母さんなんだね。僕にまで聞こえちゃってるけど、いいのかな……?
『あのね、いまデメちゃんにも話したんだけど、ちょっと緊急案件ができちゃったのよ。それで、うちのパパも私も今日は帰れないの~』
「お、お母様!その呼び方はおやめ下さいといつも言ってるじゃありませんか」
『あら~いいじゃない?デメちゃんはデメちゃんだもの~』
デメちゃんって呼ばれてるのか。なんか意外だな。お母さんも思ってたより、フランクな感じがする。
『それでね、悪いんだけど、フォルちゃんのところに泊めてやってくれないかしら?ほら~この子、料理が全くダメでしょ?フォルちゃんと一緒なら安心なのよね』
デメテルがばつが悪そうに手をもじもじさせてる。神さまでも親には敵わないんだね。
「そういう事でしたか!分かりました。うちに泊まってもらいますので、どうかご安心下さい。」
『迷惑掛けてごめんなさいね。デメちゃん、明日は帰れますからね~』
「あ、あの!お母様!明日、少しお話したいことがあるんですが……お父様にも」
『あら?なあに?もしかして、大事な方でもできたの?』
お母さんの声、すっごく嬉しそう。それにしても、声若いなぁ。デメテルにそっくりだよ。
「あ、えっと……なんて言ったらいいか……それはそうなんですけど、ちょっと特殊というか事情がありまして……」
『分かったわ。あなたもそんな年齢になったのね。パパには私から伝えておくわ。じゃ、今夜はフォルちゃんたちと仲良くするのよ~?ご飯、ちゃんと食べなさいね。じゃ~ね~』
「…………」
「…………」
「…………」
いま、お母さん……フォルちゃんたちって言わなかった??
「ね、ねぇ……もしかして、お母さん、僕が一緒にいること知って――」
「バレてるわね」
「バレてるな」
やっぱり?
「ま、デメテルは信用されてるからな。大丈夫って思ったんじゃないか?それより、今夜はお泊まりパーティーだ!!」
楽しそうに喜ぶ女神さま達。そして、僕と目が合い、頬を染めるデメテル。その横から笑顔で小さく手を振ってくるフォル。
今夜はドキドキして眠れそうもないよ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
デメテルは決して、怒らせてはいけないみたいですね(笑)
お母様も登場して(声だけですが)、今夜は皆でお泊まり決定です。
流星とデメテル、そして、フォルが一晩一緒にいて平穏に終わるとは思えませんが……。
恋の行方にぜひ、ご注目下さい。




