13.迷子の魂
フォルは、何を語ってくれるのでしょうか?
体を持った魂が天界にいることはNG。そんな規則があると聞かされていた。でも、僕がなんとか天界にいられるようにと、デメテルがご両親に相談してくれるって話だったんだけど……。
その規則自体がデマ!?一体、どうなってるんだろ??
「ちょ、ちょっと待って!?え?お、お母様とフォルが流したデマってどういうことなのよ!?」
「そうだよ!デメテルは必死の思いで僕を天界に呼んでくれたんだよ!?それに、これからこの先、どうなるんだろう、デメテルと引き離されるのかなって、もの凄く不安だったのに……」
いきなりのことで混乱する僕とデメテル。
「私なんて、泣いちゃったじゃないっ!!?それに、お母様から、大神帝さま直々のご下命って教えられたわよ!?」
「あーそれね。大神帝様だってもちろん、知ってるさ」
「え?それって……」
「王さまの中の王さまなんでしょ?まさか……」
フォルはものすご~くバツが悪そうに僕たちを見て……やがて口を開いた。
「うん、まあ、平たく言えば……大神帝様も共犯、かなー?」
少し後退るフォル。
「「えええええーーーーーっっっっっ!!!!!」」
今までの思いが溢れてきたのか、デメテル、また泣いちゃったよ。そんな彼女の頭をよしよしと撫でてやる。
「だーかーらぁ、悪かったって。アタシにも事情があったんだよ。デメテル、お願いだから泣くなよ……」
「フォル、一体どういうことなのか説明してもらえない?僕たちはね……本当に不安だったんだよ」
「分かってるさ。悪かったな、この通りだ!」
拝むように頭を下げるフォル。そして、静かに話し始めた。
「さっき、迷子の魂の保護をレーア様に仰せつかったって言っただろ?これは一部の神にしか通達されてないんだが、迷子の魂ってのは頻度としてはあまり多くないんだ。でも、確かにいることはいる。それで――」
真面目な口調で話すフォル。どうやら、真実を話してくれるみたいだ。頭を撫でられていたデメテルも、落ち着いたのかいつの間にか泣きやんでいた。今は真剣な表情で聞いている。
涙と鼻水がべっとりと僕の服についているのは、まあ……この際、良しとしよう。
「そもそも、迷子の魂ってのは要するに、まだ死ぬには早い生命ってことなんだ。何かの拍子に魂だけ体の外に出ちまうことがあるんだよ。それが、体に繋ぎとどめる力が弱くて宙を漂い、やがて天界に辿り着くってわけだ」
あ~……もしかして、あれかな?
「ねえ、それって幽体離脱ってやつ??オカルトかと思ってたけど、実際にあるんだね?」
そう僕が尋ねると、フォルが頷き、デメテルとは異なる仕草で亜空間を出した。そして、中からタブレットを取り出す。亜空間を出す仕草って、自分で何かパターンみたいな動作を決めるのかな?デメテルの時は、腕が舞うような感じだったけど、フォルは直線的な動きだったな。
そういえば、僕も亜空間貰ったんだっけ。落ち着いたら、使い方とか出し方聞いてみよ。
「あんまり大昔のデータは載ってないんだけどさ、ここ1億年くらいの間の迷子の数が確かあったんだよな」
フォルもデメテルと同様に、当たり前のようにタブレットを使いこなしてるな。お?どうやら目的の物を見付けたらしい。ていうか、1億年って……数が大きすぎてよくわかんないな。
「1億年前って言ったら、私のお爺様たちの前の世代ね。そんな前からデータ取ってたのね」
デメテルも驚いてはいるけど、僕と驚く理由が違うみたいだ。そういうところは神さまの感覚なんだね。
「あったぜ!これだ」
差し出されたタブレットを見てみると、文字も数字もちゃんと読める。しかも、グラフ化してあって前後との増減比率まで表されてる。凄く見やすい。良い仕事してるなぁ。
「へー!これ、随分、分かりやすくまとめられてるね?ところで、神さまの使う文字って日本語なんだね?」
「あ……」
「へ?」
デメテルとフォルが同時に声を出す。
「……なんだ?デメテル。その『あ』ってのは!?流星がなんで天界の文字が読めるんだよ?あーん??」
「…………」
訝しげに詰め寄るフォルと、あからさまに気まずそうな面持ちのデメテル。デメテル、どうかしたのかな??
「あ、あのね、流星に私の亜空間を分けてあげたんだけど、その時に間違って『言語の4技能』も共有しちゃったみたいなの……」
あ、あれか!
「あー、あのおでこにキスされて、不思議な感覚が体の中に入ってきた、あれのこと?」
「りゅ、流星……」
「……そんなことしたの?アンタ」
顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに手で隠すデメテル。こいつ、マジかよみたいな顔のフォル。
「え?……え?2人ともどうしたの??」
「はぁ……【クオリティ・タイム】を使ったのか?確かに禁止はされてないけどさ……普通、キスはやらないだろ?手を繋ぐとか肩を触るくらいだぜ?」
「……だって、あの時はつい、気持ちのスイッチが入っちゃったんだもん」
頬に手を添えて赤くなりながら、だもんって、めちゃ可愛いな。フォルはそんなデメテルを、もの凄い呆れた目で見てるけど。
「まあ、いいさ。でもな、デメテル……能力の共有は禁止されてないが、それは何でもやっていいって訳じゃないんだぜ?今度から、気を付けた方がいい」
「うん……分かってるわよ。でも、ごめんね。これから気を付けるわ」
「あ、あのー……なんかマズいことになってるの??」
事情がよく飲み込めず、不安になってきた……。
「いや、そんなに不安そうな顔しなくて大丈夫だ。ただ、あまり『人』にはやらないことだからさ。まだ子供の神に感覚を教えるために、親が共有するってのが一般的なんだ」
「そうなんだ……で、その、さっき言ってた『言語の4技能』って?」
「私が説明するわ。流星、あのね、言語って1つの星の中でも幾つもの違った言語に派生してるでしょ?当然、流星のいた地球と私たちのいる天界も異なる言語なのよ。でも、それだと意思の疎通ができないから、それを可能にするために『読む・書く・聞く・話す』の4技能が必要になってくるの」
あぁ!それのことなのか。知らなかったな。
「流星の魂を復元した時に、とりあえず、『聞く』のと『話す』の2つは共有したんだけどね。今まで黙っててごめんなさい。」
「だから、デメテルとこうして普通に会話が出来てるんだったの!?全然、謝ることなんてないよ!むしろ、ありがとう!凄い能力だね!?」
「えへへ。だって、流星とお話したかったんだもん」
だもん、めちゃ可愛い(本日、2回目)。だもん教があったら入りたいな。
「……おい、アタシがいること忘れてイチャイチャするなよな!」
あ、はい、すみません。ちょっと忘れてました。
「で?その気持ちの入った『キス』で亜空間だけでは事足りず、残りの2技能も共有しちゃったと、そういうことか」
「ちょっと言い方――」
「あ?」
「な、なんでもないわよ……」
デメテルが負けてる……。
「あの、そ、それでさっきのグラフなんだけど……ん~と、これは……あ、100万年毎になってるんだね。この赤い数字が迷子の魂の数を表してるのかな?どれも同じような数字……じゃないのか。こっちの100万年では2,753,017だし、その隣は1,261,154だ。あ、ここ!これが直近の100万年かな?978,099か……これって地球だけで?」
「お?よく見てるなー流星!いんや、アタシ達の管轄は地球を含む天の川銀河と、その近くにあるアンドロメダ銀河なんだ。だから、その2つの銀河全体での数ってことさ。生命のいる星は結構、あるからなー。それに比べたらゼロに等しい数字だな」
そ、そうなんだ。275万って数字でも大したことないんだね。多すぎるのかと思ったけど。
「それで?迷子の魂をフォル、あなたが保護して体を与えてるのね?」
「ああ。まあ、体を与えるって言っても、ほんの一時的なんだけどな」
「その魂たちはどうなるの?さっき、まだ死んでない生命って言ってたけど。僕みたいに死んじゃって天界に来たなら分かるけど、まだ死んでないのに天界に来ちゃったら、その時点で死んじゃうってこと?」
その魂たちはもう元の世界には戻れないのかな……。
「う~ん、ちょっと違う。まだ死んでない、じゃなくて『まだ死ぬには早い』だ。それに、天界に来るから死んじまうんじゃなくて、魂が体から離れた時点でもうその体は遅かれ早かれ死ぬんだ。魂が離れる原因はよく分かってないんだけどな。魂と体との結びつきが弱くなって、ある時、前触れなく魂が抜け出てしまうのさ」
「あぁ、だから、時間差はどうであれ、死んでしまう前に魂が先に抜けてしまうから、『迷子』扱いってわけなのね?」
「そーいうこと。本来なら、天国か地獄かの審査を受けなきゃならないんだけどさ、レーア様がおっしゃったんだ。『魂たちの生きる時間が少しでも短くなってしまうのは、神々としても意に反することです。運命の導きを頼みましたよ』ってさ」
運命の導き……??
「お母様が……?それってつまり、どういうことなの?」
「要するに、その人生を全うさせてやりたいのさ。ほんと、レーア様はお優しい方だよな」
へぇ、デメテルの優しさはきっと、お母さん譲りなんだろうな。
「運命の導きって具体的には何をしてるの??」
僕も疑問に思ってたことを、デメテルが先に聞いてくれた。
「ん?ああ、転生だよ。さすがに元いた世界には戻せないからな。他の世界に転生させてやるんだよ。そこで、新しい生を受けてやり直すってことさ」
転生!?なんだか異世界ものの話っぽくなってきたな。
「神さま以外も転生って出来るんだね!?凄いな」
「まあな。でも、アタシらと違って成長して天界に戻ってくるってことはないけどな」
つまり、一方通行ってことか。でも、自分の意志に反して死んでしまうより、他の世界でも新しい人生をやり直せるなら、それもいいかも知れないな。
「流星も転生させてやろーか?特別に、アルテミスみたいに子猫にしてやってもいいんだぜ?」
そう言って可笑しそうに笑うフォル。
「うちまで歩いてる時に聞いたけど、アルテミスを助けるために死んじゃったんだって?それで、バラバラになった魂をデメテルが助けた、と」
一人でうんうん頷きながら話すフォル。
「流星って良いヤツだなー!それなら、天国だって余裕で行けるし、寿命死じゃなくて『迷子』に該当するだろうから、他の世界に転生させてやってもいいぜ?なー?デメテル?」
どことなく挑発的に話を振るフォル。
「なっ!?だ、だめよっ!流星は私と一緒にいてくれるって約束したのよ!?ね?そうでしょ?流星!」
ギャル服のスカートの裾を掴んで涙目になってるデメテル。安心させるように優しく頷いてから、僕はフォルに向き直った。
「フォル、ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておくわけにはいかない?僕、どうしてもデメテルと一緒に天界で暮らしたいんだ。助けてもらった恩もまだ返してないしさ。それに、きちんと自分の気持ちをまだ伝えてないんだ」
飾り気のない言葉だけど、本心をそのまま伝えた。僕の心からの願いだった。
「……分かってるさ、そんなことは。一応、聞いてみただけだ。安心しなよ。本人の意志に反して転生させるなんてことはしやしないさ」
優しい声と微笑みでそう返してくれたフォルは、軽くウインクをして言葉を続けた。
「デメテル、流星、さっきは罰を受けるなんて煽ったりしてごめんな。2人の気持ちを確かめときたかったんだ。体のある魂は、ある理由があって天界での暮らしを与えるより、転生させることになってるんだ……でも、流星はその必要はないみたいだな」
ニカッと笑う彼女は、僕の背中をバンバン叩いて、ふいに小さく呟いた。
――デメテルを……親友を頼むな
驚いてフォルを見ると、今までの彼女からは考えられないくらい柔らかく、慈愛に満ちた笑顔だった。まさに女神さまそのものだった。僕は嬉しくなって力強く頷いた。
……背中に残る痛みを感じながら。
今回もいかがだったでしょうか?
デメテルとフォルは、意外と良いコンビかも知れませんね。
流星とフォルも良い仲を築けていけたらいいなーと思ってます。
それでは、次回もご期待下さい!
 




