49.アーデルハイド5歳の初夏
新章のはじまりです。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
同じ離宮で暮らすようになってから、予定が許す限り朝食は親子三人揃って食べるのが家族の決まり事のようなものだ。
パパもラプンツェルも忙しくも責任のある立場なので毎回ずっとというわけにはいかないものの、おおむね週の半分ほどは三人揃っているし、よほど大きな式典でもない限りはパパかラプンツェル、どちらか片方は一緒のことが多い。
最近パパは仕事が忙しいらしく、欠席のことが多い。ラプンツェルと二人でゆっくり朝食を終えて、しばらくすぎると王宮付きの侍医が部屋を訪れる。
ゆったりと座るラプンツェルの隣にちょこんと座り、この時間は私も一緒に過ごす。ラプンツェルは以前のように忙しく公務に就くことは減り、最近はこうして一緒にいてくれることが多いので、私もごきげんだ。
「おはようございます、妃殿下。今朝の体調はいかがでしょうか」
真っ白な髪とおひげのおじいちゃん医師と、もう一人、白い服に身を包んだ若い女性の二人が向かいに座り、尋ねる。それにラプンツェルは、花がほころぶように微笑んだ。
「大丈夫よ。よく眠れているし、食欲もあるわ」
「それは本当にようございました。暖かくなってまいりましたがあまり薄着はせず、御身をお大事になさってください」
「ええ、ありがとう」
問診とは言っても毎日似たようなやり取りをするだけで、二人はお茶はハーブティがいいとか、それでも新しいお茶が入荷されたら自分たちに相談するようにとか、数日に一度は同じことを言い、異変がなければそれで終了だ。
「ママ、今日も元気?」
「ええ、とても元気よ」
優しい手で頭を撫でてもらって、えへへ、と笑う。
穏やかに微笑むラプンツェルを見ていると、私も毎日うきうきする。
王族とはいえ幼児の私にはあまり変わり映えのない日常であったものの、最近は何かと気ぜわしい。
ラプンツェルが以前ほど公務で動き回らなくなった分来客は増えたし、私は基本的にあまり人前に姿を現さないけれど、何人か見知った顔もできた。
なぜこうなっているのかというと、今ラプンツェルのお腹には新しい命が宿っているからだ。
私がこの世界に再び生を享けて早五年。待望の新たな王族が増えると、王宮全体がなんとなく浮足立った雰囲気になっている。
リッテンバウム王国は女王もオーケーの国だけれど、王位継承は基本的に男の子のほうが優先される。
王様である伯父さんとマルグリットの間に子供がいないので、現状第一王位継承者は王様の弟であるパパ、その次が娘の私ということになっているけど、生まれるのが弟なら、その順位も変動するかもしれない。
このあたりには、今の世代の王族が遠い傍系を除けばパパと伯父さんの二人しかいないこと、二人とも好みの美女を外から連れてきて正妻に据えて、それきり愛人や公妾を持とうとしないこと、生まれたのが王女である私一人など、色々な火種と思惑が絡み合っている。
伯父さんが誰に何を言われてもマルグリット以外とは結婚しないし第二妃を持つ気もないと宣言しているため、昔はパパに身分にふさわしく王妃の代理もできる相応の妻をという風潮が強かったらしいけれど、行方不明になって数年後、戻ってきたパパもとにかくラプンツェル一筋。幸か不幸かラプンツェルがすぐに身ごもったため、一時のいろいろな思惑は沈静化したらしい。
でも、生まれたのは女の子。跡が継げないわけではないけれど、血筋の面を考えても手放しで喜べる状態じゃない。未来のことを考えれば王族は多いに越したことはないという事情もあり、私の一歳の魔力測定を待ってパパには貴族派の議会が主導して、第二妃を持ってもらうよう採決するたくらみがあった。
けれど、当の私が前代未聞の全属性持ちの強力な魔力持ちであると判明し、そうした動きもおとなしくなった。
この世界、まだまだ力こそパワーみたいなところがあって、魔力は強ければ強いほどいい風潮がある。長ずれば間違いなく強力な魔法使いになる直系王族となれば、王位は確実というのがこの数年のリッテンバウム王室の暗黙の了解だった。
そうして今年、五歳になるまで弟妹ができる兆候がなかったので、ぼちぼちその未来を見据えて本格的に帝王学の教育が始まるかって頃合いだったけれど、ラプンツェルの妊娠が分かってからは、また少し潮目が変化している。
王党派の中にも貴族派の中にも、もし次に生まれるのが男の子で、その子も私と同じくらい強い魔力を持っていれば……。なんて期待が広がっているらしい。
女王様は王配を一人迎えるだけだけど、男の王様なら第二妃、第三妃を迎えることも珍しくないので、できるだけ直系に近い王族の数を増やしたい王党派としては、男の子が王様になったほうが都合がいい。
貴族派としても、正妃は他国の王室から迎えるにしても、第二妃、第三妃は国内の貴族から迎えるのが慣例なので、自分たちの家の娘が割り込む余地が生まれることになる。
というわけで、まだおなかが大きくなってもいないラプンツェルの生む子供について、色々な思惑が飛び交っているのが今の王宮なのである。
もし弟が生まれて王様になった場合でも、私は魔力が強すぎるので外にお嫁に出されることはなく、お婿さんを迎えて傍系王族として王宮かその敷地内にある離宮のどこかで暮らし、国を支えていくことになるんだろう。
「アーデルハイド? どうかした?」
「ううん、なんでもないよ、ママ」
まだ幼児なのにそんな青写真を焼かれていることに複雑な気持ちもないではないけれど、まあ、そんなことは私にはどうでもいい。
弟と妹、どちらでも生まれてくるのが楽しみだし、ラプンツェルが日々幸せならそれでいいのだ。
私はアーデルハイド。アーデルハイド・ラ・コンスティン・リッテンバウム。
五歳になって半年ほどが過ぎる、幼児で魔法使いでちょっとだけ魔女の、王女様だ。
書籍版の予約がはじまりました。
イラストはしょうじ様、オーバーラップノベルズf様より出版していただきました。
web版はアーデルハイド視点でしたが、書籍版にはお話の中で
他のキャラクターたちはどう考えていたのかを加筆させていただいています。
書籍版もお手に取っていただけると嬉しいです。
活動報告も更新しております。




