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前世は魔女でした!  作者: カレヤタミエ


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41.暗い空気と弱った地脈


 少し上り坂になった道を進むと、一気に開けた麦畑に出た。


 麦の収穫は夏の盛り頃なので、まだ冬のさなかのこの時期は、ちょっと長い芝生くらいの大きさの麦が畑一面を覆っている。ローベルト伯爵領に来るまでの馬車の車窓からたっぷりと見た光景だ。


 魔女として生きていた頃、住処を決めず白樫の枝とともに放浪していた時期があった。当時の私に人の営みに関心と呼べるほどのものはなかったにせよ、この大陸の人間は作物、とりわけ麦と共に生きていたことくらいは知っている。


 ローベルト伯爵領の麦畑は、一見すると他の地方より少し生育が遅れているように見える。葉も細く丈もあまり伸びていない。けれどそれだけではなくて、生きる力のようなものが乏しく見えた。


「あめ、あんまり降っていないの?」

「去年から少し少ないくらいかな。でも、干ばつになるほどじゃないはずなんだ」


 カスパールは浮かない表情だけれど、テレサはそれを通り越して、少し青ざめてさえいる。

 このまま時間が過ぎて収穫期を迎えても、おそらく多くの実りは期待できないだろう。


 そうと分かっていても、畑の世話をしなければならない農夫たちの無力感は、どれほどのものだろうか。


「あ、アディちゃん」

「姫様!?」


 少し小高くなっている農道からぴょんと畑に飛び降りて、手のひらを土に付けると、ふかっと柔らかい土の感触がする。

 そうすると、畑の土の違和感はより強くなった。


「姫様、お手が汚れてしまいます」


 確認自体はすぐに終わったので体を起こし、うずくまった時にスカートが土で汚れてしまったことに気づく。


 今日のドレスはラプンツェルとお揃いのデザインなのだ。動きやすいシンプルな作りだけど、使っている布も上等なものである。薄茶と茶色のストライプなので、手でパンパンと払うとあらかた落ちたけれど、うっすらと茶色の跡が残ってしまった。


「テレサ、てをあらいたい」

「はい、すぐに。お膝やお手に傷はついていませんか?」

「だいじょーぶ!」


 テレサに抱きあげてもらって農道に戻ると、カスパールが呆れたような顔をしていた。


「姫様、結構おてんばなんだな」

「えへへ、畑、珍しいからつい」

「アディちゃん、村に井戸があるから、そこまでいこ」

「フローリカちゃん、手がよごれちゃうよ」

「いーの!」


 フローリカが馬車に乗る時のように手をつないでくれたので一応遠慮してみたけれど、フローリカはにかっと笑顔を返してくれた。


 それに笑い返しながら、つないだ手にじわりと汗をかくのがわかる。


 やっぱりそうだ。


 触れてみて確信したけれど、このあたりの地脈は弱り切っていて、ほとんどエネルギーが流れていない。


 この辺り一帯が、やけに魔素が薄いのも、そのためだろう。


 ――このままだと、ここは、死の土地になってしまうかもしれない。


 まだ致命的というほどではないけれど、今出ている影響が改善することはなく、むしろどんどん進んでいくだろう。


 魔女だった頃は、地脈の弱い土地など見向きもしなかったけれど、ここには人の暮らしがあり、紡いできた歴史がある。


 アーデルハイドである私には、それをどうでもいいことだと切り捨てることはできなかった。



     * * *



 村に戻り、カスパールにポンプを押してもらって出た水で手を洗い、ぴぴぴっ、と水を払いつつ、改めて、村を見回す。


 王宮の下に巨大な地脈が流れていることからも分かるように、大きな文明というのは地脈の流れに沿って興るものだ。大森林や大都市と呼ばれる場所の下にも大抵大きな地脈が流れていて、魔女がこの世界にこぼれるように生まれ落ちるのも、そういう場所である。


 魔女はその地脈に流れる力を吸い上げて利用することができるけれど、人間も直接的ではないにしても、土地が豊かだとか水が豊富だとか、色々な方向からその力の影響を受けている。


 ローベルト伯爵領は、山間部や森も含めてそれなりの規模の領地のはずだ。今滞在している村以外にもいくつもの農村を抱えていて、テレサが唯一の王女の世話係として王宮に上がったことを鑑みても、不作に陥るまでは健全な運営をしていたのだろう。


 つまり、それなりの太さの地脈が流れていた可能性が高い。


 地脈が枯れることが無いわけではないけれど、そうした変化は数十年、数百年単位であることがほとんどで、数年単位で枯渇するなんてことはほぼ起きないはずだ。不自然なことが起きたなら、どこかに原因があるはずで、その原因を取り除いたら地脈も復活する……というのは楽観的な考えだろうか?


 そもそも、地脈をどうこうしようなんて考えたことがこれまでなかった。


 それは、人間が大地を這う大河の形を変えようとするのに似ている。前世ならば多少はそうした技術もあったのかもしれないけれど、基本的に大河はそこにあるがままで、人間は水を汲んだり橋を架けたりすることはあっても、その一部を利用するにとどまるだろう。


「うーん」

「アディちゃん、どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


 唸ってみても今すぐに解決策らしいものは思いつかない。それでも、理由の一端が分かったのは、それなりの進歩だと気を取り直す。


 もしかしたら解決策なんてものはないかもしれなくて、この土地はじわじわと死を迎えるしかないのかもしれないけれど、その時は床に寝転がって手足をバタバタさせて、テレサがお嫁に行くなんて嫌だと泣き喚いてみよう。姫の尊厳? そんなものはくちゃくちゃに丸めて窓から捨ててしまえばいい。


「カスパール様、フローリカ様、こんにちは。あらっ、もしかして、テレサ様ですか?」

「チーズ屋のおばちゃん、こんにちは!」

「お久しぶりです」


 水を汲みに来たらしい恰幅のいい女性に挨拶をされて、テレサも微笑みながら会釈をしている。


「あらまあ、テレサ様、ますますお母様に似て、お綺麗になって」


 頬に手を当てて感慨深そうに、少ししんみりしたように微笑むおばちゃんと目が合って、にこっと笑いかける。


「あら、なんて可愛いお嬢様! あ、もしかして、テレサ様の……」

「違います! ええと、親戚の子で、しばらく遊びに来ているんです」

「アディです! こんにちは!」

「まあまあ、こんにちは。小さいのにちゃんとご挨拶ができて、お偉いですねえ」


 人の好さが全身に出ているおばちゃんは、にこにこと笑ってくれる。


「折角テレサ様がお戻りなのに、村がこんな雰囲気で、残念です。最近葡萄畑が枯れたり麦の収穫が上手くいかないということもあったんですけど、みんな変にピリピリしていて……」

「パンが不味いからだよ、ぜったい」

「私もそう思う」


 カスパールとフローリカがはっきりとそう言うと、おばちゃんも困ったように苦笑している。同意はしなくても、そう言われても仕方がないという感じだった。


「ぱん、そんなにおいしくないの?」

「一昨年くらいに新しいパン職人の夫婦が村に来たんですけどね、あまり、評判はよくないですね」


 粉ひき小屋の番人とパン屋は、納税官の一面もあるのでどの村でも微妙に好かれない仕事ではあるけれど、どうやらそれだけではないような、奥歯に何かが挟まったような言い方だった。


 最近不味くなったなら採れる麦の質にもよるのかもしれないけれど、明らかにそれだけではないような、暗い雰囲気だ。


 それでも表立って悪口は言いたくないらしく、おばちゃんは水を汲むと、ごゆっくりなさってくださいねと言って帰っていった。


「私たちも、村長の家に向かいましょうか。お母様もご心配されているでしょうし」

「うん!」


 テレサを困らせるのは本意ではないので、手をつないでゆっくりと歩き出す。

 民家の傍では放し飼いらしい犬が気だるげに寝そべり、こちらをちらりと見たものの興味がなさそうにまた目を閉じる。


 こういう時、マルグリット以外にも相談できる相手がいたらなあと思うけれど、脳裏に思い浮かぶのは対価が必要そうな面子ばかりで、三歳児の人脈としては不健全なことこの上なかった。


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