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34.魔女とちょっと魔女のお茶会

 王妃マルグリットが根城にしているのは、代々の王妃の居室と使用人たちの居住区が集中している、王宮の北側にある王妃宮である。


 王妃の間には身近な使用人もほとんど入ることができず、唯一自由に出入りするのは国王のみ。王妃としての役割を全て放棄しているマルグリットは宮廷ではすこぶる評判が悪い……かというと、案外そんなこともないらしい。


 王妃の仕事もしない、結婚八年で子供もいないとなると色々と噂されることは多く、ロビンを通して多少下世話な話も耳にしたけれど、それらはマルグリットと関わりの薄い下働きや市井の声で、浮世離れした美貌と何を考えているのか分からない神秘的な立ち振る舞いには宮廷内にもファンというか信奉者みたいな人たちがたくさんいるらしく、滅多に出歩かない王妃をちらりとでも見ることができると皆浮足立ってしまうようだ。


 確かにマルグリットは世界一美しいラプンツェルを見慣れている私から見ても、相当な美女だ。真っ白な肌と対照的な真っ黒な髪、すらりとした長身に思わせぶりな笑みと色っぽい目つきをしていて、見た目の威力は相当強い。


 ラプンツェルがたおやかで守ってあげたいと感じさせる柔らかい花弁を持つ淡い色の薔薇なら、マルグリットは絶壁の頂点に咲く神々しい百合のような雰囲気がある。容易く触れられないし、触れるためには危険が伴い、視線を向けるのも何だか怖い。


 まあ、その感覚は至極まっとうなものだ。暴れたら手に負えない。それが魔女というものなのだから。


 その魔女は、今は片手でジャムを乗せて焼いたクッキーを摘まみながら魔法で浮かせた画用紙を眺めている。三歳児が木炭で描いた自分の絵をまじまじと眺めて、満足そうにうなずいた。


「上手に描けてるわぁ、あなた、こういう才能もあるのね」

「そお? ありあと!」


 パパとママの絵はたくさん描いたし、乳母と四人の世話係も飽きるくらいに描いたので、久しぶりにマルグリットも描いてみたのが今日の午前中である。


 こちらの世界にはまだクレヨンはなくて、木炭で画用紙にぐりぐりと描いたほとんどまっくろな絵だけど、褒められて悪い気はしない。髪も服も真っ黒なマルグリットを描くにはぴったりだ。


 マルグリットが人差し指でちょいちょいと円を描くと、画用紙は風に攫われるようにふわっと浮き上がってぺたりと壁にくっついた。その隣には多分国を代表するような画家が描いたんだろう剣を掲げた英雄の絵が飾られていて、その組み合わせは難解な現代アートみたいだ。


「べちゅに、かべにはらなくていいよ?」

「絵ってこうして飾るものでしょう?」

「そおかなあ」


 いかに親馬鹿な我が両親であっても、私の絵をべた褒めし、将来はこの国一の女性画家だと誉めそやすことはしても額に入れて壁に飾ったりはしていない。


 まあ、私が寝た後に二人で絵を取り出してこの時は可愛かった、この時も可愛かったと言い合っているのは知っているから、本当に喜んでくれてはいるのだろうけれど、そこは二人とも王族だ。自分たちの周囲に品格に合わないものをこれ見よがしに飾ったりはしないのである。


 でもマルグリットにとっては権威が山のように積み上がった画聖の絵も三歳児が木炭でぐりぐりと描いた絵も、それほど違うものに見えないらしい。大分打ち解けてはいるものの、マルグリットはやはり根本的に魔女なのである。


 そんな彼女は今日も今日とてスイーツに夢中で、テーブルの上には三段重ねのプレートに色とりどりのケーキやクッキーが載せられていた。クラッカーにたっぷりのクリームとジャムを乗せてぱくりと口に入れ、さくさくと咀嚼している間も表情は変わらないけれど、本人曰く、人間の作るスイーツが大好きなのだという。


 マルグリットは王妃宮に閉じこもって滅多に出てこないし、王様の訪い以外ほとんど理由をつけて断ってしまう引きこもりの王妃だけれど、姪のアーデルハイドのことは可愛がっていていつでも訪ねていけば受け入れる――というのはおおむね事実に即した宮廷の噂である。


 出会った頃は得体のしれない魔女だったマルグリットだけれど、一応命の恩人ではあるし、ゼロ歳の時の騒動に関わったクリスとセルジュが帰国した今、気の置けない会話のできるほとんど唯一の相手でもある。


 王妃の仕事をまるっと放棄しているマルグリットと淑女教育の始まっていない幼女の私は、基本的に時間にゆとりがある。なのでこうして時々会ってお茶と世間話などする仲に落ち着いていた。


「そんでね、ロビンもうこれいじょー、大きくなんなくていいっていうんだけど、わたしの魔力がつよくなってて、どぉちてもロビンと共有しちゃうんだよね。それでこないだも、嫌味をいわれちゃった」

「小鳥って気難しい子が多いのよねえ。鳥がいいなら、いっそ最初から大きな子にしたらどうかしら」


 大鷲なんかいいわよとあっけらかんと言われるけれど、前世のテレビでヤギや鹿の子供を空に攫って行くシーンを見た記憶もあるし、私はまだまだ大鷲の獲物サイズだろう。


「そこまでは、まだ魔力おおくないよ」


 使い魔のサイズはそのまま、扱える魔力の強さで決まる。手のひらに乗るようなサイズだったロビンが今は小型の鷹くらいになっているけれど、これは私の扱える魔力の量が増えたからだ。


 大鷲くらいになると、前世のそのままの力なら問題なく使い魔にできたかもしれないけれど、今の私では到底魔力を行き渡らせることは不可能である。


 ロビンを見ても分かるように、使い魔と言ってもこちらに絶対服従というわけでもない。お互いが繋がっているからお互いの安全を気に掛ける関係ではあるものの、中途半端な主従契約は大抵ろくなことにならないものだ。


「なら、単純に使い魔を増やせばいいわ。あなたの使い魔に番を見つけて、番ごと契約してしまうのが一番手っ取り早いと思うわよ」

「うーん」


 ロビンはあの姿になってしまったので、もう群れには戻れない。美人で気立てのいいメスの黒つぐみを見つけたとしても、相手からお断りされてしまうのが関の山ではないだろうか。


 なら、黒つぐみの卵を拝借してきて、手元で孵す? オスが生まれてきたらそれはそれで面倒なことになりそうである。一時的に使い魔の契約を解いて婚活してもらうという手もあるかもしれないけれど、それはロビン側から断られそうだ。


 なにしろ一度、ロビンとの契約を解いている間にやらかした前科がある。報酬後払いで働かせておいて何事だと散々責められたので、二度と報酬の踏み倒しにつながるような行動は許してくれなさそうだ。


「マルグリットは、どおしてるの? 使い魔、へびだけだよね?」


 マルグリットの使い魔は真っすぐ延ばすと一メートル半くらいの真っ黒な蛇だ。ほっそりとしているので赤ん坊の頃でも丸のみにされる心配はしていなかったけれど、いかにも毒を持っていそうな長い牙は中々肝が冷えた。


「私は五匹と契約しているわ。一番大きな子は元いた土地に守りとして置いてあるから、あなたは見たことないわね」

「え、のこり四匹は、おーきゅーにいるってこと?」

「ええ、あちこちに潜んでいるわよ」


 特に隠す必要も感じていないらしく、角砂糖をそのまま口に入れて紅茶を傾けながらあっさりと言われてしまう。一匹しか見たことないと思っていたけれど、案外入れ替わっていたのかもしれない。


「あなた、これからどんどん大きくなるのでしょう? 放っておいてもあの子が大鷲の大きさになるだけだから、どうするか考えておいてもいいと思うわよ」

「うん……わかった」


 まあ、次に文句を言われたら別の鳥なりネズミなり、希望者を探して新たに契約すればいいだろう。


「おおわしの大きさも、かっこいいとおもうけどなあ」

「大きいのっていいわよね。あなたなら爪に掴んでもらって運んでもらえるでしょうし」


 それは移動というより、まんま餌の運搬である。絵面があまりにも悪すぎる。


 そんなよもやま話に興じながら、魔女とちょっと魔女のお茶会は不定期で開催されているのだった。


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