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33.お姫様で魔法使いで、ちょっと魔女


 朝起きると小鳥……というには多少いかつい黒い鳥が窓辺に止まっている。


 無事ベビーベッドから卒業を果たし、新たに与えられた子供用のベッドから飛び降りてよたよたと歩き、窓辺に置かれている椅子によじ登って窓を開けると、黒い鳥は待ちかねたとばかりにさっと室内に入ってきた。


「ろびん、おはよ!」


 その言葉を無視してロビンはベッドボードに止まるとこれ見よがしに羽を広げ、毛づくろいを始めていた。使い魔になって三年近くが過ぎるというのに、我が使い魔は今日も塩である。

 まあ、いいけどね。今に始まったことではないし。使い魔の多少の塩対応に怒るような偏屈な魔法使いではないのだ、私は。


 まだ春には程遠い季節なので、窓はすぐに閉めてしまう。椅子の座面に捕まってよじよじと降りていると、子供部屋のドアが開いて我が最愛の母、ラプンツェルが世話係のテレサとサラサと共に入室してきた。


「おはようアーデルハイド、早起きね。あら、ロビンもいらっしゃい」

「まま!」

「ビィ!」


 主の挨拶は無視するくせに、外面のいいロビンは嬉しそうに両羽を広げてラプンツェルに応じる。床まで残り数センチを飛び降りてラプンツェルに走り寄ると、ラプンツェルも体を屈めて手を広げてくれた。


 年が明けて三歳になっても、まだ走るのはそんなに上手じゃない。赤ん坊の頃より大分マシとはいえやっぱり頭は重たいし、体のバランスをとるのが難しいのだ。


 それでも待っていてくれるラプンツェルのところまで転ぶことはなくなり、ぽすん、とその腕に飛び込んだ。


 我が最愛の母は、今日もとてもいい匂いがする。その細腕にぎゅっと抱きしめられると、起きたばかりだというのに安心感から眠たくなってくるほどだ。


「まま、おあよ」

「おはよう、アデル。今日もこの国で1番可愛いわ」

「えへへ」


 世界一可愛い我が母に毎日そう言われているので、私の自己肯定感も天井知らずである。優しくだっこされて軽くゆらゆらと揺らされる。

 この三年で、ラプンツェルは随分体力を取り戻した。再会した当初は雨に濡れた花のように儚げな様子だったけれど、思えば少女時代は健康で、それなりに力持ちでもあったのだ。栄養状態のいい三歳児はそれなりに重さがあるはずだけれど、その腕はしっかりと抱きしめてくれている。


「姫様、今日はどのドレスになさいますか?」

「んーと、ぴんく!」

「かしこまりました。こちらでいかがですか?」


 さっ、と子供用のドレスを差し出されて、ラプンツェルに抱っこされたまま親指を立てて突き出す。有能な世話係の二人は、その日ラプンツェルが着ているドレスに似た服を私が選ぶとちゃんと把握していて、それにぴったりの服を選んでくれた。


 長袖のドレスに着替えて、ふかふかの椅子に座らされ、髪はラプンツェルが結ってくれる。まだまだ柔らかい幼児の髪に丁寧に櫛を入れ、編んでくれる指にはたっぷりと愛情が含まれていて、とてもいい気持ちになった。


 身支度を済ませるとラプンツェルと手をつないで育児室から出て、朝食室に向かう。すでに食卓の用意は済んでいて、パパが出迎えてくれた。


「ぱぱ! おはよ!」

「おはよう、アンリ」

「おはようラプンツェル、今日もきれいだ。おはようアーデルハイド、可愛いお姫様だね」

「んふー」


 パパはそう言うと席から立って、ラプンツェルの頬にキスをして私をだっこすると、同じように頬にキスをしてくれた。そのままクッションを重ねた椅子に座らせてもらい、朝食が始まる。


 パパもラプンツェルも王族としてそれなりに忙しくしているけれど、朝食はできる限り私と摂るように努力してくれている。テーブルも王族用としては小さくて、手を伸ばせば私のほっぺについているお弁当も取れるくらいの距離だ。


 今日の朝食はふわふわのパンをミルクで煮た柔らかいパン粥と柔らかく茹でた野菜を彩りよく並べたもの、カボチャのスープと、デザートはフルーツをカットしたものが小鉢に入って並べられていた。


 三歳ともなれば食事の内容はそれなりに大人と変わらないものになっているけれど、まだ柔らかくて味の薄いものが中心だ。ちゃんと自分でスプーンを握って、ぎこちないながらもパン粥を掬う。


「んむ……おいち」

「美味しい? アディ」

「んっ」

「アディは本当に賢いな。もう社交界に出ても立派にやっていけるんじゃないか?」

「んふ」


 さすがにそれは親馬鹿だよパパ。私とラプンツェルの前でだけならいいけど、他所でいったら馬鹿親って言われちゃうやつだよ。


 この世界全般でそうかは分からないけれど、少なくとも王侯貴族は子供は表舞台に出すのはあんまりよいこととされていなくて、私が人前に出たのも一歳の魔力測定の時と、年の初めに王族が揃ってバルコニーで手を振るほんのちょっとの間だけだ。基本的にはちゃんとマナーを覚えて食事もフォークとナイフを使ってできるようになってからでないと、正式な場に出るのは許されていない。


 とはいえ、社交界デビューするまでそうかというとその辺は少し緩くて、例えば年の近い子供同士の集まりなんていうのもあるらしく、王宮では時々そういう催しが行われていたりする。私はまだ三歳なので、そういう場にもまだ早いんだけどね。


 というわけで、パパの言葉は完全に親の欲目なのだ。スプーンだって鷲掴みだし、食べ物を掬って口に入れる手もちょっと震えている。ドレスにこぼさないだけ、三歳児としては大分立派なほうだろう。


 パパとママは和やかに会話をしているけれど、その内容は数少ない王族らしくそれなりに政治や経済の話題が多い。ふらふらと宮殿を抜け出す王子だったパパと、閉じ込められて育った世間知らずのラプンツェルがしっかりと王弟と王弟妃をしているのを見ると、私の方が娘なのに立派になって……なんて感慨を抱いたりする。


 朝食を終えてお茶を飲むと、パパは公務に出かけ、ラプンツェルは午前中のドレスに着替えて王宮に出かけていく。


 王妃であるマルグリットが全然王妃の仕事をしないので、宮廷にいる女性たちと謁見したり言葉を交わすのは、ほぼラプンツェルの仕事になっている。私が生まれた頃は平民から王弟妃になったラプンツェルへの風当たりは強くて、面会の予定も全然入っていなかったようだけれど、私の魔力測定以後は未来の女王の母親、つまり国母になることがほぼ確定したことも手伝って、それなりの影響力を持つようになったみたいだった。


 お昼も大体その貴婦人や、宮廷に出入りしている画家や音楽家といった知識人たちと摂る。一度離宮に戻ってきて、午後のドレスに着替え、日によって病院や孤児院への慰問、慈善事業関係の責任者の話を聞いたり、商業や産業に関わる陳情に耳を傾けたりして、また離宮に戻り、入浴して夜のドレスに着替え、また出かけていく。夕方から夜にかけては貴族の夫人が主催するサロンに招かれたり、時々は自分でも主催したりして、晩餐はそこで済ませることもあるし、王様たちと摂ることもある。


 今日のラプンツェルのデイドレスは、たっぷりのレースとモスリンを組み合わせたふんわりとしたラインで、色白でほっそりとしたラプンツェルの美しさを最大限に引き立てるものだった。うん、絵から抜け出してきた妖精さんみたいだ。完璧である。


「まま、いってらったい」

「行ってくるわね、アディ」


 我が両親は多忙だ。それを癒すのも幼児の大事なお仕事なので、がんばれ! を込めてぎゅっぎゅっと抱きしめる。


 二人を見送った私は、逆に決められたスケジュールはほとんどないので、世話係たちと庭を散歩したり、絵本を読んでもらったり、お歌を歌ったりして過ごす。そのうち淑女教育なんかも始まったりするのだろうけれど、幼児のうちはのびのびと育てるのがこの国の基本的な王侯貴族の習わしらしい。


 そのおかげでパーティで見かけた美女を追っかけてお妃にしたり、出先で見かけた美少女を王弟妃にしたりするような王族が続出しているのではないかという疑惑もあるけれど、がちがちに幼児教育されるよりは私も気が楽なので、そこのところは突っ込まないことにしている。

 今は冬の盛りで庭は雪に埋もれているので、育児室で世話係たちとお歌を歌い、軽く鬼ごっこをして走り回って疲れてうとうとしているとベッドに運ばれた。ここから一時間ほどお昼寝の時間である。


「お休みなさいませ、姫様」

「んむ……」


 優しい乳母のマーゴと世話係の年少組、カミラとエリナに見守られて目を閉じると、かすかにドアが閉まる音が響く。


 赤ちゃんほどではなくなったけれど、幼児も大分眠い時間が長い。目を閉じたまま、きままに外に出て行ったロビンに意識を向けると、すうっ、と枝の上から庭を俯瞰している視界が広がる。


 ロビンは私と契約することで、本来の種族である黒つぐみとは別種のような存在になっているので、冬の間も群れに入ることはない。個人主義の使い魔は特にそれを気にしている様子もなく、魔力で強靭になった体で王宮や王都を自由に飛び回っている。


 地脈と接続して扱える魔力が増えたことと、多少なりとも体が大きくなって魔力の操作が安定してきたこともあって、ロビンと意識を同調させていられる時間も長くなった。


 王宮を見て回り、人々の噂話に耳を傾け、時々お仕事をしているパパとラプンツェルも見に行ったりする。パパは王弟として第一騎士団を率いていて、今日も王族としての公務の傍ら、王都の治安を守っている。ラプンツェルは数少ない女性王族として社交や慈善事業に取り組んでいた。


 誇らしくも大好きな、パパとママだ。


 ロビンと意識を同調したままうとうととまどろみ、我が使い魔から中途半端な同調をするなと一方的に切られてしまった。


 視界がまっくらになって、でも、眠くて瞼を持ち上げられない。

 仕方ない、幼児は遊んで寝るのが仕事だから。


 午後のドレスに着替えに戻るラプンツェルに少しでも会えるといいな。そう思いながらとろとろとまどろみの中に沈んでいく。

 

 私はアーデルハイド、冬生まれで、年が明けて三歳になったばかり。


 パパは王弟殿下でママはそのお妃様で、お姫様で魔法使いでちょっと魔女な、普通の幼女である。



本日より投稿を再開します。

再開するなら10/10にしたいなと思っていたので、無事できてうれしいです。

やや不定期になるかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。

活動報告も更新しています。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。不定期でも更新再開の報は楽しみです。このまま愛らしいアデルハイドちゃんの育成を見守ることができるのが嬉しいです。
おかえり、アーデルハイトちゃん。 大きくなりましたね。スプーンでご飯を食べていてえらいわー。 パパとママもお仕事がんばっていてえらいわー。ママが足元固めてて一安心です。 ロビンも元気そうで何より。 …
アニメとかにするのは少し込み入った内容だけど ラプンツェルのその後としては大変魅力的なお話ですね どこかから映像化のオファーが来てもおかしく無いと思います
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