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31.一歳の誕生日と魔力測定

「まあ姫様、本当にお似合いですわ」

「まるで妖精の王女様のようです。可愛らしいですわ」


 欲目たっぷりのメイドたちにチヤホヤされながら着せられたドレスは、普段の倍ももこもこしていて、ついでに目に見えて高価だと分かるものだった。


 この感じ、覚えがある。伯父さんである王様に「偶然」会った時と同じだ。


 今回は二週間くらい前から、なんだかみんなそわそわしていて、あ、これは何かあるなと赤ちゃん心なりに感じていたので、そう慌てることもなかった。なんならあらかじめこの日に何があると知らせておいてくれればいいのに。


 まあ、赤ちゃんだもんね。説明しても分からないって思われているくらいが多分ちょうどいいのだ。


 いつもなら運ばれくる離乳食がお昼の時間を過ぎても運ばれてくることはなく、代わりにサイコロ状に切った林檎を少しもらった。一応よだれかけは掛けているけれど、高価なドレスに果汁をこぼさないようによーく噛んで飲み込む。


 そうしてしばらくすると、予想通り、いつもよりごてごてと着飾ったパパがラプンツェルを伴って育児室を訪ねてきた。


 パパの盛装を見るのは初めてではないけれど、ラプンツェルが豪奢なドレスを着ているのは、これが初めてではないだろうか。胸から腰に掛けてはすらりとした体のラインに沿った造りで、腰をきゅっと締めた先はレースを重ねてふわりと大きく翻るドレスラインだった。


 なめらかな白絹のドレスは、光を弾いてまるでラプンツェル自身が輝いているように見える。まるで年に一度しか咲かない白い花のように凛としているけれど儚げで、そして華やかだった。


 控えめに言っても絶世の美女だ。


「ままぁ、きぇー」

「あら、ありがとう。アデルも、とっても可愛いわ」

「二人とも、夢の中から出てきたような美しさだね」


 そう言ってパパに抱っこしてもらい、頬にキスをされて、そのまま反対側にいたラプンツェルにもちゅ、頬にキスをする。我が両親は今日もラブラブである。


「今日はアディの一歳のお披露目と一緒に、魔力測定をするんだ」

「まぉく……」

「アディがどれくらい魔法を使えるか、調べてもらうんだよ」


 ふんふん、と分かったように頷いてみせるけれど、その仕草を愛し気にみているパパとラプンツェルには話が通じているなんて思ってはいないだろう。


 魔素を使った盗み聞き――もとい情報収集と、ロビンと契約してからあちこちで話を聞いて回った結果、こちらの人間は、魔法を使うことが出来るのはほんの一握りらしい。


 魔力量も大したことがなくて、魔法使いと呼ばれるレベルになると大都市に一人二人、偶発的に生まれるくらい希少な存在のはずだ。


 例外的に、王族と王族の血を引く大貴族だけは魔力が強い者が多いらしい。もし中小貴族や平民に魔力の強い者が現れたら、相応しい身分の家に養子に貰われていくのも珍しくないようだった。


 なんでも前にいた下働きの子に子供が生まれたら、強い魔力を持っていたらしくて、たくさんの金貨と引き換えに大貴族に養子に貰われていったらしい。今は、その子は下働きをやめて王都のいい場所で夫婦で店をやっているとかなんとか。


 まだまだ一般人の価値観を引きずっているし、王女としては傷ものもいいところなのに両親に可愛がられている身としては、なんだかなあと思わないでもないんだけれど、噂していたメイドたちは羨ましいという論調だったのにも少し驚いた。


 魔法使いであるセルジュの身分までは聞いたことないけど、あの年で王子であり年上でもあるクリスと同等のタメ口を利いているので、それなりに厚遇されている立場なんだろう。


 出会いが出会いなだけにあまり深く突っ込んで考えたことはなかったけれど、マルグリットとも舌戦していたこともあるし、下手な王族よりセルジュはずっと偉そうだ。一体何様なんだろう。そんなことを考えているうちに、育児室を出てパパに抱かれたまま離宮から出る。いつもの庭の方ではなく、驚いたことに正門を出ると、四頭立ての立派な馬車が止まっていた。


「うわー」


 石を敷いた立派な道を馬車はゆっくりと走る。窓から外を見れば完璧に整えられた庭園が広がっていた。


 真冬ということもあって花は咲いていないけど、快晴で、中々きれいだった。

 赤ちゃんは動くものや音が出るものが好きだ。アーデルハイドちゃんも例にもれず、初めて見る流れる車窓に釘付けだった。


 そうしているうちに馬車はゆっくりと止まり、ドアが開くと、この世界の教会らしい建物の前だった。真っ白な壁に立派な設えの門には、神様のシンボルが掲げられている。馬車から教会までは赤い絨毯が敷かれていて、パパは片手にアーデルハイドちゃんを抱っこして、もう片方の腕でラプンツェルと腕を組んでその絨毯を進んだ。


 ラプンツェルが白いドレスを着ているから、まるでこれから結婚式でも始まるみたいだ。侍従二人によってドアが開かれ、中に入ると天井の高いチャペルになっていて、色とりどりのガラスを組み合わせたステンドグラスが天井近くまで聳えていて、とても荘厳な内装だった。絨毯の敷かれた中央の通路から左右に別れて椅子がずらりと並んでいるのも、なんだか結婚式の会場みたいだ。


 けれど、その参列席に並んでいる人々からの視線は、到底結婚式の祝福に満ちたものとは言い難かった。睨みつけるような、もしくは値踏みするようなものばかりで、ひそひそと聞き取れないくらい潜めた話し声まで聞こえて来る。


『相変わらず、見た目だけは美しいこと』

『平民の娘が生んだ子供だろう? これだけの前で恥を晒すだけではないかね』

『測定が済んだら、すぐに侯爵家から第二妃の打診が入る手はずになっている。どの家がつくか、見ものだな』


 魔素をちょっと伸ばして聞いてみただけで、おおう、と唸りたくなるような言葉が聞こえて来た。要するにアーデルハイドちゃんの魔力が大したことないなら、それを口実にパパに別の奥さんをあてがおうって計画があるらしい。


 こんなにラブラブな二人に別の奥さんなんて、割り込む隙があるわけがない。この間不幸な呪いを文字通り身をもって消化したばかりだ。話が持ち上がるだけで、また不幸を重ねることになりかねないんじゃないかって危惧もある。


 シンプルに腹立つな~と思うものの、参列席の最前列にクリスとセルジュを見つけて、ふっと毒気が抜ける。伯父さんとマルグリットは王様とお妃様らしく、参列者とは別に、一段高いところに立派なテーブルと椅子を並べられていた。


 数段、高くなっている祭壇のようなところにコックの帽子を物凄く豪華にしたようなおじいさんがいた。――貧相な表現は許されたい。何しろ魔女だった頃は人間の文化に全然興味がなかったし、一般人の人生は、そもそもこういう文化圏ではなかったのだ。


 パパとラプンツェルは一度、祭壇の前で止まり、綺麗に礼をする。くるりと振り返り、感じの悪い参列者たちにも一礼して、パパだけがアーデルハイドちゃんを抱っこしたまま、祭壇の前まで登っていった。


「天と地の加護の許、この地に生を受けた一人の幼子の誕生をここに祝福いたします。アーデルハイド・ラ・コンスティン・リッテンバウム。清らかな命が、長く健やかに育まれますよう、聖なる光に願いを捧げましょう」


 厳かな声がチャペルの中に響き渡ると、それまでざわざわとざわついていた声が波が引くように静かになる。魔素で周囲を見れば、一応全員が胸の前で腕を組み、祈りを捧げているようだった。


「ここは神の御許である。古より続く神聖なる儀式によって、この魂に宿る神の加護を示します。天上の父よ、大地の母よ、この魂をここに映し、顕したまえ」


 魔除けの効能があるニワトコの枝で軽く頭を撫でられ、肩をぱさぱさと叩かれて、手をそっとパパに掴まれて、台座の上に置かれた水晶に促される。


「アディ、そっと触れてみなさい」

「あぅ」


 丸い水晶にアーデルハイドちゃんの顔が映っていて、そっちの方に意識がいってしまう。丸く歪んでいるけれど、金の髪に青い瞳をした、ラプンツェルによく似た美赤ちゃん……だと思う。


 ぺたり、と手のひらに触れた水晶は冷たいかと思ったのに思いのほか温かくて、ぱちぱちと瞬きをすると、次の瞬間、パンッ、と音がして、強い光を放った。


「びぇ!?」


 まともに喋れていたら、目が、目がぁ! と叫んでいただろう。パパも台座を挟んで向こうにいる神官も驚いたようで、抱っこしているパパの腕にぐっと力が入った。光は吸い込まれるように天井まで伸びたステンドグラス全てに伝わっていって、色とりどりのガラスが発光しているせいでチャペルの白い壁は、ちょっとしたダンスパーリィ状態になっている。


 がやがやと参列している人たちの声が上がり、ラプンツェルも驚いて立ち上がったものの、祭壇まで登っていいのかどうか、迷っている様子だった。王様も椅子から立ち上がっているけれど、その隣のマルグリットは落ち着いたもので、心なしかニヤニヤと笑っている。


「静粛に、静粛に! ここは神の御許ですぞ!」


 さっきまで穏やかなお爺さんという感じだった神官が声を上げて、その左右に立っていた青い聖衣を来た少年たちも、皆さまお静かに! と全然静かじゃない声を上げている。その間にも参列席からは、そんなバカなとか前代未聞だとか、いろんな声が聞こえて来た。


 あれ、私何かやっちゃいました?


 思わずお約束の台詞が出そうになってしまったので、つくづく、まだちゃんとお喋りが出来ない体でよかったかもしれない。


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