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28.再会とお散歩と自立心

「まーっ!」

 立ち上がり、ふらふらと歩き出すとメイドたちはすっと立ち上がって道を開けてくれた。こちらに駆け寄ってこようとしていたラプンツェルは渾身のよちよち歩きにはっとして、その場で腰を落として腕を広げてくれる。


「アデル、こっちよ!」

「んむーっ!」


 まだ足首がしっかりしていないので足取りはおぼつかないし、体がふにゃふにゃしていてバランスもとりにくい。頭が重たくて重心が変にぶれるから、前でも後ろでも、すぐに転んでしまいそうになる。


 頑張れアーデルハイドちゃん! ラプンツェルがはらはらと駆け寄りたいのを我慢して手を広げてくれているぞ!


「んむ、んと」

「そうそう、上手よ、あんよ上手ね」

「んっ!」


 右足、左足、右足、右足、いけない、転ぶ!

 赤ちゃんの体は軽いので転んでもそんなにダメージはないけれど、幸い転んだ先はラプンツェルのお膝の上だった。しっかりと抱き止められてぎゅっと抱きしめられると、久しぶりのラプンツェルの匂いに胸がきゅーっとなる。


 抱きしめてくれた腕は相変わらず細かったけれど、あの病床にいた壊れそうな、そのまま砕けてしまいそうな儚さはもう感じられなかった。優しく包み込む腕から伝わってくるのは、ただただ、真っすぐで濁りのない愛情ばかり。


「まぁまーっ!」

「ごめんね、アデル、会いに来れなくてごめんなさい。ママ、ずっとアデルに会いたかったわ」


 いいよ。体調が悪かったんだよね。知ってるよ。それでも想ってくれてたよね。

 寂しいくらいどうってことないんだ。


 寂しかったのはラプンツェルも一緒だったはずだ。だから平気だよ。そう思うのにぐりぐりとドレスに頭をこすりつけて、沸き上がって来る感情を止めることが出来ない。


「ままっ、んくっ、ひっく、まっ……」

「アディ」


 ぎゅっと抱きしめられてぐずぐずと泣いていると、ぐすっ、と洟をすする音が明後日の方からする。ラプンツェルにセミのようにしっかりとしがみついたまま魔素で周囲を探ると、どうやら一緒に来たらしくラプンツェルの後ろにはパパがいたし、乳母のマーゴも、テレサもサラサもカミラもエリナも、うるうると涙を滲ませている。


 感動の母子の再会シーンを景気よく演じてしまって急に気恥ずかしくなったものの、アーデルハイドちゃんはまだまだ思春期の遠いゼロ歳児である。ラプンツェルから離れる気にもなれず、これが赤ちゃんの特権とばかりにぎゅっとしがみつく。


 とはいえラプンツェルは病み上がりだ。いつまでも床に蹲っていてほしくないし、会えない間にどんどん重たくなったアーデルハイドちゃんを抱っこさせるのも気が引ける。


「んむ、ぱぱ」


 手を伸ばすとラプンツェルの後ろにいたパパがにこにこと笑いながらラプンツェルの傍に膝を突いて、伸ばした手を握ってくれる。さりげなくもう片方の腕はラプンツェルの肩を抱いていた。


 美しき家族愛である。今すぐ国一番の画家を呼んでほしい。


「アデル、薔薇をありがとう。殿下……パパがね、ママにって持ってきてくれたのよ。とても綺麗で、アデルに会いたくなって大変だったわ」

「んむーっ」


 パパに、ラプンツェルに薔薇を持っていってやれと促したのは随分前のことだ。赤ちゃんの時間感覚だともう何年も前のことのように思えるけれど、赤ちゃん相手に律儀に感謝を伝えて来るラプンツェルの、なんと天使なことか。


「むふ」


 天使から生まれてきた上に天使に抱きしめられているとは、私も随分出世したものだと馬鹿なことを考えていると、パパにひょいと抱き上げられる。


「んむ?」

「今日はとても天気がいいんだ。三人で、少し庭を散歩しよう」

「むっ!」


 昼夕夜と会いに来る人がいたから寂しくはなかったけれど、アーデルハイドちゃんも長く寝付いていたので、育児室の外に出るのは久しぶりだった。おまけにパパとラプンツェルと三人でとは、すごく贅沢な気分である。


「殿下、姫様に上着を」

「ん? ああ、そうだな……」


 腕の痣に目を落とし、パパが痛まし気に表情を曇らせる。すでにラプンツェルにもある程度事情は説明してあったらしく、うるりと目を潤ませた。


「アデル、あなたが大変な時に、一緒にいられなくて、ごめんなさいね」

「んーんっ!」


 対外的には、これは命に関わる病魔に侵されて残ったものということになっていた。成長によって薄くなることもあるとパパには説明してもらっているはずだけれど、完全に消えるかはまだ分からない。


 元々王族とか王女様とか次期女王様とか、全然柄じゃないし、気にしていない、って伝えられないのがもどかしいけれど、ラプンツェルはアーデルハイドちゃんの腕を取って、濃い色の痣を優しく撫でた。


 触れるのを忌避したり、嫌悪するような色はそこにはない。それににぱっと笑う。

 上着を羽織らせてもらい、パパに片腕で抱っこされて、ラプンツェルは反対の腕を組んでパパにエスコートされて、ゆっくりとラプンツェルの歩調に合わせて歩く。


 庭に出ると、もう夏の盛りは終わったらしく、以前とは少し違う柔らかさが空気の中に混じっていた。


 そりゃあそうか、アーデルハイドちゃんにもそろそろ上の歯が生えてきそうなのだ。時間は確実に過ぎていて、あっという間にアーデルハイドちゃんのゼロ歳児も終わるのだろう。


「アデル、見て、小鳥が鳴いているわ」

「んむっ」

「もう少ししたら、秋の薔薇がきれいな季節になる。沢山散策しような」

「んっ!」


 パパに抱っこされて隣にはラプンツェルがいて、なんとも贅沢だ。上を見ても横を見ても我が両親の美しさときたら、目が休まる暇もない。


 ラプンツェルは絶世の、と付けても問題のない美女だし、パパは物凄いイケメンだ。その二人が並んで庭園を歩いていると、もはや動く絵画である。


 今世で鏡を見たことはないけれど、全体は娘に似ていて目もとだけパパに似ているとしょっちゅう言われるアーデルハイドちゃんが美少女でないわけがない。実際、ラプンツェルの代わりに呪いを引き受けることが出来たのも、それを証明している。


 両親だけでなく、マーゴもメイドたちもデレデレと溺愛状態だし、赤ちゃんは可愛さブーストが掛かっていたとしても、おそらく客観的事実としてアーデルハイドちゃんはかなりの美乳児だろう。


 第三者の目でパパとラプンツェルとアーデルハイドちゃんの姿が見れないのが、残念すぎる。やっぱり画家を呼んでほしい。

 二人は寄り添い合ってゆっくりと歩き、時々見つめ合って、うっとりと微笑み合う。それからまた歩いて、見つめ合って、微笑み合って。

 もうね、お互いべた惚れってこれ以上ないくらい伝わって来る。パパの寵愛がラプンツェルの後ろ盾なら、世界一強い盾だよこんなの。


 魔女としてはラプンツェルの将来が安泰そうで喜ばしい限りではある。そんなことを考えていると小道を進み、いつもは入らない庭園の奥まで進んでいた。


 夏の終わりかけ、緑が最も濃くなった庭園の奥に、真っ白な大理石を組んだ東屋がひょっこりと顔を出す。円形の東屋の中心にはテーブルが置かれていて、それをぐるりと囲むように椅子が並べられていた。すでに育児室のメイドたちがセッティングしてくれていて、たっぷりのクッションとお茶とお茶菓子の用意がされている。


 ちなみにアーデルハイドちゃんはまだミルクと離乳食の混合で、固形物といえば細かく刻んだ野菜を入れてミルクで炊いた麦粥である。歯が生えてきたとはいえ消化器官はまだまだ赤ちゃんだし、おむつなので、こういうお茶を楽しめるようになるにはまだまだ時間がかかる。


 ラプンツェルとパパが東屋のカウチに腰を下ろし、真ん中に座らせてもらう。左右に二人がいることが、何だか無性に嬉しい。


「まぁま」

「はい、私がママよ」

「ぱっぱ」

「パパだよ、アディ」


 並んで座ってアーデルハイドちゃんの小さな手をにぎっているラプンツェルは、とろけるような笑みを浮かべていて、なんとも幸せそうだった。昔から溌剌とした明るい性格の子だったけれど、落ち着きが出て、しっとりとした大人の女性になっている。


 とはいえ、ほぼ間違いなく前世の一般人だった私よりは年下なのだろうけれど。


 塔でのあの事件が起きた日、娘は十四歳だった。多分そこから十年は過ぎていないんじゃないだろうか。身投げして怪我をしていた王子と一時の怒りに我を忘れて荒野に放り出してしまったラプンツェルが再会して、さらに結ばれるまでにはきっと沢山の苦労があったはずだ。


 しばらく親子の団欒を楽しんだけれど、そうしている間にも頭の上でパパとラプンツェルは寄り添い合って、なんだ、時々ちゅっ、なんて音も響いてくる。


 周囲にはマーゴもメイドたちもいるのにと思うけど、多分この世界のさらに王族ともなると、使用人ってほとんど二十四時間傍にいたりするから、使用人の目って気にするようなものじゃないんだよね。いちいち気にしていたら生活にならないんだと思う。


 それも程度問題だけどね!


「あら、アデル?」

 ぴょこんとパパと娘の間から飛び降りて、アーデルハイドちゃん見事な着地を決める。

「退屈したの? お散歩する?」

「んっ!」


 びしっ、と手のひらを突き出すと、ラプンツェルはきょとんと首を傾げるけれど、パパはクスクスと肩を揺らして笑っている。


「一人でできる、ということじゃないかな」

「まあ、アデルったら、お転婆なのね」


 自立心があると言っていただきたい。というか、子供はじっとしているより元気にそこらへんを走り回っていたほうが子供らしいというものだ。


「わたくし共が見ていますので、お二人はどうぞそのままで」

「庭園の奥まで来るのは初めてですから、姫様も物珍しいのでしょう」


 テレサとサラサがそう言ってくれて、我が両親はお世話に慣れたメイドに任せることにしたらしい。


 ラプンツェルは病み上がりだしね。太陽の光と風を感じながらお茶を飲むのも、いい気分転換になる、きっと。


 両親のラブラブな空気に砂を吐きそうになったからでは決してないのである。


 そしてこの分だと、弟か妹が生まれるのもそんなに遠い未来の話ではないような気もしていた。


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