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19.隣国の王子様

 話が決まると後は早かった。翌日にはパパの侍従を通して非公式だけれどアーデルハイドちゃんを客人に紹介するという話が持ち込まれ、さらに翌日にはふりふりの赤ん坊用のドレスを着せられて面会の手筈が整った。


 多分、相手が外国からのお客さんだということもあるのだろう。いつ帰国するか分からないし、話を進めるのは早いに越したことはない。


「姫様は、ドレスを着せても暴れないですねぇ」

「よだれも垂らさないし、やっぱり気品がありますよね」


 メイドの中でも年少のカミラとエリナがきゃっきゃっと嬉しそうに言うのに、にぱっと笑顔のファンサをすると、きゃあきゃあと黄色い声が飛んだ。


 夜泣きすら滅多にしないアーデルハイドちゃんではあるけれど、おむつの交換も離乳食のあーんも四人のメイドと乳母のマーゴに任せきりだ。機嫌よく働いてもらうためにサービスは欠かせない、気の利いた赤ちゃんなのである。


 やがてノックの音が響き、まずパパが入ってきた。今日はいつもよりキラキラの上着を着ていて、いかにも王族らしい出で立ちだ。


「アディ、私のお姫様。ご機嫌はどうかな?」

「ぱぁー」


 抱っこではなく、手袋を外した手を差し出される。その手をぎゅっと握ると一瞬整った顔立ちがでれでれと崩れたけれど、すぐにこほん、と咳ばらいをして立て直した。


「今日は、アディにお客様を紹介するよ。いい子に出来るかな?」


 話しかけられればだぁ、ばぶ、と意味のない言葉を繰り返していると、妙にじっとりとした視線を感じる。そちらに目を向けるとパパの侍従を含めた数人の男性の向こうにいるセルジュがじいっとこちらを見ていた。


 その視線に含まれた、お前もよくやるなと言わんばかりの呆れた色にぷいっと顔を逸らす。


 もう大分地金が見えてしまっているけれど、パパの前でくらい可愛い娘でありたいといういじらしい赤ちゃん心なのだ。放っておいてほしい。


「クリス殿下、こちらが我が愛娘、アーデルハイドです。どうぞ、妹のようにアディとお呼びください」

「ご紹介に預かります。初めまして、アーデルハイド姫君。クリスチャン・フォン・ウルムと申します。クリスと呼んでいただきたいところですが、それは未来の楽しみにしておきますね」


 ゼロ歳の赤ちゃんに対しても礼儀正しく、クリスチャンと名乗った少年は丁寧に礼を執ってくれる。


 その整った顔立ちに、思わず目を奪われた。


 真っ白な髪に青い瞳。年齢に似合わない落ち着いた口調と理知的な態度は、無理をして演じているというよりそうした振る舞いが骨の髄まで身についているという様子だ。


 会社員だった頃の弟が、この年頃には庭の木に登って柿をもいでいた大きめの猿みたいだったことを思い出すと、違和感すらあるくらい、少年は物静かな雰囲気である。


 パパやラプンツェルを始めとして、アーデルハイドちゃんに生まれ変わってから美形ばかり見てきたけれど、クリスもまた目が覚めるほどの美少年だった。整った顔立ちにはまだ少しだけ幼さが残っていて、ふわふわの白い髪は光の加減で銀色にも見えて眩しい。ラプンツェルやパパのそれより薄い青い瞳は冷静で、こちらを観察しているようにも見えた。


「だぁ、あうー!」


 手筈通り、一目で気に入ったように周囲にも分かるように両手を広げて抱っこをせがむ仕草をする。クリスはやや戸惑ったようにパパを振り返った。


「――手水を用意してくれ」

「はい、ただいま」

「殿下、赤ん坊というのは何でも掴んで口に入れようとするものなので、上着を脱いで手を洗い、どうぞ抱いてやっていただけますか?」

「はい、是非」


 パパがいつも使うので、手水の水はあらかじめ用意してあったらしい。クリスは上着を脱いでセルジュに預けると、すぐに運ばれて来た桶で手を洗い、タオルで丁寧に拭いた後、そろそろと手を伸ばしてきた。


 赤ちゃんを抱っこするのには慣れていないらしく、お腹の辺りを掴まれてくすぐったくて体をよじる。あまりに手つきがおっかなびっくりで、動くと落とされそうでちょっと怖い。


「殿下、よろしければソファに座ってください」


 パパも見かねたらしく、腰を下ろすのを勧め、すっと慣れた手つきで脇に手を差し込んで抱き上げてくれた。


 パパは、もう赤ちゃんを抱くプロだね。ちょうどいい力加減だし、しっかりとしていて少しも不安定さを感じない。


 そうして、アーデルハイドちゃんの頬にちゅっ、とキスをすると、ソファに座ったクリスの膝にそっと乗せられる。


「――赤ん坊というのは、なんというか、柔らかいものなのですね」

「ええ、まだ体つきがしっかりしていませんし、急に動いたりもするので、少し強めに力を入れてやってください」


 メイドの中では最年少のエリナよりもさらに細く、頼りない腕で、それでもしっかりと体をホールドされる。顔を上げると先ほどまでの冷静な表情は打って変わって、戸惑ったような様子を見せていた。


 なんだ、結構可愛いじゃん。


 前世で弟がいたことと、ラプンツェルを育てた魔女としての経験上、子供があんまり大人しいと逆に落ち着かない。子供なんて感情的で泣いたりわめいたり走り回ったりしているくらいがちょうどいいんじゃないかなって思う。


 まあ、それを言ったらあの粗暴で妙に計算的なセルジュなんかは、かなり異常に感じるのだけれど、クリス君はセルジュほどは奇妙な子供ではないようだった。


「だぁ、あーっ」


 にこにこと笑って手をぶんぶんと振ると、パパのものと比べれば二回りも小さな手に手を握られる。握手するように握ったまま上下に振れば、クリスもふわっ、と相好を崩した。


「可愛いですね、アディ」

「アディも、殿下を気に入ったようですね……」


 パパ、面白くない空気が出てるよ。落ち着いて。


 婚約の話はセルジュから、どこまで伝わっているのだろう。というか、私が普通の赤ちゃんでないことも、クリスは知っているのだろうか。


 王妃で魔女であるマルグリットや赤ん坊のアーデルハイドちゃんに対してはやたらと冷淡で好戦的なセルジュだけれど、なんとなく、クリスには気を遣っているような気がする。


 そう思いながらじっとクリスを見ると、ふわふわと笑みを浮かべていた。


 髪の色も瞳の色も年齢も全然違うけれど、先ほどの冷静で感情を抑えた顔立ちは、なんとなくセルジュとよく似ている気がする。


 まあ、美形って極端に言えば特徴のない顔立ちってことだもんね。色んな人間の顔写真を合わせて平均を取れば、大抵美形になるらしいし、どちらも現実感のないくらい整った顔立ちの美少年なのだから、自然と似ているように見えてしまうのかもしれない。


 手遊びのようなことをしつつ、クリス君とアーデルハイドちゃんの面会は三十分ほどで殿下、そろそろというパパの声で終わりを告げた。


 これが長いのか短いのかは分からないけれど、そのほとんどの時間をクリスの膝の上で過ごしたのだから、中々親密な時間だったと言えるのではないだろうか。


「ありがとう、アディ。とても楽しかったよ」

「あーっ、やーっ!」


 パパの手で抱き上げられて、クリスの膝から離れる時は、ちゃんと離れがたいよおという様子を見せた。たった三十分で十分に絆されてくれたらしいクリス君も、寂しそうな様子を見せる。


「アンリ殿下……よろしければ、またアディに会いに来てもよろしいでしょうか」

「それは、勿論です。アディも喜ぶでしょう」

「アディ、またすぐに会いにくるよ。それでいい?」

「んーっ!」


 クリスはまたね、と優しく言ってアーデルハイドちゃんの頭をなでなでして、セルジュに差し出された上着を身に着ける。


「アディ、パパもまたすぐに来るから」

「んっ」

「すぐに来るからね」

「……ぱぁぱ。ちゅき」


 あまり赤ちゃんから逸脱するようなことは口にしたくないのだけれど、何だか圧を感じるので、大サービスである。効果は覿面だったらしく、ほんの一瞬だが美形にあるまじき相好の崩し方をした後、パパの手からマーゴに渡された。


 別れは王侯貴族らしく、再び礼儀正しいものになり、そうして一行は育児室を出て行った。


「……クリスチャン殿下、お美しいですね!」

「本当に、なんて素敵な王子様でしょう。噂には聞いていましたが、あれほどとは思いませんでした」

「それに、クリスチャン殿下に随伴していた少年も、とても綺麗でしたね」

「本当に、神秘的な青い髪をされていて――」

「あなたたち、お客様の容姿の噂ははしたないですよ」


 マーゴに窘められて、カミラとエリナはすぐに軽口を止めたけれど、メイドたちの表情は華やいだままだ。


 育児室はお客さんなんてラプンツェルとパパ以外にほとんどいないし、アーデルハイドちゃんの世話ばかりで単調な毎日なので、こういうイベントは嬉しいんだろうね。


「だうー」

「姫様、おねむですか?」

「ばぶ……」

「その前にお着換えいたしましょうね」


 ふわふわのドレスを脱がされて、いつものシンプルなワンピースに着替えた後、ベビーベッドに戻されるとすぐにくるんと体を丸くする。


 時間にすれば短いものだったのに、なんだかどっと疲れてしまった。


 まあでも、上手くやったよね、私。

 ラプンツェルも、きっと大丈夫だよね。


 やり切った感にほっとすると、すぐにうとうとと眠気がきて、なんとなく華やかな雰囲気が残ったままの育児室の空気を感じながら、ことりと落ちるように眠りの中に沈んでいくのだった。


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