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17.結婚の打診と眠れない夜

「お前さ、結婚する気ない?」


 魔女といい魔法使いといい、人の都合など知ったこっちゃないらしい。いや、魔女だった記憶がある私も正直その感覚はよく分かる。力が強いほど軸が自分になってしまい、周りがあんまり見えなくなってしまうものなのだ。


 だからといって、迷惑でないかというとそれはまた話が別なのだけれど。


「だう……」


 夜中に揺すり起こされてむくりと体を起こし、ひとまず座った体勢になったものの、寝起きで機嫌がいいとは言い難く、今にもむずがり出してしまいそうだ。ちょっと待ってと手のひらで制して、目を擦り、あくびをする。


 魔女であるマルグリットはともかく、魔法使いの少年は数年前は赤ちゃんだったはずなのに、自分が赤ちゃんだった頃のことは覚えていないらしい。


 それで、なんだっけ。結婚?


 こっちの世界の結婚がかなり早いとはいえ、それでも成人は十二歳だし、成人してすぐに結婚するというのは王族や貴族でも珍しいはずだ。大体十四歳くらいまでに婚約者を決めて、十六歳から十八歳くらいで結婚するというのがよくある流れというものだろう。


 実際、アーデルハイドちゃんの専属のメイドたちもみんな十六、十七歳くらいで、行儀見習いとしてお城に上がっている独身の貴族の令嬢たちだ。みんなアーデルハイドちゃんに夢中で婚約者がいるという話は聞かないけれど、たぶんいるか、婚活中のどちらかだろう。


「あぅ、だぁ、あっぶ、んあ」


 つまりゼロ歳児のアーデルハイドちゃんはまだまだ初恋もまだの年頃なのだ。いくら女の子が早熟といっても、男の子とどうこうよりパパとママと一緒にいる方が楽しい頃合いなのである。


「そういや、使い魔がいないと喋れないんだったな」


 絹のような青い髪をさらりとかき上げると、魔法使いの少年には、子供とは思えない妙な色気がある。


 いや、子供だから余計にそうなのかもしれない。まだ性別が曖昧な年頃で、絹のような青い髪を長くのばして、顔立ちもやたらと整っているせいか、身に帯びた魔力の強さも相まって、妙に倒錯的な雰囲気がある。


 これは勝手な偏見だけれど、好事家の貴族のおじさんとかにモテるだろうなあ、という感じだ。


「あぶ、だぁ」

「まどろっこしいな。使い魔のあの鳥、呼べねえの?」


 無茶を言わないで欲しい。ロビンはそもそもフクロウなどとは違って夜行性の鳥ではないのだ。使い魔の報酬の支払いだって後払いにしてもらっている状態なのに、就寝しているところに今すぐ来いなんて、ブラックな勤め先のようなことが出来るわけがない。


 使い魔は奴隷とは違う。契約上こちらが主人の立場ではあるけれど、あくまで対価を払って交わした雇用者と被雇用者のような関係なので、無茶を言えばあちらから契約を解除されることだってなくはない。


 そして鳥というのは、種族を越えておしゃべりだ。一匹の不興を買うと悪評を広げられて、その辺り一帯の小リスから狼まで契約に応じなくなるのも、使い魔あるあるなのである。


 その代わり、契約の時の魔力が少なくて済むうえに他の鳥類とも上手くやれることが多いので、鳥ばかり数十羽ほどと契約する魔女もいる。好奇心も警戒心も強いので情報を集めるにはもってこいだし、種類によっては一日に数十キロを移動したり、数百キロの距離を行き来できたりもするので、うまく使いこなせばとても便利な使い魔といえる。


 つまり、ロビンに夜勤を頼むなら割増の報酬を支払わなければならないし、両者にきちんと合意がないといけないのだ。そのなけなしの取引は夜な夜な育児室を訪れるマルグリットとの意思疎通に使う予定だったし、それが成された今は、昼間の三十分がロビンの勤務時間である。


 一日三十分で寿命とともに、十年と七カ月と二週間の果実をせしめたのだからやり手の小鳥だ。急な夜勤など言い出そうものなら一晩であと五年分の上乗せを要求されかねない。


「あう、だぁ」


 会話をしたいならロビンが活動している昼間にロビン相手にしてくれれば、契約で繋がっているこちらにも話は通じるので、そうしてもらうのが一番だろう。身振り手振りでそう伝えたものの、理解はしてもらえなかったらしい。魔法使いは腕を組んで首を傾げ、いらだたし気に言った。


「お前のママ、呪われているぞ」

「だぅ!?」

「今日明日でどうにかなるわけではなさそうだけど、数年後には分からねえな。あんだけ美人でおまけに玉の輿に乗った王弟妃だっていうのに、人間って儚いよなぁ。そう思わないか?」

「だぁ! ばぶぅ!」


 話が急展開すぎてついていけない。一体何がどうなってそんなことになったのだとベビーベッドの手すりを掴んで立ち上がると、魔法使いはにやりと口角を上げた。


「俺は今、この国とはお隣のウルム王国の第三王子クリスチャンの護衛としてここに来ている。第三王子は十二歳だが強めの聖魔法を持っていて、すでに治癒の腕では国内で二十本の指に入る腕前だ。成人前だから高貴な女と二人きりになってもそう外聞は悪くないってことと、クリスの母親がこっちの王族とは親戚ってことで、慰問というテイで治療に派遣された。ここまではいいか?」

「だぅ」


 国内で二十番目って、どれくらいの位置なんだろう。例えば世界で上から二十本の指に入ると言われたら、たぶんすごいのかなあと思うけれど。


「クリスは中々やるやつだが、あれは治療師としてより政治家向きの性格だ。本筋はその護衛として俺がついてきたってことだ」


 あ、それは分かる。


 この魔法使いの少年は、それこそ上から数えた方が早いくらいの強さがあるのは間違いない。何しろマルグリットを相手に一歩も引かないのだ、かなり腕に自信があるはずだ。


 つまり、聖魔法の得意な親戚の男の子がお見舞いに来てくれたという体裁を整えて、実際にラプンツェルを診るのはこの少年だということだ。


 そして、多分、おそらく、その見返りがクリスという親戚の男の子とアーデルハイドちゃんとの婚姻、少なくとも婚約の約束まではある程度暗黙の了解なのではないだろうか。


 あ、だんだん分かってきた。


 少年はお前のママ、ラプンツェルが呪われていると言った。


 呪いはそこら辺の一般人の恨みの塊から魔女の気まぐれまでその種類や強さによっても色々だけれど、総じて根が深く厄介だ。逸らすにも跳ね返すにも分解するにもそれなりの手間と時間がかかることが圧倒的に多い。


 病気の治癒程度ならともかく、呪いがあったのだとしたら報酬が婚約では割に合わない。結婚の確約なら対応してもいい。そういうところだろう。


「あぅぅ」


 大切なラプンツェルのためなら結婚のひとつやふたつと言いたいところだけれど、アーデルハイドちゃんはゼロ歳児だ。本人が結婚適齢期になる頃にその王子様、三十歳ちかくになってない? それまで待つの? 王侯貴族が成人前に結婚することはあるにせよ、まさか幼児に思春期の青年と結婚させるつもりなの?


 パパがそんなことを許すとは思えない。婚約だって候補者のひとり、くらいのつもりだろう。


 けれど、これも推測になるけれど、実際この国に来て状況を確認してみて、あちら側としてはアーデルハイドちゃんを確実に狙う理由が出来たのだ。


 この国の王妃はマルグリット。言うまでもなく王様に子供が出来ることはない。パパと伯父さんにそれほど年齢差があるようには見えないので、今の時点ではほぼ確実に、次の王様はアーデルハイドちゃんであり、更に次の世代はアーデルハイドちゃんが産むだろう子供になる。


 そのアーデルハイドちゃんの王配という立場がどれほど重要なものかは、言うまでもないだろう。第三王子というまず王位を継承出来ない位置にいる王子様にとっては、隣国の王配は望む中で最高の地位といえるはずだ。


「あぅ、だぅ! あぅ!」


 ゼロ歳児をそんな政治的なことに利用しようとするなんてひどい! ばか! 脅迫じゃん!


「あー、今すぐ答えを出せとは言わねえよ。言っただろう、今日明日でどうにかなるもんじゃねえって。でも、こっちも遊びで来ているわけじゃねえってこと。クリスだって一日国を空ければその分自分の国で地盤を固める機会を失くしてるんだ。それはわかるな?」

「あぅ……」

「お前のパパは、お前を政略結婚の道具にするのには抵抗があるみたいだ。つまり、お前がクリスと会った時一目ぼれして離れたくない、大好きって態度を取れば、心変わりする可能性は大きい。クリスチャンもその辺りは機転が利く性格だ。これは取引だよ。わかるか?」

「だぅ……」

「俺は大体西の離宮にいるから、結論が出たらあのツグミに返事をさせろ」


 じゃあな、と言って魔法使いは来た時と同じだけの唐突さで窓からひらりと飛び降りて、窓はひとりでにぱたんと閉まった。


「あうう」


 ラプンツェルに呪い? あんな虫も殺さないような可愛くて優しくて素敵な子を呪える存在なんているの?


 なんでもしてあげたいし、結婚しろというなら構わない。そのクリスという男の子がどんなひどい性格でも、その後ろに赤ん坊にも容赦のない魔法使いがついていて、ひどい人生になったとしても、ラプンツェルが健康で幸せに生きていけるなら私はそれでも構わない。


 でも、魔女の業のツケをアーデルハイドちゃんの人生に背負わせてもいいのだろうかという気持ちもある。


 アーデルハイドちゃんは私であり、魔女の記憶もあるけれど、まだ生まれて一年にもならないまっさらな命でもあるのだ。今は私の意識が強いけれど、私にとって魔女は自分と地続きではあっても自分自身ではないし、成長していけば、多分アーデルハイドというお姫様の中で「私」も地続きではあるけれど自分ではない、という感覚になっていくのだと思う。


 きちんと物心がついたとき、後悔するのは私でも魔女でもなく、多分アーデルハイドちゃんなのだ。今、私が決断して、本当にいいのだろうか。


 パパも、きっとずっと悩んでる。婚約だって気が進まない様子なのに、ラプンツェルのためにアーデルハイドちゃんを差し出すようなことをしていいのかって今も頭を悩ませているのではないだろうか。


「うぅー」


 赤ちゃんの小さな頭では、情報が多すぎて処理しきれない。


 やっと一人きりの静かな夜になったというのに、こうしてアーデルハイドちゃんの眠れない夜は続くのだった。


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