10. 魔女の義母とかごめんです
まずは状況を整理しよう。
パパは王子様でパパの兄は王様で、そのお妃様が魔女だった件。
この時点でアーデルハイドちゃんの小さな頭の中はいやなんでやねん! と、前世の私のノリつっこみでいっぱいになってしまった。
人間の群れに交じって暮らす魔女がいないわけではない。実際、魔女だった頃の私は人間の町の片隅に自分の家と庭園を持っていたし、求められれば対価に応じて煎じた薬を売ったり、病に効く薬草が生えている場所を教えたり、狼除けの護符を描くこともあった。
けれどそれも、人として暮らしていたというより、求められたから応じたという程度のものだったし、魔女の異質さというのは人間の方も感じているのだろう。毎回人づてに話を聞いて、追い詰められた結果やむにやまれず訪れた者ばかりで、常連になるような物好きはおらず、魔女も関わった人間のことはすぐに忘れてしまった。
気まぐれで国を亡ぼすことが出来る魔女と、群れで集まって生きているか細い定命の人間との距離感など、そんなものだ。
それが一国の王妃で、アーデルハイドちゃんの義理の伯母で、しかもアーデルハイドちゃんを引き取る話まで出ているなんて、情報が多すぎる。
けれど、考えてみればアーデルハイドちゃんが現在の王家の直系の唯一の赤ちゃんであるということと、現王様に子供がいないことを考えれば、ある意味順当な流れなのだろう。
少なくともアーデルハイドちゃんが男子だったら、もっと早く、そしてはっきりとそんな話になっていた可能性が高い。
パパは、これから王様とお妃様に子供が恵まれるだろうなんてお茶を濁していたけれど、それが絶望的であることは間違いない。
魔女は人間とは見た目が似ているだけの全く別の存在であるので、人間の男との間に子供など出来るはずもないのだ。
薬作りや実験に人間の男、特に少年を好むような趣味の良くない魔女だっていないわけではないけれど、それも性的な目的ではなく、効果重視のためのものだ。ほとんどの魔女から見たら、人間は沢山いるネズミの群れに雄と雌が交じっているくらいの、そんな感覚である。
つまり、次の王国の後継者はパパ……を飛び越して、アーデルハイドちゃんになる目算が、かなり高いことになる。
ううん、これは大分、予想外だ。
王位継承権を持っているということは、女王OKの国なのだろうけれど、パパの妻はラプンツェル、つまり平民で、アーデルハイドちゃんは女の子。難しい高貴な事情を鑑みるに、女王様になるには後ろ盾が足りない気がする。
だからこそ王様とお妃様の養女にという話になるのだろう。実際に王家の血を継いでいて、正当な王家の養女として迎えられきっちり教育を受けることで周囲に円満な継承であるとアピールすることもできる、んじゃないかな。
いや嫌ですけど。義母が魔女とかほんと勘弁なんですけど。そう思ったところで自分の過去の所業を思い出して、どんよりとベビーベッドのクッションの上で平たく寝転がる。
魔女は、人間の基準からすればそれはもうどうしようもない性格破綻者ばっかりだ。社会性もなければ協調性もない。利己的で自己中心的で衝動的。種族は違っても尊敬しあえる仲のいい友達になれるなんて思ってはいけない。
魔女は人間を同種と思っていないからそれはともかくとして、魔女同士だって別にお互いを尊重しているわけでもない。
これは、地脈に接続して生きるエネルギーを得ている魔女の生態としては至極当たり前のことだ。近くに同種の存在がいればエネルギーの奪い合いになるので、自然と自らの庭園――命をつなぐ縄張りは距離を取ることになる。わざわざ殺し合う必要はないけれど、慣れ合う理由もまたないのだ。
別種とも同種とも近しく生きない、それが魔女だ。そんな存在が義理の母親なんて、アーデルハイドちゃんの教育に悪い。情操教育なんて滅茶苦茶になるだろうし、魔女の理論で成長して女王様になるとか、国の未来に不安しかない。
そして、その魔女に育てられたラプンツェルがあんなに素直で優しい娘に育ったのは、もはや奇跡だし、可愛いし、いい子だし、美人で気立てがよくて……やはりラプンツェルは最高である。
「はぁ……」
むくりと体を起こして、大きなお尻でお座りする。
ラプンツェルのことを考えたら、少し元気が出てきた。
突然のことに動揺していたとはいえ、柄にもなく落ち込んでいたのは、最近ラプンツェルに会えていないということも大きいだろう。
あれこれ考えても思考の坩堝にハマるだけだ。魔女だった頃の反省から、人間としての私はあれこれ考えて衝動的な判断をしないように決めて生きていたし、アーデルハイドちゃんとしてもそこは引き継いでいきたいところである。
「んまっ、まーっ」
「あらぁ、姫様、お目覚めですかぁ?」
四人の専属メイドの最年少、エリナが気が付いて、抱っこしてベッドから下ろしてくれる。そのままハイハイしはじめると、駄目ですよ姫様ぁ、とのんびりと間延びした声で抱き上げられて、再び元の場所に戻されてしまった。
まあ、ハイハイをした赤ちゃんを放っておくと興味のままにどこまでも行ってしまうもんね。育児室はそれなりに広いし掃除もしっかりされているけれど、ここは土足文化だし、あんまり這いずり回って欲しくないのだろう。
しかし私は今、無性に体を動かしたい気分なのである。
落ち込んだ時はとにかく体を動かして、疲れて、たくさん食べて、寝ればなんとかなる。王妃が魔女というとんでも展開の抜本的解決にはならなくとも、あの魔女が敵であれ敵以外の何かであれ、対決する気概が湧いてくるというものだ。
「んっ!」
「姫様、立っちの練習ですかぁ?」
エリナがそこらじゅうからクッションを集めて、アーデルハイドちゃんを囲むように置いてくれる。これでころんと転んでも安全というわけだ。
両手を床に突いて、四つん這いの状態からぶるぶると震えつつ足をふんばらせると、なんとか両足で立ち上がることが出来る。
赤ちゃんの成長は早い。最近は短い時間ながら二本足で立てるようになってきたし、バランスを崩してころんころんと転がることもちょっとずつ減っていった。
人間はなぜ立つのか? それは遠くのものを見据えて進む道を見定めるためである。未来に進むためにも、いつまでも四つん這いではいられないのだ。
「んあっ」
そう思った端から重たい頭に引っ張られて、後ろにころんと転がってしまう。
赤ちゃんの体って重たい。体が大人とは違うバランス感覚ということもあるし、筋肉が付いていないという理由もあるだろうけれど、上手に歩くのは中々難しい。
この間まで首も据わっていなかったし、仕方がないのだけれど。その代わり手足の力は意外とあって、スタミナも思ったより大分ある。再び立ち上がって、ふるふると震えながら二本の足で歩き出す。
今はこんなものだけれど、数か月もすれば走り回れるようになるだろうし、ジャンプしたり、そこら辺の窓から抜け出したりするようになるだろう。
今は来訪を待つことしか出来ないラプンツェルにも、この足で会いに行けるようになる、きっと。
「んあーっ!」
「わあ、姫様、三歩も歩けましたよ。すごぉい」
はしゃいだ声を上げて拍手をするエリナに、当然だよとふんっ、と鼻で息を吐く。
まだまだこんなものじゃないよ。体が成長すれば扱える魔素の量も増えるだろうし、出来ることはどんどん多くなるはずだ。
今のところ伸び代しかないアーデルハイドちゃんなのである。