第8話 ポンコツ黒髪イケメン女子
「おい! ジル! 今日の戦いはなんだ?」
いつもよりも早めに切り上げたダンジョン攻略終わり。無限迷宮よりほど近い城下町の裏路地で白髪青年は憮然とした表情を浮かべている。
「我ながら不甲斐なかったと反省している……」
泣きぼくろが特徴的な黒髪イケメン双剣士は神妙にまつ毛を伏せる。
「貴様の敵視管理がグダグダなせいでいつにも増して被ダメが多く、ロイスのマナがあっという間に枯渇してしまったではないか!」
ロイス・ロリンズは【白魔導士】でパーティーの回復役である。
『レヴィンさん。次はぼくがもう少し頑張って回復するんでジルさんを許してあげましょうよ。完全無欠のジルさんも人間だったってことで』
いつも割と辛口な赤髪犬耳少年が珍しくポンコツ黒髪イケメン野郎を庇っていたが、レヴィンの怒りは収まらない。
「貴様は新入生か? 今日が初ダンジョンか?」
「違う……」
「だったら超火力の双剣士が戦闘開始からアビ全開で戦ったらどうなるか分からないはずがあるまい?」
「もちろん分かってる……」
「なにが分かってるだ! 貴様の暴走のせいで魔物の敵視を固定できなかったミカエルがひどく責任を感じていただろうが!」
ミカエル・ミンストレルは【聖騎士】でパーティーの盾役である。
『すまないみんな! 完全にボクの力不足だ! ボクもまだまだだね!』
誇り高き金髪眼帯エルフの青年は最後までポンコツ黒髪イケメン野郎を責めることはなかった。だからこそミカエルの分までレヴィンが責めている。
「立ち回りも最悪だ! 自身の攻撃は外しまくるくせに簡単に避けられる敵の攻撃はまともに喰らう! 狩りの効率は過去最低だ! お陰でまだ午前中だというのに地上に戻る羽目になったではないか!」
『やめだやめだ。時間の無駄だ。今日のジルは話にならん。地上に戻るぞ』
そう真っ先にやる気を失くしてしたのはレヴィンだが、辛辣な白髪青年を普段は諫めるロイスやミカエルも今日に限っては帰還することに反対はしなかった。それが答えだ。
「オレが悪かった……本当にすまない」
ジルから反論はない。ひたすら平身低頭している。さすがのレヴィンも弱い者いじめをしているみたいで気が咎めてくる。
目つきの鋭い白髪青年はやれやれと小さく息を吐く。
「……どうした? 聞いてやるから理由を言え」
「それは……」
ジルが上目遣いでレヴィンのことを見てくる。
「は? まさか俺様のせいだと言いたいのか?」
「だって……レヴィンの顔を見ると、どうしても昨日の夜ことをいろいろと思い出しちゃうんだもん」
限界を迎えたコップから水があふれるみたいに黒髪イケメン双剣士から弱気少女の声が漏れ始める。
「その件は昨晩、話し合って解決したはずだろ? 互いに気にしないと。互いこれまで通りに振舞うと」
「そうだけど、昨日のことを意識すると頭の中が真っ白になっちゃって……普段できてたことがなにもできなくなってしまったんだ」
「だからそのイケメン面でめそめそすんな!」
「本当は弱気な女の子のくせに必死で強気の男の子を演じてるとレヴィンに内心で笑われてるって想像すると……恥ずかしくて死にそうだ」
「俺様を見くびるな! そんなこと思うわけがないだろ!」
嘘である。『こいつやってんなあ』とダンジョン攻略中ずっと思っていた。
白髪青年は内心の気まずさを誤魔化すようにジルの背後の壁を叩く。
「思い出せ! 貴様はアカデミー最強の物理前衛アタッカーだろ! 勇猛果敢な双剣士ジル・ジェイルハートだろ!」
今は嘘を付いてでも、眼前のポンコツ娘をいつもの凛々しい黒髪イケメンに戻すことが先決である。しかし、ジルの表情は冴えないままだ。
「やっぱり無理だよこれまで通りなんて……レヴィンのこと意識しないなんて《《わたし》》にはできない!」
「ジル! 一人称が『わたし』になってるぞ! 誰かに聞かれたらどうする!」
忠告した矢先である。大通りからアカデミーの制服に身を包んだ女子学生たちの声が響いてくる。
「ねえ。まだ誰もジル様の姿を見てないの?」
「ええ。まさかいつもより早く地上に戻って来られると思っていなかったもの」
(くそったれ。最悪だ。ジルの狂信的なファンどもだ……ジルのこんな情けない姿を見られたら大問題だぞ……)
レヴィンは息を呑む。