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第7話 弱気女子は強気男子に変身する

 レヴィンは指輪をまじまじと見つめる。

「それは性別を転換させる【魔具マグ】か?」

 魔具マグとはマナで作動する魔法道具全般を指す。その動力源には無限迷宮の魔物からドロップする魔核コアが媒介として使用されている。


「えと、これはリンダ先生オリジナルの魔具マグなんだけど、肉体を構成する表面上のマナに働きかけて《《見た目を男の子》》に書き換えてくれるんだ」


 マナは人間や魔物を含めこの世界の万物を構成する主要要素キーファクターである。


「ほう。表面上の情報を偽装するのか。確かにそのほうが効率的だな。性別転換ともなると変身するたびにいちいち大量のマナを消費しそうだしな」


 魔具マグを使用する際に体内のマナが対価として支払われるのだが、摂理として発生する事象じしょうの『強さ』『大きさ』『複雑さ』が増すほどにマナの消費量は多くなる。

 ダンジョンでアビリティを使用する際にも同様のことが言える。


「先生が言うには元々はダンジョンで魔物に擬態ぎたいするために試作した指輪みたい。魔物の姿をしていれば自由に歩き回れるんじゃないかって」

「面白い! 確かにダンジョンで魔物同士が争ってる光景を見たことがない!」


「リンダ先生も同じことを言っていた。『自然界の動物などと異なり魔物はあくまでも冒険者しか襲わない。それは無限迷宮の特殊性に由来する』って」


「特殊性か……無限迷宮の成り立ちには所説あるが、最も有力なのは冒険者によるダンジョン攻略が『運命の女神ルナロッサの娯楽である』という説だな」

「うん。ダンジョン内では、冒険者や魔物の生命力やマナが『可視化』されているのが確かな証拠だと言われてるね」


 さらに【迷宮調査員ダンジョンゲイザー】と呼ばれる非戦闘系の固有ジョブが存在しており、彼女らによってダンジョン攻略の様子が配信されている点など、無限迷宮には『観る者に配慮されている』としか思えない仕様が幾つもあるのだ。


「もっとも仮に擬態ぎたいに成功したとしても、完全にバトルを避けてダンジョンの奥深くへと潜ることは不可能だ」

「そうだね。無限迷宮には10階層ごとに『エリアボス』が門番のごとく存在しているからね」


 無限迷宮は草原荒野森林と続いてゆくのだが、エリアボスを討伐しなければ先のエリアには進めない。このあたりにも創造者の『戦って楽しませろ』という強い意志を感じずにはいられないのだ。


「くくく。俄然、あの女教師に興味が湧いてきたな! 今度、暇な時にでも会いに行ってみるか」

「レヴィン! 今はリンダ先生のことよりわたしに興味を示してよ!」

 なぜかジュリアンが唇を尖らせている。


「要するに貴様はその指輪で『ジル・ジェイルハートという真逆の人間に変身』することで現在の活躍と立場を手に入れたというわけだろ?」


「うん……ジルに変身するとわたしは強気になれる。不安や恐怖は消え去って勇気と自信が湧いてくる。ただの自己暗示かもしれないけど……」

 ジュリアンが申し訳なさそうにまつ毛を伏せる。

「だからこの秘密を誰にも知られるわけにはいかないんだ。知られてしまったらまた元の弱気な自分に戻ってしまいそうですごく怖いんだ……」

 ジュリアンは決意の表情で告げる。



「でもレヴィンを騙していたのは事実だ。この秘密をどうするかはレヴィンに任せる。わたしが実は女の子だってことを他のメンバーに告げてもらっても構わない」



 彼女は祈るように俯く。

「秘密を知ってしまったからには、貴様のことをこれまでと同じように見ることはもうできん」

「当然だね」

 彼女のむき出しの膝頭が小刻みに震えている。ところが、レヴィンの結論はあっけらかんとしていた。

「だが貴様が男だろうが女だろうが俺様にとっては些細な問題だ。この件は見なかったことにしてやる」

「……え? 怒ってないの?」


「怒る? なぜ? 俺様は実利主義者だ。物事を判断する時、自分にとって利益があるかどうかが最も優先される。ゆえに貴様が有能なパーティーメンバーである限り、俺様が秘密を漏らすことはない」


 これは優しさではない。己の行動原理に忠実に従ったまでである。これはレヴィン・レヴィアントという人物の紛れもない本質なのだ。


「自信を持てジル。普通は強気になった程度で劇的に強くなったりはしない。現在の評価は貴様の本来の実力が正しく発揮された結果だ。もちろん、その活躍の裏には俺様の最高のサポートがあったお陰だがな!」


 レヴィンが自画自賛の哄笑こうしょうを室内に響かせる。

「ふふふ、実に君らしい言い分だ」

 つられるようにジュリアンも小さく喉を鳴らす。


「思えばわたしは君のそういう裏表のない性格にいつも救われてる。感謝するよレヴィン・レヴィアント!」


 感極まったのか彼女はレヴィンにぎゅっと抱きついてくる。

「お、おい! 貴様! なに勝手に抱きついてきて――—」



「――――やっぱり《《レヴィンを選んだ》》のは間違いじゃなかった」



 そうジュリアン・ジェイルハートは白髪青年の背中に顔をうずめながらひそかにほくそ笑むのである。

 動揺する白髪青年は必死に彼女を引きはがそうと抵抗する。しかし、ほどなくして諦める。腐っても前衛職である。びくともしなかったのだ。

 それにさすがの傍若無人なレヴィンも、自分に対して感極まっている相手をぞんざに扱うことがはばかられたのだ。


(今夜はパーティーを脱退するなんてとても言い出せる空気じゃないな……)


 レヴィンは自らの白髪をぞんざいにかき回すと、天井を見上げて深いため息を零す。脳裏には『結局、やめてないじゃん』と言う栗毛の幼馴染の憎たらしい顔が浮かんでいた。

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