第6話 ジュリアン
「わたしの本当の名前はジュリアン・ジェイルハート。近しい友人には『ジル』の愛称で呼ばれてる」
「なるほど」
「アカデミーに入学した一年前までは女の子の姿で冒険者をしてたんだけど……レヴィンは当時のわたしのこと覚えてない?」
「貴様のことを?」
白髪青年が睨みつけているとしか思えない鋭い視線を、女ジルことジュリアン・ジェイルハートに向ける。気恥ずかしいのか彼女は白い頬を染め縮こまっている。
男ジルほどの華はない。ただ同一人物なのだから当然だが、負けず劣らず目鼻立ちは整っている。なにより男ジルと変わらず泣きぼくろは印象的である。
世間の一般的な基準からすればジュリアンは美人の部類に入るだろう。
「知らん」
だが、レヴィンには彼女にまったく見覚えがなかった。
「そっか。覚えてないか……一年前、ダンジョンの草原エリアで魔物の大群に巻き込まれて死にそうだったのをレヴィンに助けてもらったんだけど……」
ジュリアンは寂しそうに肩を落とす。
「もしかしてそれが理由か? ジルが俺様をパーティーに熱心に勧誘したのは?」
「うん。わたしはあの時、一撃必殺の魔導士の……いや、【灰色魔導士】というジョブのポテンシャルを目の当たりにした。わたしだけは知ってる。レヴィンが本当はものすごく強い冒険者だってことを」
「誤解するな。あんなのは評価に値せん。あれは一発芸みたいなもので、状況に応じた的確なサポートでパーティーを陰ながら支えることこそが灰色魔導士の真骨頂だ」
そう口では否定しながらも現金な白髪魔導士は、満更でもないという表情を隠しきれていない。
「見ての通り……本当のわたしは臆病で弱気な女の子なんだ。ジルじゃなかったらレヴィンを勧誘するなんて恐れ多くてとてもできなかった」
彼女は嘆息する。
「新入生のわたしはこの弱気な性格のせいで双剣士という優れたジョブを《《女神ルナロッサ様》》からいただいたのに、ちっともダンジョンで活躍できなくて……」
ダンジョン冒険者を目指す者たちは13歳になると【運命の女神ルナロッサ】のお導きである【職業神託】によってジョブを獲得することが許されている。
王国の主要都市にある【運命の神殿】で女神の代理人たる職業神託官から固有のジョブを神託される。
ちなみに【職業神託官】も固有ジョブである。
レヴィンも職業神託で灰色魔導士と運命的に出会った。もっともサポートにいちじるしく偏ったジョブに村の者たちはひどく落胆していた。一度、神託されたジョブはおいそれと変えられるものではないからだ。
「ヘタレのわたしはすぐにどこのパーティーからも誘われなくなった。気づいたら周りからは落ちこぼれのレッテルを貼られていて……」
「当然だ。超攻撃特化な前衛アタッカー職の双剣士がヘタレじゃ話にならん」
落ち込むジュリアンに白髪青年は容赦なく追い打ちをかける。
「うん……アカデミーの先生たちからも『悪いことは言わない。君は冒険者に向いてない。故郷に帰っていい人でも見つけなさい』って言われたよ……」
「教師どもに良い人を見つけろなどと指図される筋合いはないが、人には向き不向きがあるのは確かだな」
「最終的にわたしをパーティーに誘ってきたのは、いかにも下心のある男子学生たちばかりで……」
ジュリアンが悔しそうに下唇をぎゅっと結ぶ。
「だろうな。欲望に抗うことを知らない馬鹿どもからすれば、ヘタレな美人などまさに格好の標的だろう」
一転してジュリアンがパッと表情を輝かせる。
「え? 今、わたしのこと美人って言った? 言ったよね?」
「なぜ嬉しそうなんだ? 残念な話の流れだっただろうが?」
「どこ? わたしのどこを見て美人だと思った?」
瞳を輝かせ近づいてくる黒髪の彼女をレヴィンは「離れろ」とぞんざいに押し退ける。彼女は短く息を吐き緩んだ頬を引き締める。
「えと、とにかく当時のわたしはダメダメだったんだ。でもどうしてもわたしはアカデミーを辞めたくなくて……自らを優れた冒険者だと証明できなければ、両親が決めた冒険者と結婚させられてしまうから……」
ジュリアンは力なく肩を落とす。
「良血を残すためか。名のある一族なら珍しくない話だな」
「珍しくない話だけど、普通に嫌でしょ? 一族の都合で好きでもない相手と結婚するなんて?」
「ごめんだな」レヴィンは即答する。
「それで錬金術師のリンダ先生に相談したんだ」
「あの変人と名高いアカデミーの女教師リンダ・リンドバーグか?」
変わり者の白髪青年が眉をひそめるほどの人物に相談するとは、それほどまでに彼女は追い詰められていたということだろう。
「うん。そこでリンダ先生から『強気な別人に変身してみてはどうか?』って提案されて、この【蝶の指輪】を譲ってもらったんだ」
ジュリアンの掌には件の蝶があしらわれた指輪があった。