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第46話 スイーツ王子

「こら。ミカエル」

「なに?」

「貴様、俺様に『お腹減ってるでしょ?』と聞いたよな?」

「うん。聞いたね」

「それでどうして『スイーツカフェ』なんだ!」


 カフェは若い女性たちに大人気らしく店舗前には長蛇の列ができている。


「ここのパティシエが作るスイーツすごく評判がいいんだよ?」

「知らん知らん! 腹が減ってる時の昼飯と言ったら、しょっぱい食い物だろうが! がっつり腹に貯まるもんだろうが!」

「え? そうなの?」

「は?」

「だってボクは三食スイーツでも平気だからさ」

「マジかこいつ……」


 からかってるのかと思ったら金髪眼帯エルフは至って真剣だった。


「帰るッ!」

「ま、待ってレヴィンくん!」

「こんな若い女だらけのカフェに野郎二人で突撃するとか正気か?」

「大丈夫! 怖くないから! スイーツ女子は優しいから!」

「知るか。俺様は大通りの屋台で肉串でも買って帰る!」

「本当に美味しいから! 帰るのは一口食べからでも遅くないから!」


 金髪眼帯エルフが羽交い絞めにしてくる。

 白髪青年が逃れようとジタバタとするがビクともしない。

 聖騎士パラディンのこのパワーがあれば『鉄くず』と呼ばれる重くて取り回しの難しい両手剣も上手く扱えるに違いない。

 そう身動きのまったく取れない無様な魔導士は確信するのである。


 その時だった――。

 行列に並ぶ若い女性の一人がミカエルを目にして驚きの声を発する。


「え? ちょっと待って? あれって『スイーツ王子』じゃない!?」

「嘘ぉ! 本物!? 超やばいじゃん!」

「私! 初めて実物の『スイーツ王子』見るかも! めっちゃ嬉しい!」


 水面みなもに石ころを投げたかのようにどよめきが波紋はもんとなって広がってゆく。

 やがてその波紋は店内まで届き、シェフらしき白衣のドワーフが転がるように飛び出してくる。


「あ、あ、貴方が……こ、高名な『スイーツ王子さま』ですね! わたくし店長のカンバッソと申します! どうぞこちらに!」


 なぜか行列をすっ飛ばして店内に案内される。

 順番を抜かされたというのに並んでいる若い女性たちに不満げな様子は見られない。むしろ期待に満ちた眼差しを向けてくる始末だ。


 店内に入ると歓迎ムードにますますの拍車がかかる。若い女性たちから黄色歓声が上がっている。

 イケメンのミカエルが騒がれるのは珍しいことではない。だが、今回の注目のされ方はいつもと少し異なる気がする。


 やがて店内中央の一番目立つテーブルに通される。


「ミカエルこれはどいうことだ……?」


 怪訝な白髪青年に「いやー、実はその……」と金髪眼帯エルフの青年が気恥ずかしそうに鼻の頭を指先でかく。



「ボク、『スイーツの食べ歩き』が趣味でさ……お休みのたびに王都中のスイーツを食べ歩いていたら、いつの間にかスイーツ好きの人たちの間で『スイーツ王子』なんて呼ばれるようになってたんだよね」



「は? なんなのお前? は?」

「引かないでよレヴィンくん!」

「引くだろ。どうせこの店みたいにどこも若い女だらけだろうが? よくそこに男一人で行こうなんて思うよな? 信じられん」


「あー、言われてみれば……でも、ボクは気にしたことはないかな? スイーツを愛する気持ちに女の子とか男の子とか関係なくない?」


「これだからイケメンは!」

「イケメンも関係ないよ。スイーツ愛ゆえにだよ」

 金髪眼帯エルフが切れ長の目を細めながら遠くの空を見やる。


「ボクはね……故郷のエルヴィアンを出る時に決めたのさ。好きなものを我慢しないってね。自分の人生だからさ。自分の本当にしたいことをしようって」


 穏やかな表情と口ぶりだが、揺るぎない意思が感じられた。

 気持ちが分からないでもない白髪青年である。


「好きなものを我慢しないってのは同感だな」

「うん。君のオークションに対する情熱はまさにそれだよね」


 ミカエルがしたり顔で尋ねてくる。


「ついでに君は甘いものもオークションと同じくらい好きだろ? いつも白熊亭で蜂蜜酒ミードを飲んでるくらだしさ。違う?」


「スイーツが好きだと? 硬派なこの俺様が?」

「あれ? 違った?」

「むしろ大好物だが?」

「もう……君こそなんなのさ? 誘って大正解だったんじゃないか」

「でかしたぞミカエル。俺様一人ではこんな店には来れんからな」


 エルフの青年が「君はブレないね」と楽しそうに身体を揺らしている。


「ただし『昼飯スイーツ』を認めたわけじゃないからな。勘違いするなよ?」

「そう? お腹がふくれれば一緒だとボクは思うんだけどね」


 プライベートだからだろうか。こんなにもリラックスしたミカエルの姿を見るのは初めてのことだ。


「そう言えばミカエル。注文は? まだしてないだろ」

「大丈夫。もう来たよ」

「……は?」


 見ると、メイド衣装の女性二人がひどく緊張した面持ちで白髪青年たちのテーブルにスイーツを運んでくる。


「こ、こちら……森林エリアのダンジョンアップルをふんだんに使用した、と、と、当店自慢のアップルパイと!」

「こちらはコカトリスの卵を使用した新作のカスタードプディングでございましゅ! ど、ど、どうぞご賞味くださいませ!」


 メイドたちはたどたどしく説明してぷるぷると震える手で配膳してゆく。

 異様な光景なのだが、ミカエルは慣れた様子で「どうもありがとう」と受け流している。スイーツ王子にとってはよくあることなのだろうか。


「レヴィンくんはどちらが食べたい?」

「ならば……アップルパイを貰おうか」

「了解、じゃあボクはカスタードプディングを貰うね」

「っていうか、どういうシステムだこれは?」

「どういう意味?」


「注文もしていないのにスイーツが出てくるなんて普通じゃないだろ」


「言われてみればそうだね」

「言われなくてもそうなんだよ」


「なんかさ、スイーツ王子と呼ばれるようになってから、なぜかお店側が自慢のスイーツを勝手に出してくるようになったんだよね」


 スイーツ王子にはよくあることだった。


「さあ、それより食べようよ」


 腹ペコの白髪青年はさまざな疑問を一旦放置して「いただきます」とホークをアップルパイに伸ばす。

 だが、ホークの先が触れる寸前に白髪青年ぴたりと動きを止める。


 なぜなら店内中の人間が、いや、店外に並ぶ若い女性たちまでもがレヴィンたちのテーブルに注目していることに気づいたからだ。


 言うまでもなく皆のお目当てはスイーツ王子である。

 当の本人はこの異様な状況に慣れているのだろう。周囲の注目などお構いなしに涼しい顔でプディングを口に運ぶ。


 店内の音が消える。耳鳴りがするような静寂の中、誰もが固唾を飲んでスイーツ王子の反応を見守っている。

 直後である――。


「――うん。すごく美味しいプディングだね」


 そう金髪眼帯エルフの青年がキラキラと輝く笑顔を浮かべる。


 同時である。大歓声が沸き上がる。

 店の従業員たちは涙を流して抱き合い、客たちはスタンディングオベーションで称える。そして、くだんのスイーツ王子はマイペースにスイーツを堪能している。


「な……なにこれ……?」


 状況をまったく理解できない白髪青年は、間違って知らない人間の誕生日パーティーに紛れ混んでしまったかのような違和感にただただ戸惑っている。

 悪い夢なら覚めて欲しい。

 そう切実に願う白髪青年だった。

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