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第38話 さよならバイバイまた明日

 赤髪犬耳少年はガシャンと屋上の柵に背中を預けながらくすりと喉を鳴らす。


「レヴィンさんにぼくが『実は女の子』だってバレた時は心底絶望しましたけど、結果的には良かったのかもしれません」


「俺様はとんだ災難だったがな」

「ぼく的にはレヴィンさんと腹を割って話してみて納得することが多かったです。それと改めて気づかされたことも……」

 ロイスがシャツの上から胸元のペンダントをクシャと握る。


「意地悪なレヴィンさんの《《お陰》》で自分がまだまだ女の子を捨てきれていないことに気づかされたました」


「そうか。俺様に感謝しろ」

「臆面もなく言われると感謝したくなくなるんですが? ただミカエルさんが最初からぼくに紳士的だったのは盾役タンクだからだと発見してくれたことは素直に感謝してあげます」

 そうロイスが頬を緩める。

 ところが、すぐに「あれ?」と小首を傾げる。


「そう言えばジルさんはどうして平気なんだろ? 双剣士ブレイバーのジルさんって『物理系アタッカーの前衛職』って条件に完璧に当てはまりますよね?」


「い、言われてみればそうだな……」

 白髪青年は焦るあまり言いよどんでしまう。


(くそったれまずいぞ……どうする……『そりゃジルも実は女の子だからな』なんて言えるわけがない……なにかそれらしい言い訳をしないと……)


「レヴィンさん? 急に黙ってどうしてんですか? なにか心当たりが?」

 赤髪犬耳少年から詰め寄られ白髪青年は慌てて口を開く。


「まー、その、ジルだからじゃ……ないか……?」


 言い訳失敗である。意味不明である。ところがである。


「あー、そっか。ジルさんですもんね!」


 なぜか赤髪犬耳少年が納得して微笑んでいる。意味不明である。


「ジルさんって毎日たくさんの女の子に言い寄られているのにまったく動じませんもんね。きっとジルさんには『女の子耐性』があるんですよ!」


 意味不明である。


「だな!」


 だが、全力で同意しておいた。

 緊張の糸が切れた反動だろう。白髪青年から大きな欠伸あくびがあふれ出す。


「よーし、そんなわけで俺様は部屋に帰って寝る。眠すぎて気絶しそうだ。だから、もうなにも言うなよ?」


 今日はさすがに疲れた。精も根も尽き果てた。泥のようにベッドで眠りたい。

 白髪青年は屋上の出口にアンデッドのごとき足取りで向かってゆく。


 ところが、そんなすすけた背中の青年を「待ってくださいレヴィンさん!」と赤髪犬耳少年が呼び止めてくる。


「おーけー、おーけー、分かってる。このことは誰にも言わん。安心しろ」


 白髪青年は振り向くことなく応える。


「違います。そうじゃありません」


 白髪青年はめんどくさそうに首だけ捻って背後を見やる。

 すると、まばゆい朝焼けを背にした逆光の少年が、まるでき物が落ちたかのような満面の笑みで叫ぶのである。



「―――ローラ・ローリング! これがぼくの本当の名前です!!」



 白髪青年がめんどくさそうに片手で髪をかき混ぜる。


「……は? なんだ唐突に? 過去を捨てて男として再スタートしたんじゃなかったのか? やっぱり女に戻るのか?」


「いいえ。そんなつもりで言ったんじゃありません」


「だが未練があるんだろ? そりゃあるよな? 胸のこと言われてムキになってたもんな」


「はい。未練がないと言ったら嘘になります」


「まあ、なんだ……俺様からジルたちに『実は女の子』なんだと言ってやろうか? ジルたちは貴様が男だろうが女だろうがきっと受け入れてくれる。俺様ははなっからどっちだって構わんしな」


「ありがとうございます。大丈夫です。気持ちだけ受け取っておきます」

 赤髪犬耳少年が迷いなく首を振る。


「ぼくは『男の子として』この先も生きてゆくつもりです」


「だったらなぜ過去の名前を俺様に告げた?」


「残された未練を断ち切るためのけじめみたいなものです。それと、ぼくの秘密を知ってしまったレヴィンさんだけには覚えておいて欲しかったんです……」


 赤髪犬耳少年が口元に精一杯の笑みを浮かべる。



「かつてこの世界にローラ・ローリングという女の子がいたってことを―――」



 それは触れただけ崩れてしまいそうなもろはかない砂糖菓子のような笑顔だった。

 だから白髪青年は気だるげに吐き捨てる。


「知るかよ」


 白髪青年は一瞥いちべつもくれることなく出口に向かう。そして、去り際にひらひらとおざなりに手を振りながら乱暴に叫ぶのだ。



「じゃあな! また明日な! 《《ロイス・ロリンズ》》!!!」



 バタンと扉が閉まる。残された《《彼女》》はひとりきりの屋上で胸のペンダントを震える指先で握り締め扉をしばらく無言で見つめていた。


 やがて《《彼》》は雲ひとつない鮮やかな空を瞳に映しながら、静かだが意思のこもった口調でつぶやくのだ。


「はい。レヴィンさん。また明日――――」


 柔らかな風が屋上を吹き抜ける。

 風は赤髪犬耳少年の頬を優しく撫でていった。

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