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第35話 超誘惑体質

 朝陽がにじむ城下街の稜線りょうせんを眺めながら、白髪青年は冷えたコーヒー牛乳を火照った身体に流し込む。

 隣には見慣れた『赤髪犬耳少年』が立っている。


「……で? その【超誘惑体質スーパーテンプテーション】という意味不明な単語はなんだ?」


 のぼせた頭に精神攻撃魔法のような言葉を放り込まれてはひとたまりもない。ガチで気絶しそうだった。

 それに他の寮生が朝風呂に来るとも限らない。そこで二人は急いで場所を人気のない学生寮の屋上に移したというわけだ。


 赤髪犬耳少年が長いまつ毛を伏せてぽつりとつぶやく。


「レヴィンさんはぼくたち狼耳族ワーウルフに……『発情期』があるのはご存じですか?」

「愚問だな。俺様のアカデミーの成績はトップクラスだ」

「はいはい。愚問でした」


「発情期は狼耳族ワーウルフに限らず獣人系種族の多くに見られる生理現象だな。時期は春先だったか」


「はい。春先になると狼耳族ワーウルフの女性から男性を誘惑する『フェロモン』が分泌されるんですが、それは狼耳族ワーウルフだけでなく多くの種族の男性に影響を与えるんです」


「実際、アカデミーでも発情期がらみのトラブルは多いらしいな」

「はい。発情期の最中は日常生活に支障をきたすので、獣人系の女性は『抑制剤よくせいざい』を常飲じょういんしているんです」


「ふむ……話が見えてきたぞ。要するに【超誘惑体質スーパーテンプテーション】ってのはフェロモンの分泌量が異様に多いとか、効き目が強力だとか、そういうことだろ?」


「いいえ。それだけじゃありません。ぼくは量が多く効き目が強い上に『年中、フェロモンが分泌される体質』なんです」


「なんだそりゃ。ぶっ壊れてんな。それでまともに生活ができるのか?」

「できると思いますか?」

「すまん。愚問だった」


 赤髪犬耳少年が肺の中身すべて吐き出すかのような盛大なため息を零す。彼女が大浴場で『切実だ』と言った意味を白髪青年はようやく理解する。



「故郷の村でも毎日のように男性から言い寄られて……ぼくを取り合って争いごともしょっちゅう起こるし、村の女性からも嫌われるし、両親や兄妹からも腫物はれものに触るみたいにうとまれるし、本当に最悪ですよ……なんでぼくはこんな体質で生まれちゃったんだろ……」



 辛い過去を思い出したのだろう。赤髪犬耳少年が瞳を潤ませる。


「それで辺境の村から逃げるように王都に来たんです。幸運なことにぼくは【運命の女神ルナロッサ】様から白魔導士ホワイトメイジという優秀なジョブを頂けたので、アカデミーを卒業してプロの冒険者になれば一人でも生きてけるかもしれないって……」


「だが、結局、アカデミーでも村と同じような状況になったというわけか?」


 赤髪犬耳少年がこつんと丸いおでこを屋上の柵にぶつける。


「……はい。所属するパーティーでぼくを巡ってメンバー同士の争いがほぼ必ず起こるんです。他のメンバーはやってられないってみんな怒っちゃうし……」


「ならば『女だけのパーティー』に所属すればよかったのではないか?」

「それが……ぼくの【超誘惑体質スーパーテンプテーション】はかなり強力みたいで女性も一定の割合で誘惑してしまうんです……」

「マジか」


「そうなった場合、正直、男性の時よりも実害が大きくて……女性はお風呂にもぴったりくっついてきますし、ベッドにも潜り込んできますし、実際にそれで何度か寝てる間に押し倒されて――」


貞操ていそうを奪われたと、なるほど!」

「違います! 力いっぱい納得しないでください! く、唇を奪われただけです!」


 赤髪犬耳少年が真っ赤な顔で抗議してくる。

 

「ちなみに抑制剤ではどうにもならんのか?」


「確かに抑制剤を飲めばある程度フェロモンの分泌を抑えられます。さっき男性浴場に入る時も万が一に備えて抑制剤は飲んではいました……」

「なるほど」

「でも、ひとつ大きな問題があって……」

「大きな問題?」


「抑制剤には『睡眠導入』の副作用があるんです。完全に抑えようと思って大量に摂取すると眠くて眠くてまともに戦えないんです」


「致命的だな。回復役ヒーラーがバトル中に居眠りするとかしゃれにならん」

「だから、トラブルが起こるたびにパーティーを脱退をするしかなくて……」

「ふん! 貴様もパーティーを転々とした口か!」

「一緒にしないでください! ぼくは体質、あなたは性格が原因でしょ?」

「馬鹿め! 原因は違っても結果は同じだろうが!」

「まあ、そうなんですけど……」


 言い負かされて赤髪犬耳少年が不服そうに頬を膨らませている。


「だから、入学してすぐにぼくはアカデミーにはいられないと、冒険者を諦めるしかないとひどく落ち込みました。この先、どうやって生きていこうかと途方に暮れていました。そんな時、錬金術師アルケミストのリンダ・リンドバーグ先生が声をかけてくださったんです!」


「リンダ・リンドバーグ……? また噂のマッドサイエンティストか!」


 ジル曰く『肉体を構成する表面上のマナに働きかけて見た目を男の子に書き換えてくれる』という【蝶の指輪(バタフライリング)】の開発者がリンダ・リンドバーグである。


「また……?」

「気にするな。こっちの話だ。続けろ」


「……はい。そのリンダ先生が【超誘惑体質スーパーテンプテーション】に興味があるから研究させてくれと、その代わりに『私がフェロモンを抑制する方法を発見してあげよう』と言ってくださったんです!」


 ロイスがシャツの胸元からもぞもぞとペンダントを取り出す。


「これはリンダ先生が開発したフェロモンの分泌を抑制してくれるオリジナルの魔具マグ――【蝶の首飾り(バタフライペンダント)】です!」


 それは《《見覚えのある》》蝶のデザインがあしらわれたペンダントだった。



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