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敗因:魔法への無防備さ


 気が付くとそこは見慣れた自分の天幕だった。

 身体はどこも痛くないし、なんなら快眠したせいかとてもスッキリしている。最高の目覚めだ。――一騎討ちに負けた、と言う点を除いては。


「あっ、たいちょ!」


 ベッドに寝転がった体勢のまま身体の状態を確認していたアルマに気付いたのか、部下がひょこりと顔を覗き込んできた。

 大きな暗めの黄緑(オリーブ)色の瞳に灰色のふわふわの体毛に覆われたしなやかな身体。二足歩行の大きい猫ちゃん……もとい、アルマの部下で獣人族の小隊長、トマリだ。頭の上でぴょこぴょこ動く丸い耳には獣人族の婚姻の証である青灰色の魔石を嵌め込んだイヤーカフが煌めいている。


「へーきです?痛いとこない?ルネ呼んでもへーき?」

「へーき。なんならすっきりしてる。トマリ、私はどれだけ寝てた?」


 上体を起こしながらそう答えれば、トマリは考えるように視線を上に上げると、ぷらぷらと細い尻尾を揺らした。考えることが嫌いで直感で生きているアルマと同じ性質の彼女である。この反応はおそらく、どれくらい経ったかをない頭で必死に考えているためだ。何かを指折り数えている。そんなにか。そんなに経っているのか?


「……お風呂、13回ぶん……くらい?」

「……お前のお風呂はどのくらいなんだ?」

「5分はお風呂に入ろうね、ってルネが言うから頑張ってる」


 わざわざあの鳴らすやつ使うの!と不満そうに尻尾をぶんぶんと振るトマリ。彼女達猫科獣人は水が嫌いなので風呂を嫌うが、それだと体臭がキツくなって場合によっては戦場で魔物に狙い打ちにされる。

 トマリの夫であるルネが毎回入浴指導をしているお陰で彼女の体毛はふわふわで石鹸のいい匂いがする。彼女もその点は気に入っているようだが、どうにも水は好きになれないらしい。


「5分……ええと、つまり……」


 5分が13回ぶんくらいで……と、アルマも指折り数えようとして15分まで数えた所で諦めた。頭が痛い。無理である。


「……まぁいいか」


 計算を放棄してベッドから立ち上がる。身体の大きいアルマ専用のそれは隊の要であるアルマが常に万全であるようにとルネがこだわり抜いて選んだ寝心地最高の特注品だ。

 何度か伸びをして、身体の感覚を確かめるが特に痛いところはない。服も簡易鎧だけ外された状態だったのでこの格好で出歩いても問題ないだろう。


「ルネ、いる?入って」

「はい。入ります」


 天幕の外に声を掛ければ、すぐにルネが顔を出した。

 つまり、先ほどの頭の悪い会話は聞かれてたという事だ。顔を出したルネの眉間には深いシワが刻まれている。


「トマリ風に言えば、正確には風呂8回ぶん……40分ほどです」

「なんだ、8回と13回じゃぜんぜん違うじゃないか!」

「だぁってお風呂長いんだもん~!!」


 やぁー!と顔を背ける大きい猫ちゃん。仕草はとても愛らしいが、これでも30歳で2人の子持ちである。獣人って年わかんないなぁ、と毎回素直に感動すらしている。


「水が嫌いでも石鹸は使え。お前に何かあったらルネも、帰りを待ってるネネリもリネも悲しむだろう?」

「わかってるけどぉ~!」


 ぶぅ、と膨れる彼女の頭をわしゃわしゃと撫でてやればふわふわで石鹸のいい匂いがする。ルネの指導の賜物だろう。

 ちなみにネネリはトマリとルネの7歳の長女。リネはその2つ下の弟だ。

 アルマの部隊は魔物が多い前線を転々と移動するのでいつからか家族も共に移動するようになった。前線の後方に組立式の住居を建て、遊牧民の様な暮らしを送っているのが現状だ。この前線を魔物に突破されると真っ先に被害に合うのは後ろに控えた家族達なのでアルマ隊の士気はとても高い。


「トマリの風呂はがんばってもらうとして。あの軍師どのは?」

「部下達に天幕設営の指示をした後、ミレー子爵と最新の戦況を確認しています」

「休めよぉ……」


 どういう手を使ったか知らないが救援要請から7日かかる所を3日でやって来て、一騎討ちして、あっさりアルマに快勝して、そしてそのまま戦況確認である。最新の戦況確認は大事だが、それにしたって動きすぎである。後で上からお小言を食らうのはアルマなのでちゃんと休んで欲しい。


「天幕を設営した部下達にはそのまま休息の指示を出していたので、まぁ、大丈夫じゃないですかね。軍師殿のあの様子では」

「たいちょにベタボレだもんねぇ~」

「うっ……」


 ここにこれたの嬉しすぎて元気ありあまってる感じ。と、言うトマリに考えないようにしていた事を指摘され、頭が痛くなってきた。


「しかし、見事に完敗でしたね。全てを力業で解決しようとする隊長にはいい薬になった様なので私としては嬉しかったですが」

「……対人戦……キライ……」


 隊の魔法使いと何度か手合わせしたことはあるが――よく考えればあれも一対一だったので今回のロンディートと同じ目的だったかも知れない――、あそこまで手も足も出ないなんてことはなかった。なんなら快勝した。

 常に身体強化しているアルマの身体は皮膚から内蔵に至るまで頑強で多少の魔法では傷1つ付かない。人が活動する上で必要な呼吸を攻める、と言うやり方は誰も取らなかったし、そもそも思い付きもしなかっただろう。


「自分の魔法をたいちょがどんな手で叩き落とすかーって、めいっぱい楽しんで、それから一瞬で意識落とすんだもんねぇ……」

「そうですね。あ、隊長。件の魔法は既に解除していただいたので大丈夫ですよ。後で対処法について講義いただけるようですのでちゃんと受講しましょうね」

「わぁい……うれしーい……」


 さすが天才軍師様はアフターフォローもバッチリである。


「加えて、今回の件で魔法に対する危機感が足りなすぎるので早々に幹部を集めて基礎の基礎から講義いただけるそうです。魔物の知性も高くなってきていますし、小隊長以上は必ず受講するように、と」


 ちなみにアルマ隊の編成は隊長アルマ、副隊長ルネ、その下に7人の小隊長、更に7人の分隊長……となる。幹部は小隊長以上の9人だ。

 余談であるが、分隊は7人、小隊は7人×7分隊の49人、部隊は49人×7小隊の343人。そこに隊長副隊長を含めた345人がアルマ隊の基本人数となる。ここに予備兵や補給兵が加わり、400人近い。規模としては連隊ぐらい、と言った所だろうか。

 

「やだーーーー!!!!!」

「やだじゃありません」


 真っ先に悲鳴を上げた妻トマリにぴしゃりと言い放つ夫ルネ。魔法使いばかりの小隊も2隊存在するが、それでも脳筋ばかりのアルマ隊はとにかく隊長を筆頭に頭が弱い。戦略?知らん。とにかく突撃して薙ぎ払え!の猪突猛進型の集まりだ。弱点は言うまでもなく数字とか事務作業とか、椅子に座って頭を使うこと全般である。

 ルネはその現状を憂慮し、12年前からアルマの弱々な頭を助けるために猛勉強して今の地位に就いた秀才だ。魔法を除いた戦闘力はおそらく隊最弱であるが、頭の良さは一番だ。


「なお、"早々に"と述べましたが、軍師殿は許されるならこれから直ぐにでも、と仰っています。隊長も元気そうなので今すぐ開催することに決めました」

「ちょ」

「行け!ダグ!!」


 止める間もなく天幕の外に叫んだルネに答えるように短い返事と走り去る足音が聞こえた。あれはルネの下で働く補給兵のダグ(犬科獣人で足が速い)だろう。直属の部隊は持たないルネだが、補給部隊を一手に取り仕切っているので平時は彼等がルネの手足になることが多い。


「では隊長。身なりを整えて外へ。青空魔法教室と洒落込みましょう」


 にこりと笑って(口端を僅かに上げ、目元を緩めたくらいだがこれが鉄仮面ルネの満面の笑顔だ)告げるルネに、アルマとトマリは情けない悲鳴を上げて抗議することしかできなかった。





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