鬼将軍VS天才軍師
試合開始の合図と同時に杖を構えたロンディートが杖を振った。何か小さい無数のものがすごい勢いで飛んでくる。速度からして風の力を利用しているのだろう。
小さすぎて見えないのでその場から右に避け、それでも顔に当たりそうなものを重点的に叩き落とした。いくつか身体に当たったが貫通力はなく、小石が当たるよりも軽い感触にアルマは首を傾げる。
瞬間、地面や身体から植物が生えた。それはアルマを捕らえるように巻き付き、動きを封じるようにぐんぐんと太く成長する。
「大樹のやつかぁ!」
この世界の中心にある世界を支える大樹、世界樹。それを管理する大樹の精霊の得意とする魔法が植物を急成長させるものだ。名前は覚えられないのでアルマは「大樹のやつ」と大括りで呼んでいる。当然ながら隊の魔法使い達には不評である。
ロンディートが飛ばしてきたのは植物の種だったのだろう。それが、アルマの周囲に着弾し、拘束しようと一気に成長した。植物の拘束は確かに1対1では有効だろう。――相手がアルマでなければ。
「隊長ぅ!!」
外野から黄色い悲鳴が上がった。アルマが成長する植物を物ともせずブチブチと引きちぎりながら移動したためだ。
「ああ!アルマ殿!流石です!!素晴らしいです!!」
なぜか黄色い声の筆頭は恍惚とした表情のロンディートだ。植物が駄目だと見るや、今度はアルマへの賛辞を叫びながら礫弾を飛ばしてきた。勿論、アルマの敵ではないので簡単に叩き落とす。
「素晴らしいです!これはいかがです……か!」
楽しそうにロンディートが杖を振るとアルマの足元がぬかるんで体制を崩した。アルマに原理は分からないが、これはロンディートが飛ばした礫弾を媒介にアルマ周囲の地面の水分量を調整したせいだ。大地と水の複合魔法なので地味だが高難易度の魔法だ。
「隊長ぉー!!」
きゃー!!と野太い悲鳴が上がった。
ぬかるみに捕らえられたアルマの足元からパキパキと氷が上がる。
「やった、固くなった」
ぬかるみも凍ったので逆に抜けやすくなったアルマはバキバキと凍った泥から足を引き抜く。蔦よりは固くて少し力が必要だったが苦戦はしなかった。
「素敵です!砕けた氷がキラキラと陽の光を反射して貴女の魅力を引き立てていますね!絵画にしたいくらいです!!」
「わかるー!!」
「……なんで?」
アルマの一挙手一投足にイチイチ賛辞を送るロンディートにいつの間にか部下達の一部が賛同するように野次を飛ばしている。言ってることも含めてワケが分からない。
「お前達は誰の味方なんだ!!」
叫んで、飛んできた今度は人の頭ほどありそうな大きさの岩を叩き落と――そうとして、拳が触れる直前でその岩は液体のようにぶわりと広がり、アルマを包み込んだ。
恐らく、砂。これはたぶん大地と風の複合魔法だし、先程からほいほいと属性の異なる魔法を無詠唱で操れるのはさすがは叡知の子である天才軍師様、と言った所か。簡単にやっているが相当に高難易度だ。
砂はアルマの視界を塞ぎ、身体に絡むように纏わり付く。吸い込むのが嫌なので咄嗟に息を止め、アルマは大きくその場から飛び退いた。
視界が一瞬開けるが、すぐに砂が追いかけてくるのを見ながら視界が埋まる前に打開策を探し、再びそちらに向けて駆ける。
「借りるよ!」
駆けた先、周囲を囲む部下から奪い取ったのはなんの変哲もない外套だ。隊支給品で森の中で保護色になる深緑色のそれはフードつきで足捌きを楽にするために腰くらいまでの長さが基準だ。
それを引っ掴み、ぶんぶんと振り回せば視界を塞ぐ砂が散っていく。やはりこう言った事に対処するためにすぐ取り外せる面積の広い布は装備として必要かなぁ、と考えつつ迫り来る砂を散らしていると、決定打に欠けると判断したのかロンディートが砂の操作を止めた。
「流石ですね、アルマ殿。毎秒惚れ直します」
「正気ですか?」
にっこりと微笑んだロンディートにドン引きしながら答えれば、彼は勿論ですと恍惚とした表情を浮かべた。かわいそうに。正気じゃないようだ。
「5分過ぎましたよ」
そんなロンディートにあと半分です、とルネが注意を促す。
おや、と表情を引き戻したロンディートはしばらく思案するように杖でトントンと肩で叩くと、それから困ったように眉を下げた。
「楽しい時間は矢のように過ぎますね。残念です。許されるならこのまま貴女と戦っていたいですが、私は勝たないといけないのです」
すごく残念そうにそう告げて、すい、と杖が振られる。先ほどから全く詠唱をしていないので相当な使い手だ。隊の魔法使い達が羨望の眼差しで見ている。
「――ん?」
ふと、違和感を感じた。
急に息苦しさを感じ、アルマは眉を寄せる。不快に思った時には頭痛と吐き気が襲ってきた。
「隊長?!!」
喉を押さえ、思わず大きく息を吸ったアルマに、部下達が驚いたように声を上げた。
息を吸っても息苦しさは消えず、吐き気も治まらない。なんならちょっと眠気も顔を出してきた。未知の体験に、脳内に疑問符を浮かべながら力が抜けそうな足を踏ん張ってどうにかその場に立つのがやっとだった。
「風の精霊王が満たした大気には生物が呼吸するために必要なものが含まれているそうです。その濃度を風の魔法で調整すると……」
困ったように眉を下げたロンディートがトン、と杖で地面を叩くと急に呼吸が楽になり、たまらず大きく息を吸う。先程とは違って新鮮な空気が肺を満たし、思わず咳き込んだ。
「このように、アルマ殿でも対処が難しいのです」
密閉した部屋で火を焚いたり洞窟の深部などに大勢で行くと意識が遠くなるのと同じ原理です、と説明するロンディートの顔は晴れない。そっちが有利なのにどういう了見だ。
「……これ、私を起点に発動してる?設置型……か?」
「はい。貴女を起点に。先程挨拶をした際に少し」
独り言のつもりで呟いたらあっさり種明かしが返ってきた。
ロンディートが自らの手の甲に唇を落とす仕草に、脳裏を過るのは敢えて記憶の片隅に追いやった例の物語に出てくるような光景だ。
「魔法使いに握手を求められたら軽率に応じてはいけませんよ」
すまなそうにそう告げられ、ちょっとイラッときたが言ってることは正しい。魔法への警戒心が薄いのは魔物暴走以降知能が低い魔物ばかりを相手にしていた弊害だろう。
「なるほど。次から握り潰しますね」
拾い上げた手頃な拳大の石を右手で握り混めば勢いよく粉砕した。これならひ弱な魔法使いの骨など粉微塵である。
掌からパラパラとこぼれ落ちる砂(元石)をロンディートが恋する乙女のようにキラキラした潤んだ目で見ている。自分で言うのもなんだが、趣味が悪いにも程がある。
「――さて、アルマ殿。降参してくださるととても助かるのですが?」
アルマの冷めた眼に気付いて意識を引き戻したらしいロンディートがひとつ咳払いをしてから提案してきた。
魔法の知識に乏しいアルマが自分起点の魔法を解除するには力業しかない。力業。つまりは起点となっている右手を切り落として遠くに放り投げるに限るが、あいにくと手合わせ程度でその選択肢を取るとこはできない。(なお、戦場でならためらい無くやっている)
ならば取るべき手は何か。――そう、やはり力業しかない。相手が魔法を発動するまもない速さで全力で飛び付いて、地面に転がす。これである。
「部下達の手前、薄い勝機だとしても勝利を諦めるなんてことはしないですね」
「そう仰ると思っていました」
残念です。そう告げたロンディートの言葉を待たずに飛び付こうと足に力を入れた所で、アルマの意識はぶつりと暗転した。




