憂いは潰して更地にしました
求愛された。
いや、正確には求愛するために一騎討ちを申し込まれた。
何を言っているか分からないだろうが、これは事実である。
「……………いや、なんで?」
騒々しい外野をものともせず一騎討ちを申し込んだ当人は変わらずにニコニコと笑っている。
色恋に縁遠いアルマが知らないだけで世間の一般常識ではこれが当たり前なんだろうか。いや、外野がやかましいので多分当たり前ではない。
「隊長」
頭が疑問符で埋まるアルマを見かねて、後ろに控えた副隊長が声を上げた。
「ルネ。どうしよう」
「そんなすがるような目で見つめられても私は何もできませんよ。というか、こうなったのは隊長が原因です」
「えっ」
予期せぬ言葉に思わず声を上げれば、遠巻きに様子を伺っていた部下たちから呆れたような溜め息が溢れた。目の前のロンディートは相変わらずニコニコと笑っている。
……いや違う。愛しいものを見るような目付きで微笑ましく笑っている。むず痒くなるのでそんな目で見ないで欲しい。
「いや、なんで?」
元々ない語彙力は混乱で空の彼方に吹っ飛んだまま帰ってきていない。副隊長――ルネは同じ言葉を繰り返すアルマに呆れたようにその切れ長の青灰色の目を細め、掛けた銀縁の眼鏡を直しながら深々と息を吐いた。
「"私が結婚するならそれは私を倒した相手だろう"と、そうのたまったのはどこのどなたですか?」
「……記憶にないけど私か」
そもそもその手の話題を避けに避けまくってるのが今のアルマなのでそんな発言をした覚えはカケラもないが、その脳まで筋肉で満たされてるような考え方はまず間違いなくアルマの発言だ。おそらく今似たような話題を振られても真面目に考えるのも答えるのも面倒くさくてそう答えるだろう。
「そうですね。酒に呑まれて出来上がってましたが12年前の祝賀会でハッキリとそう宣言して、以来皆さん律儀に貴女に挑んでは気付かれずに敗退しています」
「えっ」
12年前の祝賀会、と言えばアルマがやらかして王都出禁となった(※自主的に)魔物暴走の戦勝パーティーである。
それにしても、聞き間違えでなければ"皆さん"と言わなかっただろうか。アルマの反応に部下たちも気付いてなかったか、とでも言いたげに苦笑いを浮かべている。中には天を仰ぎ涙する者もいる。あの辺の兵士達とは確か何度も手合わせ(だとアルマは思っていた)をしていたはずだ。
「それは、つまり……」
「つまり、皆さん魅力的な貴女の心を射止めようと必死に挑んでいましたが全く伝わっていなかったと言うことですね。私がこうして求愛できるようになるまで変わらず居てくれて助かりました」
ニコニコと笑いながらロンディートがアルマの言葉に続いた。鈍感なアルマでも分かる。これは嫌味だと。
「さてアルマ殿」
「ひゃい!」
頭を抱える部下たちをどうしたものかと考えていたらロンディートに名を呼ばれ、アルマは慌てて姿勢を正した。脱線していたが今正に一騎討ちを申し込まれているのだ。
ロンディートがアルマの名を呼んで差し出したのは筒だ。豪華な装飾のそれは、アルマも大いに見覚えがあった。無駄に華美で派手で装飾過多なそれは、見栄っ張りの王が自らの命令が記された紙を入れるために特別に作らせた、趣味の悪い専用の筒である。しかもこれ、傷を付けたら修繕費分の減給である。戦場で取り扱うものなのに理不尽極まるのでアルマは良い印象を持ってない。
情報が錯綜する戦場において言った言わないは死活問題となるため、簡易な通信魔法ではなく、大事な命令等は形に残すためにこの形式で正式に届くことが多い。それが、豪華なものと、簡素なもの(簡素でアルマはこっちの方が好きだ)とで二本あった。
「こちら、我が隊の派兵に関するいつもの王命です。適当に処分してください」
ぽん、とロンディートがルネの手に置いたのは装飾が豪華な方だった。王命が入っているので例え戦場でもおざなりに渡して良いものではない。なにせ傷ついたら理不尽な減給である。
「そしてこちらが本題。王から派兵の命を頂く際に公証人に作成してもらった誓約書です。内容は簡潔に言うと貴女が例え私を殺してもお咎めなし、と言った内容です。ちゃんと王の認可もあります」
「はぁ?!!」
とんでもない発言にその場のほとんどが声を上げた。
公証人を立てる誓約書、とは魔法で行うもので絶対の効力があるものだ。それは誓文を取り下げない限り有効で、無理に破ろうとすると命を落とす危険があるほど協力な誓約となる。
「私を殺しても問題ない」なんてぶっ飛んだ誓文を、しかも王の認可を受けて作成した話は当然ながら聞いたことがない。
「これでうっかり手が滑って私を殺しても大丈夫ですので、心置きなく一騎討ちができますね」
憂いは先に潰して更地にしておきました、と笑顔でのたまうロンディート。用意周到にも程がある。
なお、「断るにはその手があったか!」と思ったのは内緒である。結局その手も潰されてるので今気付いても意味がない。
「……うっかり手が滑ることはできるだけしたくないので、ちょっと内容を詰めさせていただいても?」
これは逃げられないと腹を括ったアルマはロンディートから受け取った筒の中身を確認し、一度大きく息を吐いてから貼り付いた笑顔でなんとかそれだけを告げた。




