花束と書いて果たし状と読む
「……えーと、ロンダル……軍師、どの?」
一連の流れを振り返り、少しだけ心が落ち着いた所でアルマは目の前の男に視線を戻した。呼び名を「様」にするのか「殿」にするのか「卿」にするのかそれとも「ロンダル子爵令息」とするのか迷ったが、正解が分からなかったのでとりあえず役職で呼んだ。
ロンディートの後ろで面白そうに顔をニヤニヤとさせているミレー子爵やたまに戦場で顔を会わせる我が国の将軍閣下相手なら許可を得ているのでこれで問題ないが、目の前の男はどうだろう。
「ぜひロンディート、なんならロディと」
「いや、あなたお貴族様じゃないですか。さすがに……」
「隊長!!」
思わず出た突っ込みを後ろに控えた副隊長が悲鳴のような叱責で諌める。言葉遣いが粗暴になるよりも前に、平民の前に貴族が膝をついて花束を差し出しているこの事実の方が問題である。
更に言えば敬称なしやましてや愛称でこの国を支えるお貴族様を呼ぶなど不敬罪まったなしだ。こう言うのは例え当人が許そうが回りが許さない。
話題を逸らそうと、顔を真っ青にする副隊長にひらひらと手を振り、アルマはその場に膝をついた。
「……ええと、とりあえず立って頂いても?」
「花を受け取ってくださるのなら」
とりあえずは膝を付かせたままなのをどうにかしようと起立を促せば笑顔でそう返され、アルマは困ったように眉をひそめる。
おそらく一般的な成人男性の平均よりは遥かに身長があるロンディートだが、目測で2mはなく、アルマの前では小さい。まぁ、アルマにしてみたら大体の人族は小さいが。
「この花を受け取ったら求愛を受け入れろ、と言う訳ではありません。この程度で収まりませんが、これは私の決意の現れなのです」
そうアルマを見上げながら告げるロンディートの瞳は真剣だ。それに、と彼は言葉を続け、ちらりと後方に控え、いくつかの箱を抱えた彼の部下達に視線を送った。
「この花は内包する魔力が豊富で単独でも精製すれば回復薬となります。更にこちらに持参した各種薬草等々と合わせて調合すれば高品質の回復薬となります」
「おお……」
「無駄がない……」
さすがだ、と外野がざわめく。
戦場において花束など腹が膨れないし無駄に場所を取るだけの無用の長物だが、そこに涸渇しがちな「回復薬」という役割があれば話は変わる。魔物暴走が懸念される位である。回復薬なんていくらあっても困らないので受け取らざるを得ない。
「蜜も甘いので飲料に混ぜれば嗜好品として使用できます。心を落ち着かせる作用があるので休む前に飲むとよく休めますし蜜自体に抗炎症作用もあります。また、回復薬はこの花束で貴女の隊の半月分を賄えます」
「……完璧……」
受け取らない理由がない現状に、思わず後方の副隊長が呟いた。補給の管理をしていてこの隊一番頭の回る副隊長だ。回復薬の残量は誰よりも知っている。
「………貰っ……じゃなくて、ちょうだい?いたします」
「嬉しく思います」
諦めてロンディートから花束を受け取ったアルマはそのまま彼に起立を促し、漸く腰を上げたのを確認してから自らも立った。
膝を付いた状態でもかなりの身長差だったが、立つと尚それが如実に現れる。威圧感を与えないようにと一歩下がれば、ロンディートが一歩距離を詰めてきた。そのまま一歩、二歩と後退する度にロンディートが同じだけ距離を詰め、すぐにアルマの後ろに控えた副隊長の前まで達し、アルマは困ったように眉を下げた。
「アルマ殿」
笑みを絶やさず距離を詰めてくるロンディートはちょっと怖い。見上げてくる薄紫色の瞳は全てを見透かすように真っ直ぐにアルマを捕らえている。
「こういう時貴族は様々な比喩を用いて告げるものだ、と叩き込まれていますが貴女は平民。貴女には常に率直に告げさせて頂きます。私が貴女に告げる言葉に含みも、裏の意味も、一切存在しません」
「それは……とても助かります」
貴族特有の言い回しに苦い記憶のあるアルマはロンディートの言葉に素直に喜んだ。
「それを踏まえていただいた上でひとつ」
きらり、と見上げてくる薄紫色の瞳が煌めいた気がした。
「貴女に求愛するために一騎討ちを申し入れます」
さわやかに告げられた言葉にアルマが驚きの声を上げるよりも先に、周囲の野次馬達からの怒号のような、または悲鳴のような――もしかしたら両方かも知れない――声が周囲を震わせた。