一撃必殺の士気高揚方法
神龍バァドゥルヴを寝ぐらからおびき出した際に弱らせるための罠をロンディートが設置し終え、マレズテレサが隠蔽の魔法で姿を眩ませ、準備が整った。
魔樹が移動してできた広い空間に陣取ったアルマとロンディート――と、少し離れた所に魔法で姿を眩ませたマレズテレサ――はバァドゥルヴの寝床である洞窟の入り口を正面に見据えている。位置は広場の中央よりも洞窟から離れた所だ。
「では逆鱗の封印を解放します。罠が色々と発動すると思いますが、アルマ殿には発動しないので安心してください。ただ、余波があるので広場の中央より前には出ないようにしてくださいね」
「……中央より前にはこちらに影響が出るほどの罠が?」
「神龍って頑丈ですからね」
念のためです、と笑うロンディート。この男を敵に回してはいけない。そう心から思った。
「マレズテレサ様は大丈夫なのですか?」
「あの方はご自身でどうとでもするので問題ありません。私ごときの魔法で龍姫がどうにかなるなど、心配する方が失礼と言うものです」
マレズテレサは姿を眩ませてしまったのでアルマ達……いや、ロンディートは分かるかもしれないが、少なくともアルマはどこに居るか分からない。姿を眩ませる前に「好き勝手に暴れろ」とのお言葉はいただいたのでロンディートが言うように問題はないのだろう。
「……じゃあ、全力で行きますか」
「援護はお任せくださいね」
杖を軽く上げて胸を叩くロンディート。罠の設置をする前にアルマに数珠のように連なった魔石の残りと防御用やら強化用の各種魔道具を渡してきたのでアルマは装飾品過多になっている。
首から下げた魔石の他に肌に触れないように布にくるんで鎧と服の隙間にねじ込んだりしているのでちょっとだけ普段より身体が重い。アルマ自身に魔法をかけるのは非効率なので結局魔道具に頼らざるを得ず、こんな状況だ。
「頼りにしてますね」
様々な所で挙動に難ありだが、色々と手を尽くしてくれるロンディート。そう言えばマレズテレサが姿を眩ます前に「一撃必殺の士気高揚方法」を助言してくれていた。試すのはアルマの心情的にとてつもなく躊躇われるが、これで士気が上がって勝率が上がるならやらない理由はない。何せ、一言告げるだけでいいのだ。
「――ロディ」
ロンディートが初対面の時から愛称呼びを求めていたが、アルマはことごとく回避してきた。「ここで一発かまして奴の士気を大いに高めるがいい」と言うマレズテレサの助言である。
「――っ!」
ロンディートは驚いたようにその薄紫色の目を丸くして数秒動きを止めた。
文官らしい日に焼けてない白い肌が綺麗に真っ赤に染まる様子をただ観察していたアルマではあるが、やはり何でこの一言でそんなに動揺するのか分からない。ただ愛称を呼んだだけなのにこの反応である。
「はい!はいっ!!それはもう!!」
ワァ、スゴイゲンキ。
マレズテレサの助言通り、たった一言、本人ご希望の愛称で呼んだだけで士気がぶち上がった。あまりにもチョロ……いや、それでいいのか軍師どの。
「はりきりすぎてヘマしないでくださいね、軍師ど」
「ロディで!」
食い気味に訂正された。ここで断ったら一気に士気が下がりそうである。
「…………ロディ」
「はい!お任せください!アルマ殿!」
嬉しそうに笑ったロンディート。セルゲイに見せていた年相応の表情でちょっと可愛いな、と思ったのは本人の名誉のために黙っておくべきだろう。
それはそれとして、こちらが愛称で呼んでいるのに相手(※身分が格上)が敬称付きなのは大問題である。
「私に愛称を呼ぶ事を求めるなら、あなたも敬称と敬語は外してください。私が偉い人に怒られます」
「いえ、でもこれはもう幼い頃の憧憬とか、様々な感情が入り乱れて畏れ多いと言うか……」
「そうですか。それは残念です。では頑張りましょう。軍師どの」
「ぐっ……!!」
呼び方を戻したらとてつもなく絶望したような表情を浮かべたロンディート。少しだけ悪いとは思ったが、身分差の壁は高い。当人が良いと言っても駄目なのが脈々と強く根を張った身分差の壁である。そう簡単には壊せない。
じゃあ二人だけの時に呼べばいいじゃないか、と言う話になるかも知れないが、そんな器用なことアルマにはできない。うっかり公の場で呼びかねないなら最初から呼ばない方が安心安全である。
ロンディートは深く眉間に皺を刻むと、なにやら葛藤するようにしばらく唸り、それから観念したように両手を挙げた。
「………わかり、いえ、分かったよ。アルマ」
「はい。頑張りましょう、ロディ」
ようやく敬語が取れたのでこちらも愛称呼びに戻した。
愛称を告げただけで嬉しそうな顔を隠しもしないのは可愛らしい。その道のお姉さま方が見たら目の色が変わりそうだ。普段ツンケンしていたり、キリリとしている子が見せる年相応の表情について以前酒の席で熱く語られた事がある。その時は理解できなかったか、今はちょっとだけ分かった気がする。
「できれば敬語も外して貰えると嬉しいのだけれど……」
「それはあなたが貴族で私が平民である限りムリですね。諦めてください」
嬉しそうな笑顔を見せていたロンディートだが、少し困ったように眉を下げてアルマの顔を見上げてきた。あざとい。顔の良さを分かっている。あざとい。アルマは人の美醜に興味がないのであまり効かないが、それでも見上げてくる美形の顔はちょっと心臓に悪い。
だが、おねだりするような要望は勿論却下である。何度もしつこいが、本人が許しても身分差がそれを許さないのだ。
「なるほど。身分が揃えば吝かではないと?」
「やぶ……?まぁ、そうですね。少なくとも偉い人に怒られないですし?」
アルマの答えに、きらり、と見上げてくる薄紫色の瞳が挑戦的に輝いた。
…………返答を間違ったかも知れない。
「身分を揃えるには私が平民に身を落とすか、アルマが私と結婚して貴族籍に入るかどちらかとなるのだけれど……」
「………叡知の子を平民にはできないと思います」
叡知の子は国に1人いるかいないか、らしい。それだけ珍しいので平民に生まれれば国が引き取ってどこかの貴族の養子にして囲い込み、簡単に国から出ないようにするのが普通なのだそうだ。だから本人がどんなに嫌がっても貴族籍から抜けることはできないだろう。
叡知の子であることは生まれ持った色で一目瞭然だし、物心ついた頃には既に国に自由を握られていると言うのはなんだかムズムズする。貧相なアルマの頭ではその苦労は想像できないが、生き辛そうではある。
「貴族らしい事はしていないので個人的には平民になりたいのだけれど、それはアルマの言う通り難しい……」
ではどうするか!
ずい!と、ロンディートがアルマの顔にその端正な顔を近付けてきた。美形は近くで見ても美形である。肌のきめ細かいことこの上ない。
「…………ケッコン?」
「その通り!」
「ひえ……」
流れるように手を取られて唇を落とされた。しかし目線はアルマから逸らさず射貫くように見つめてきている。初めて会った時と同じ狩人の目である。
「アルマ、今、私達は人には過ぎた大事に挑もうとしているね」
「え、あ、はい、そうですね」
「大事を成すには素敵な報酬が必要だと思うのだけれど!」
「まぁ……そうですね」
そういえばアルマはマレズテレサから色々と貰ったが、ロンディートは皆が一律で貰えた魔石のみである。他の皆はともかく、アルマと同じく直接神龍と対峙するのに、アルマと比較するとあまりにも褒美が少なすぎる。
今回の件で人族の中で一番私財を投入しているのも労力をかけているのもおそらくはこの軍師どのである。(※累計だと国には敵わないので魔物暴走が疑われたここ最近、とする)
国より多いってどういうことなんだろう。我が国の立場が無さすぎる。そりゃぁ、王族の弱みも握りたい放題だ。
「では、もし私達2人でマレズテレサ様の助力を受けずにバァドゥルヴを下したら!結婚を考えてはくれませんか?」
「2人で……?」
おおぅ、ついに軍師どのがグイグイくるようになった。お手柔らかにするとか言ってた気がするのに距離の詰め方が急すぎる。それに敬語が戻っている。
「私と家族になる事を考えて欲しいのです」
見上げてくる薄紫色の瞳は真っ直ぐで真剣だ。
それに「恋人」でも「夫婦」でもなく、「家族」である。色恋を面倒くさがって遠ざける癖のあるアルマではあるが、孤児なので家族への憧れはそれなり……いや、かなりある。
そんなアルマののツボを絶妙に突いたその言葉は正に最適解だった。
「いいですよ」
だから、わりと反射的に頷いてしまった。
弱っているとはいえ、たった2人で神龍を倒せるなんて思ってもいない。ならばロンディートの士気が更に上がるみたいなので頷くに限る。そんな打算もあってうっかりポロリと、反射的に頷いてしまったのだ。
「ほ――本当、ですか?」
「ええ、まぁ」
2人で倒せるわけないですし。
さすがにその返しは予想外だったのか、虚をつかれたように目を丸くして聞き返してきたロンディートに、そんな言葉を飲み込んで頷く。
ロンディートの顔がみるみるうちに高揚し、喜色満面になった時、場に水を差すように声が響いた。
「もう言質を取ったので良かろう。私は待ちくたびれた。さっさと挑め」
「あっ」
「ちょ」
すっかり忘れ去られていたマレズテレサの声がどこかから聞こえ、ぱちりと鞄の鍵が開けられる音がした。
止める間も、勿論構える間もなく鞄の蓋は勝手に開き、神龍の逆鱗が解き放たれた。途端――
ドズン、と地面が揺れ、アルマとロンディートは反射的に武器を取った。




