前準備は入念に。
湖の近くに着き、ようやく高度を落としたお陰でロンディートはアルマから解放された。数珠のように連なっていた魔石は半分以上減っていた。一体この空の旅でどれだけの資産が弾け飛んだのかアルマは怖くて聞けない。
絨毯は上空5m程のところで滞空している。万が一落ちても頑丈なアルマはちょっと痛いくらいで済む高さなのでようやく絨毯の上に立つことができた。おそらく立つことを想定して作られていないので立ちづらいにも程がある。両足を開いて踏ん張らないとバランスを崩すので必然的に仁王立ちになる。
マレズテレサが立っているので下々が座っている訳にはいかない。操縦者のズィニーダ以外は全員絨毯の上に立ち――つまり、仁王立ちの状態である。
「あの洞窟に凡骨が居るな」
マレズテレサが指したのは湖の近くにある洞窟だ。
険しい岩肌がむき出しとなっている霊峰に空いたそれは、洞窟と言うより雑に掘削したような大穴のようだ。自然にあんな大きな穴が空くとは考えづらい。
「寝床確保のためにブレスか何かで掘削したようですね。長い年月が経っているので魔鉱が所々にできています。もしかしたら魔宝石もあるかも知れないので一財産築けそうですね」
魔法で視力を強化したらしいロンディートが洞窟の入り口にできている魔鉱を見付けたようだった。
「竜の寝床って財宝のイメージあるけど、あれなんなんでしょうね」
アルマがかつて倒した翼竜もそうだったが、寝床には大量ではないものの、魔鉱や魔宝石の原石が転がっていた。おとぎ話でも大体の竜は財宝を収集している話が多い。
「食料だな。魔鉱や魔宝石は魔素を手っ取り早く消化できる。神龍族くらいになるとそれより普通に肉が旨いので食べないが」
「つまり、財宝を溜め込むのは食料として……?」
「少なくとも人語を話すまでに至らない竜種共はそうだな」
「もったいない……」
マレズテレサの言葉にぼそりとトマリが呟いた。確かにもったいない。
「竜種は生きるだけで魔力をどんどん消費する。上位種であればそれは顕著だ。その辺の魔物では腹は満たせても魔力はそう簡単に満たされないからな。生きるためには食わざるを得ないのだ。とは言え、不味い事に変わりはないので基本的に本当に困った時の非常食として溜め込んでいる」
やはり魔鉱って不味いんだ。そりゃそうだ。あれは魔素が結晶化したものだが、要は石だ。たぶんバリボリいけても美味しくないと思う。
「バァドゥルヴは自分の垂れ流した魔力でできた魔鉱や周辺の進化した魔物を補食して生き長らえていたようですね。栄養状態は宜しくないでしょう」
「うむ。近くで視た感じ、瀕死だぞ。ブレスも吐けそうにないな」
洞窟の周囲を眺めていたロンディートの言葉に、面白そうにマレズテレサが笑って応えた。
「ブレス、無理そうですか?」
「アレは魔力に物言わせて魔力の塊を吐き出すモノだからな。吐いたら魔力がごっそり失われて生命維持が難しくなる。これだけしぶとく生き長らえているのだから、吐くことはなかろう」
「なら、だいぶ楽になりそうですね」
竜のブレスは厄介である。ただ、翼竜程度のブレスは魔法を見慣れていればさほど驚異ではない。上位種になるほど威力と大きさが変わるらしいので、なければそれに越したことはない。
「ズィニ、フィーカは上空で待機して索敵。マルスとトマリはそこの木の上に待機。トマリは映像魔道具を操るマルスの護衛だな。どちらの組も処理できそうな魔物が近付いたら無理のない範囲で処理すること」
ブレスがなければ多少近くても問題はないだろう。アルマは部下達に指示を飛ばし、撮影班の2人は近くの大きな広葉樹に隠れるように指示を出した。
「承知しました」
「雑魚の相手はお任せください」
いよいよ作戦開始が近付き、返事をした部下達の表情と声が固い。唯一、トマリだけは楽しそうに爛々と暗めの黄緑色の瞳を輝かせている。彼女も戦闘民族の類いなので開戦前はだいたいこうだ。
「トマリはルネがいないんだから無理しないこと」
「たいちょ、まっかせて!すっごいのもらったから!」
自信満々に本日の獲物を見せるトマリ。ロンディートが索敵組に支給したというそれは最新式の魔道具だ。連射式の機械弓に風の魔石が取り付けられており、矢を射出すると風の魔法の力で物凄い勢いで矢が目標に命中する。試射を見たが、岩に穴が空いていた。恐ろしい武器である。
矢は屑魔石が取り付けられた専用のもので、屑とは言っても簡単な硬化の魔法がかけられている。そのせいで岩も穿つらしい。
風の魔法で射程もただの機械弓の倍以上に延びたため、樹上からの狙撃には向いているだろう。
「トマリはまずマルスを守ることに注意しろよ」
「頼みますね、小隊長」
「まっかせて!」
根拠のない自信が少し不安である。ルネなら上手く手綱を取るのだが、アルマはルネほど上手く気分屋なトマリの操作をすることはできない。
そんな不安を抱えながらも、3つに別れた神龍調伏隊。上空警戒組に地面に下ろしてもらい。地上に居るのはアルマとロンディートとマレズテレサだけとなった。踏みしめても揺るがない、固い地面がとてつもなく嬉しい。
「私達はこの開けた場所でバァドゥルヴはおびき出します」
そう言ってロンディートが収納魔道具から取り出したのはバァドゥルヴの逆鱗が入った鞄だ。
「わざわざ懐に入ってあげる必要はありませんからね」
「あぁ、開くと一目散に来るって言う……」
今は闇の魔石がバァドゥルヴの魔力を隠蔽しているが、鞄から出すと逆鱗を回収しに一目散にやってくる……らしい。
確かに洞窟に入るよりもおびき出した方が安全ではある。洞窟で神龍が暴れたら崩れた瓦礫でぺしゃんこ……なんてことにもなりかねないのだ。
「何と言ったかな。"コカトリスの尾が野菜を呑んでる"?」
「あぁ、丸のみにした野菜とコカトリスの肉やら卵やらで晩餐が出来るってあれ……」
コカトリスは鶏と蛇が合体したような変な魔物だ。頭(鶏)と尾(蛇)はそれぞれ自我を持っているらしく、尾も普通に食事をする。腹には生まれる前の卵もあるし巣には普通の卵もある。獲物を丸のみにする習性のある蛇が野菜呑んでたらそれだけで晩餐が完結するし、ちゃんと調理すれば普通に美味しい。アルマは鶏部分に穀物を詰めた丸焼きが好きだ。
「都合のいいことが起こる……といった言い回しなのでちょっと違います。こう言う場合は"魔樹氷の日光浴"ですね」
「……それ、溶けません?」
「自ら死地に飛び込んでくる、という意味合いの慣用句なので溶けるのが正解です」
確か魔樹氷は氷でできた樹木だ。元々魔樹が凍り、なんやかんやで氷でできた樹に進化した寒冷地の魔物だ。大寒波がきた年に一度だけ討伐した覚えがある。
魔樹氷は全身氷でできているので熱に弱い。日光浴したら勿論溶ける。
「ふむ……」
そんな雑談をしていたアルマとロンディートを尻目に洞窟の方をじっと見つめていたマレズテレサはしばらく考えるように目を閉じ、それから「よし」とアルマを見た。嫌な予感しかしない。
「娘。とりあえず一戦交えてみよ」
「殺す気ですか?」
思わず即答で返してしまった。人族にしては大きいアルマも神龍の前では小さいし、何より相手は弱っていても竜種の最高位。勝てるわけがない。
「思ったより瀕死だから今なら場合によってはお前の力でも奴を伸せるぞ。その方が面白いからやれ」
「マレズテレサ様」
さすがの言葉にロンディートが咎めるように声を上げた。
「面白いから、で彼女を危険に晒すのですか?看過できません」
「私とて身一つで挑ませるほど暴君ではないわ。これをやろう」
マレズテレサが腰に下げていた剣を外し、アルマの前に掲げた。
白銀の鞘に収まった華美な装飾のない大きな剣だ。柄には大ぶりの雷の魔石が輝いている。
目の前に出されたので反射的に受け取れば、見た目の割にずしりと重い。一般的な体格の者は片手で持つことも苦戦しそうだ。
「抜いてみろ」
「……では遠慮なく」
抜いたらバチリと閃光が走った。刀身は雷霆の色である青緑色。自力で発光……と言うか、発雷している。昔使った雷属性を付与した剣はここまで青緑色に染まっていなかったし、そもそも視認できるほど発雷していなかった。
「雷神の力を宿した剣だ。お前が使ったと言う剣の話を聞いて鍛冶の神と試作したらしい。ピリピリして私は好かん」
「素直に雷鳴剣と呼ばれていたのに、それっぽくないから常に発雷する剣を作ってみたと仰ればいいのに」
「作ったのは私ではないのでな!奴らの考えは知らんが面白そうなので褒美用に強奪してきた」
エヘン、と胸を張るマレズテレサ。変な副音声が聞こえた気がするがこの際聞かなかったことにするとする。
しかし、今雷神と鍛冶の神と言わなかっただろうか。
「雷神様の鍛えた剣……?!」
「いや、鍛えたのは鍛冶のゴリアデだが。今ならこれも付けてやる」
まさかの推し供給に思わずテンションが上がったアルマに気を良くしたのか、マレズテレサが黒い魔石をアルマの前に掲げた。
「あっ!私が用意したかったのに!」
「お前が用意していたのでは間に合わぬわ。ご所望の成育の祝福を無効化する魔石だ」
「成育様の!!」
アルマをここまですくすくと育て上げた成育の神の祝福。このまま神龍に挑んだらなんやかんやで250cmの大台に至るかもしれないと言う一抹の不安があったが、それを回避する手段があったのだろうか。
ロンディートが不満げに眉をしかめてマレズテレサに不満を述べたが、気を取り直すように頭を数度振ると、にこやかにアルマに説明してくれた。
「それは封印神の紋章が刻まれた魔石です」
「封印神?」
「我が子だ。裏に成育の紋章が刻んであるから身に付けれいれば成育の祝福を封じられるらしい」
なんと!マレズテレサ様のお子様、叡知神と豊穣神と封印神ですか!ヤバイな!!
封印神は確か闇の神の眷属神だったはずだ。色々封じるのが得意らしい神様だ。祝福も封印できるなんてさすがは封印の権能を持つ神様だ。
「神の祝福など普通は抑えきれんのだが、封印の権能を持つリリ自らがちゃんと魔力を込めたからな。完封できる。欲しいか?」
「欲しいです!!」
これ以上大きくなりたくない!!もう全てを特注で揃えるのきつい!!その一心で即答した。
「ならばあの凡骨には?」
「が…………ん、ばります!」
「アルマ殿?!!」
ロンディートが止めるが、ここは引けない。どんな大金を積まれても神龍に挑むのは嫌だが、成育の神の祝福を無効化するものは何を置いても欲しい。
「本気ですか?」
「軍師どの、支援頼みますね」
「……本気ですね。分かりました」
アルマの本気を悟ったロンディートが真剣な顔で頷いた。
「危ないと思ったら私が一発入れてやるから気楽に行くが良い。お前が自力で伸した方が御し易いしな」
「……頼もしいですね」
「私は試練の神ではないが挑むならそれらは下賜する。自動で雷を纏うから普通の剣と同等に使えば良い」
手の中の剣はアルマが何をしなくてもバチバチと雷を纏っている。多少重いが、扱えない重さではないし、使用方法を考えなくて良いならそこまで戦闘にも影響しないだろう。
何度か振って感覚を確かめ、鞘に納めた。鞘に入っている状態では発雷しないらしく、腰に下げていた剣と入れ替える。予備として前の剣は右に、賜った剣は左に下げた。
賜った剣はやはり見た目の割にずしりと重い。マレズテレサが剣帯ごと渡してきたので引きちぎれることはないと思うが、何の金属なんだろうか。神様が鍛えたのだから人には過ぎたるものであることは確かだ。
「魔石は肌に触れないように服の上から付けておけ。触れたら神の魔力でもお前は吸い取るだろう。そしたらまた祝福が有効となる」
「なるほど。ならとりあえずは服の上から……」
「アルマ殿、これに入れて首から下げておくといいですよ」
マレズテレサから受け取った魔石は鉄の台座にはめられていて鉄の鎖が付いていて首から下げられるようになってはいたが、両面魔石がむき出しの意匠なのでうっかり肌に触れてしまいそうだ。
とりあえずは服の上に付けて鎧で押さえ込もうと思ったが、ロンディートが紐の付いた袋を差し出してきた。
「ありがとうございます、軍師どの」
「アルマ殿用に用意した簡易的な祝福を得るための魔石が詰まった袋です。肌に触れなければ魔力が尽きるまで効果を発揮しますのでその魔石も袋に入れて首から下げておいてください。ちょっと重いですが」
受け取った袋はロンディートが言うように様々な神々の紋章が刻まれた魔石が詰まっていた。封印の魔石をそこに入れて首から下げれば、確かにちょっと重い。つまり、アルマが重いと感じると言うことは相当重い。
「……まぁ、私なら影響出ませんけど」
「どれだけ加護を積んだのだ。心配性め」
呆れたようなマレズテレサの声色からして、この量はやっぱり異常なんだろう。もう深く考えないことにしたアルマは追求しないでありがたく受け取った。
ちなみに簡易的な祝福とは、例えば勇武の神の紋章を刻んだ魔石を持っていると魔石の魔力が尽きるまでは勇武の祝福と同等の効力を得ることができるらしい。魔臓を作り替えない強化なので加護、とも呼ばれているようだ。
「――よし、行きましょう」
こう言うのは勢いである。時間が経つほど恐怖が増してくるのでさっさと引き返せない場に身を置くに限る。アルマはマレズテレサから授かった封印の魔石が欲しい。得るためには神龍に挑む。ついでに魔物暴走も片付いてみんな嬉しい。単純な話である。
「アルマ殿、逆鱗を解き放つ前に周囲に罠を張ります。少し時間をください」
「私は隠蔽の魔法で姿を眩ます。凡骨からは声を発するまで見えない。危なくなったら助けてやる。気楽に行け」
「………ハイ」
意を決したら最初で止められた。
なんとなく真剣になりきれない空気に苦笑しつつ、手持ちぶさたになったアルマはとりあえず念入りに柔軟を行うことにした。




