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ホウセンカ同盟

セルゲイ視点


 薄茶色の髪に薄紫色の瞳。そして外に出ていないことが明らかな痩せた体躯に青白い肌。"発育不良児"。セルゲイがロンディート少年に抱いた第一印象がそれだった。


 セルゲイは王都の下町生まれの下町育ち。生粋の下町っ子だ。小さい頃から身近な門兵に憧れ、夢叶えて今門兵をしている。長らく門兵をしているお陰で今では王城の東側通用口(※平民用通用口)を担当している。

 そんな彼がここ最近――と言っても3年くらい――気にしているのはたまに王城に顔を出す小さな少年だ。

 通行書に記された名はロンディート・ロンダル。子爵家の4子で今年で10歳。彼は3年前、つまり7歳の頃から毎日王城に通っていたが、最近は時折ふらっと王城に現れ、用事を足して帰っていく。貴族の子供が供も連れず一人で、しかも平民向けの出入り口から、である。

 ロンディートの持つ薄紫色の瞳で彼が知識欲に特化した叡知の子であることは早々に分かったし、通行書に記載された居所が王城東側通用口から10分ほど歩いたところにある王立図書館であることも知っていた。だから、叡知の子が疑問の答えを求めに時折大図書館に手紙を出したり、魔法を解明するために指南役に師事しに来ていることもすぐに分かった。

 だが、一人で歩いているのである。稀少な叡知の子が一人で。


「あぁ、あの子は大丈夫だよ」


 そう言って真面目に取り合わなかった上司に腹が立った。

 ロンディート少年の行動範囲がいくら図書館と城の狭い範囲だとしても、彼が聡明な叡知の子だとしても、子供が一人で出歩いていて良いはずがない。王都でも(かどわ)かしは当たり前のように発生するのだ。そう抗議したら上司は困ったように笑った。


「違う違う、あの子は首に魔道具付けてるから王都から出れないんだよ」

「魔道具?」

「そう。王都の外に出れないやつ。街の外壁に施されてる防壁魔法を越えられない仕掛けがされてるらしい。だから、拐かしもないんだ」


 街の外に出るためには防壁魔法を越えなければいけず、魔道具がついたままのロンディートを連れ出すには魔道具を取り外すために首を落とすしかないが、叡知の子は生きていないと意味がない。だから拐かしはない。そんな言葉に怒りで目の前が真っ赤になった。

 当時、ロンディート少年は7歳。セルゲイの娘より1つ小さかった。そんな小さな子に、首輪をはめていたのだ。我が国は。


「昔から叡知の子には付けられてるらしいんだよ。前例が40年くらい前だからあまり馴染みがないけど、これが一番合理的らしい」

「……それって、子供を守るって名目で国に閉じ込めてるだけですよね……」


 そう圧し殺した声で言えば、上司は複雑そうな顔で「そうだな」と頷いた。彼もそう思っていたのかも知れない。


「自由を与えないよりはいいだろう、って言われたらな……」

「不自由の中の自由は、自由じゃないんですよ……」


 子供は守られるべきだ。そして自由にすくすくと育つべきだ。それがセルゲイの考え方だ。下町ではみんなが子供に目を配り、危険なものからさりげなく守っていた。だから、息子も娘ものびのびと育っている。

 それなのに、あの不健康な少年がとてつもなく不憫で仕方なかった。おそらく彼は自分を不憫とも不自由とも思っていないだろう。他とあまりに関り合いがないが故に"普通"を知ることはない。


「虐待じゃないか……」

「そうだな……」


 だから、できる範囲で見守るんだ。そう言った上司は既にその答えにたどり着いていたようだった。



 そんな話し合いが兵士間でされているとは知らないロンディート少年は朝兵舎に顔を出し、夕方帰ると言う暮らしを3年ほど続けた。魔法を学びに指南役の元に毎日通っているらしく、楽しそうなので声をかける機会はなかった。

 その毎日がパタリと終わったのは指南役が亡くなってからだ。楽しそうに駆け足で城にやってきていたロンディート少年は、それ以降トボトボと感情の抜けたような無表情で時折城にやってくるようになった。

 セルゲイはなんとか声を掛けようと思ったが、少年の気を引くような話題が思い浮かばず、何度か機会を逃していた。

 だから、今回の凱旋パレードで声を掛けられたのは幸運だった。


「やぁ、セルゲイ。縁由(えんゆう)の神の祝福があったんだね」

「ハンナ。羨ましいだろう?」


 交代要員を待つ間、ロンディート少年を通用口近くの待合室に案内して持ち場に戻ると本日の相棒のハンナがニヤニヤしながら声を掛けてきた。

 ロンディート少年に誰が一番に声を掛けるかは兵士間で密かに賭けが開催されていた。報酬は少年とのデート権とそれに伴う敗北者達のカンパである。ロンディート少年はこの東側通用口担当の兵士に密かに見守られ、愛されているのだ。


「私に通行書見せてくれたら誘ったのに!」

「日頃の行いの差だなぁ!」


 3年間、どんなに反応がなくても「おはよう」「お疲れ」「また明日」などの挨拶を欠かさなかった成果である。どんなに相棒が変わろうと、ロンディート少年は無意識にセルゲイを選んで通行書を出してくる。セルゲイはそれがたまらなく嬉しかった。

 悔しがるハンナに散々自慢して、それから前半のパレードを見終わった交代要員が来たのでロンディートを抱えて見学場所へと走った。抱えた少年は娘より軽くてちょっと泣けた。

 見学場所として用意していた場所は正門の上の特等席だ。ロンディートが見えるように踏み台を設置してあげたら彼は律儀にお礼を言った。人との付き合いが希薄なだけでしっかりとした子供だ。

 英雄アルマの事もよく知らなかったらしく、凱旋パレードを知らせるリーフレットを渡せば「成人したてじゃないか」と驚いていた。そう、英雄アルマもつい最近まで子供だったのだ。


 パレードがくるまでまだ時間があったので、セルゲイはロンディートのために――いや、自分が語りたかった方が大きいが――英雄アルマの功績をいつか見た活弁士の様な語り口で軽快に語って聞かせた。

 英雄アルマはセルゲイの息子、マクシムと同い年で息子の命の恩人だ。息子は怪我を負ってしまったが命に別状はなく、今は治療院で療養中だ。パレードに参加できなくてとても悔しがっていたが、親としては息子が無事なら何に勝るものもない。

 熱の入ったセルゲイの「アルマ嬢はいかにすごいのか」講演で場が盛り上がった時、丁度よくパレードの先頭が中央広場に差し掛かった。

 お貴族様達が通り過ぎた後は今回の成果物である人魔狼将軍(ジェネラルワーウルフ)の魔石や魔物の素材を積んだ台車が続き、そしていよいよ本日の主役、英雄アルマの登場である。

 このパレードは中央通りを進み、この正門前広場が終点となる。途中に色々な道が交差する中央広場をぐるぐると5周ほどして民衆に十分に御披露目しているので民衆は正門広場に続く道まで。正門前広場は兵士で埋め尽くされている。

 魔物暴走(スタンピード)を鎮めた英雄アルマを一目見ようと広場に集った兵士達は包帯を巻いたりしているので実際に前線で戦い、負傷して離れた者達も多いのだろう。民衆とはまた違った"熱"が広場内に溢れていた。


「アルマ嬢ー!!」


 馬車の上に見えた英雄に叫ぶ。勿論、彼女に届かないのは分かっている。こちらは門の上の壁の中。万が一声は届いてもあちらからこちらの姿を捉えることは不可能だ。

 魔物暴走(スタンピード)の英雄はこれまで長い間民衆の目に晒されてきただろうに、ここに来てもなれない様子で兵士達に手を振っている。いや、民衆とは違って兵士に囲まれれば誰でも固くなるか。

 そんなことを思いながら眺めて、ふと隣の少年に視線を送った。

 すん、とした表情の乏しいロンディート少年の頬がほんのり染まり、胸を押さえ、じっと外を眺めるその様を見て察しない者は居ないだろう。


「ロディ?」

「見えないです」


 試しに少年と覗き穴の間に顔をねじ込み、その顔を覗き込んだらぞんざいに退けられた。抗議の声を上げたが完全に無視して覗き穴に張り付くロンディート少年。セルゲイなんて眼中になかった。

 もはやアルマ嬢より目の前のロンディート少年が面白すぎて周囲の兵士達はパレードよりもそっちに興味津々である。


「……いやぁ、あんなに興味なさそうだった小僧が……ねぇ」


 目の前で甘酸っぱい初めての恋が弾けるのを目の当たりにし、感慨深く酒をあおれば、回りの兵士達もパレードそっちのけでうんうんと頷いた。

 確かアレだ、小洒落た奴等はホウセンカが弾けたとか言うのだ。もっとささやかな感じだとスミレとかカタバミとか言っていた気がする。


「見事なゲルミナーティの祝福じゃないの」


 セルゲイから遅れて見学場所に到着していたハンナの言葉にそんな言い回しがあったなと思い出した。

 破蕾の神ゲルミナーティ。あまり神様の名前を覚えないが、豊穣神や破蕾の神など、生活に直結する神様の名前はさすがに覚えている。


「よーぉ!ロディ?」

「ハイ、セルゲイさん。重いんで体重かけないでもらいます?」


 後ろの大人達がうるさかったのか、ようやく張り付いていた壁から身体を離し、嫌そうな顔で振り返ったロンディートの肩にセルゲイは腕を回しながら上機嫌でそのふにふにの頬をつついた。若さの弾力が心地いい。ハマりそうである。


「ア・ル・マ・嬢、カッコ良かったなぁー?」

「そうですね」

「誘った俺に何かないの?」

「感謝してますとも」


 素直にお礼を言ったロンディート少年は胸を押さえながら、ほう、と息を吐いた。頬は紅く染まっていてちょっと体温高めだ。恋する少年の顔をしている。誰が見てもそう思う、そんな顔だ。


「英雄って初めて見ました。こんなにドキドキするものなんですね」


 その言葉を聞き、セルゲイも、周囲の兵士達もぴたりとその動きを止めた。

 その顔をして気付いていない。正に破蕾の神の祝福真っ盛りである。酒のツマミにしばらく困りそうにない。


「ロディ……お前、もしかしてゲルミナーティの祝福きちゃった?」


 念のため確かめるように聞けば、ロンディートはきょとんとした様子で小首を傾げた。


「ゲルミナーティ……破蕾の神がなんですって?」


 ロンディート少年の目に入らない――セルゲイの太い腕が邪魔している――視界の端で兵士達が拳を天高く上げ、「あらまぁ」なんて顔をして頬を押さえた。空気が甘酸っぺぇ。


 後日、この場に居た兵士達により【ホウセンカ同盟】が結成された。

 別名は【ロンディート少年の恋路を応援し、あわよくばアルマ嬢とくっつけ隊】である。

 早々にこの同盟の存在は初恋を自覚したロンディート少年にバレ、12年に渡り大いにこき使われることになることをセルゲイはまだ知らない。





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