#01 夢現
"あははははっ…あははあはあは…"
闇の中に響いた、狂った声。
それは間違いなく、自分のものだった。
目の前に見える光景は赤一色。確かな熱を感じる。
急に頭がぼうっとする。
ただ、熱く燃える「赤」が迫ってくる。
腕は固定されている為、逃げ出すことは出来ない。
ああ。足も固定されているのか。
そうしてうるさい笑い声と、赤がより大きくなる。
……
自分に覆いかぶさる。その直前で目が覚めた。
「……ああ…」
最悪な景色は、見慣れたいつもの天井に変わった。
最悪な目覚めで、体を起こす。
鏡に映る、僕の顔は最悪だった。
最悪な夢。それでも、数か月と続くと日常になってくる。
「最悪…」
「またいつもの悪夢ですか?」
いつの間にか部屋に居た、僕の世話係が言う。
「ええ。」
数か月前から狭い部屋で焼け死ぬような夢を見る。
毎日毎日。嫌になっちゃうよね。
もうすぐ勇者の力を授かるというのに。
「大丈夫ですよ。もうすぐ神官様が来られます。」
「うん。そうだね。」
今日は僕の16歳の誕生日。
そして、神託によると僕は勇者の力を持つらしく、今日。
その力を授かる事になる。
「どんな力授かるかな~。ね?」
「ルリネ様にふさわしい力となると…浄化の力でしょうか?」
「え~そんなキャラじゃないでしょ~」
そんな他愛もないことで、彼女と笑いあった。
______
神殿の中。複数人のシスターと、神官様が僕の目の前に居る。
これで会うのは二度目らしいが、一度目の事は覚えていない。
何せ僕がまだ赤ん坊だった頃の事だから。
「ルリネ様。ずいぶんと麗しくなられましたね。」
「ありがとうございます。」
僕たちは二言三言会話を交わし、儀式についた。
事前に教えてもらったが、儀式と言っても、勇者の力を引き出すのではないらしい。
僕の持っている力を知り、その力に合った試練を行えばさらなる力を得られるのだとか。
だから正確に言えば、勇者の力はすでに僕の中にある。
「……」
神官様は目の前で何かの呪文を唱えている。
そういえばどれくらい長くなるか聞いていなかったな…
………
「これは…」
数分が過ぎた頃。神殿内が静寂に包まれた時、神官様は声を出した。
「神官様?」
場に居たシスターが神官様に駆け寄り、声をかける。
ちらっと見た彼の顔は、少し強張っていた。
何か良くない結果だったのだろうか。
心配だ…
「ああ。いや、大丈夫だ。儀式は終了した。」
「思っていたより、早く終わったな…」
僕は思わず小さく声に出す。
「ルリネ様。こちらへ。君たちはここで待っていてくれ。」
僕だけが神官様に呼ばれ、二人きりとなる。
僕たちは神殿の外へと出て、教会の懺悔室へ連れてこられた。
「少し酷な話をしなければいけません。」
神官様はそう言ってから語り始めた。
「まず、ルリネ様が授かられた勇者の力は、浄化の力です」
「えっ、本当ですか!?」
「ええ。」
まさか、彼女が言ったことが本当に当たるなんて…
「そして、勇者の力を高めるためには修行を行わなければなりません。」
「は、はあ…」
それは事前に聞いている。
「つまり、ここを離れなければならないのです。」
「……!」
それも分かっている。分かっているはずなのに、改めて言われると驚愕せざるを得なかった。
「私はすぐに戻らなければなりません。この手紙の場所に、明日の夕刻までに着いてください。」
「……そうで…すか。そうですよね。」
ここを離れる…
彼女と離れ離れになってしまう……
「辛いでしょうが、今生の別れと言う訳でもありません。また、戻ってこれますよ」
「ありがとうございます…」
神官様は、ゆっくりと部屋の外へと出て行った。
_____
馬車の中で、ゆっくりと書物を読む。
捲る手はほんの少し震えていた。
「どうでした?彼女は」
「リセットだよ。呪いの力など。使えるようには聞こえん。」
「ほう…では、予定通り始末すれば?」
「ああ。」
私は心底いらだっていた。
最近、当たりの能力を持った勇者が出てきてくれない。
神様も意地悪だな。
「ついでにあの村も焼いてしまえ。」
「前回の勇者の事がまだ気がかりで?」
「あんな奴。取るに足らんかった。」
馬車は静かに。走っていく。
_____
僕はしばらくそこで気持ちを落ち着けていたが、ようやくゆっくりと歩き出した。
そうして、いつもの家へと戻った。
「ただいま……」
「ルリネ様。遅かったですね。夕ご飯出来てますよ?」
「ああ。ありがとうね」
椅子に座り、彼女が作ってくれたご飯を口にする。
「うん。おいしい。」
「よかったです。」
彼女とも…一時的な別れを告げなければ…いけないのか……
「私が授かった力。本当に浄化の力なんだってさ。」
僕はゆっくりと言葉を繋げる。
「やっぱり!ルリネ様にふさわしい力なんですよ!」
彼女は嬉しそうに笑っていた。
「それで、僕、ここを出て、修行をしなきゃいけないんだって…」
「そうなんですか………寂しいですね。」
「…うん。」
また会えるからと言っても…別れたくはない。
でも、勇者の力を授かった以上、そうも言ってられない…よね…
「明日の夕刻までに着かなきゃいけないって話だから、明日の朝にはもう出発しなきゃ。」
「分かりました。明日は早めに起こしますね。」
「うん。」
僕は悲しみを抑えつつ、手を進めた。
………
……
…