在りかを求めて
――認められたい。
そんな大それた希望なんて抱いていなかった。
――認識されたい。
誰の目にも留まらない無を終わらせたかった。
ただそれだけ、ただそれだけを求めて薄暗い部屋の中で仄かな光を放つ、それに手を伸ばした。手のひらに収まるそれに自分を綴り、不特定の視線の留まれと祈りを送った。
とりとめのない言葉。
胸から湧き出た言葉。
感情が溢れた言葉。
叫べなかった言葉。
羅列した。垂れ流した。いくつも、いくつも。
言葉が人に見つかった。いいね、と押された。
誰かに認識された。温もりが通った気がした。
溢れる感情は速度を増した。
連ねる言葉に自分を映した。
一つ、二つといいねが増えた。
一つ、二つと満たされた気がした。
薄暗い部屋の中で誰にも見られていないのに、誰かに認識されて存在することを許されたように思えた。
やがてフォローをされた。
より一層存在を認められた気がして、口角が薄く持ち上がった。
感情を忘れていた表情が、久しぶりに鈍く動いた。
言葉を綴る指に調子が乗り、いくつも打ち出す。
一人、二人とフォローが増えた。
一つ、二つと満たされた気がした。
けれどフォローは増えなくなった。停滞する数字に満たされていたものが揺らいでいた。
何かをしないと誰にも見てもらえない。見てもらえないと存在を認識してもらえない。やっと手に入った存在証明を失いたくない。
焦燥感に駆られた。
何かをしなくてはと急かされて、手に収まるそれに答えを求めた。
答えはあった。
映した。姿を映した。肌の色を映した姿を映した。
減っていた数字が増えた。焦燥感が消えた。存在を許された気がした。
更に求められたくて肌の色を増やした。
次第に言葉を贈られるようになった。
言葉に応じて、従順な人形のように動いた。
言葉が返ってきた。求められて口角が動いた。
感情を取り戻してきて、表情は動きやすくなった。
やがて数字は停滞した。
映せるものは映し、晒せるものは晒したのに変化が止まった。
送られる言葉は同じようなもので、数字の動きも同じようなもの。
打てる手はこれ以上なくて、滅入る気持ちの消化先を求めた。焦がれる感情を吐き出したくても、手に収まるそれ以外に吐き出す先もなく、内側に溜めることしかできない。
足りない、満たされない。
それなのに内から溢れる欲求は儘ならず、吐き出すために傷つけた。
赤い雫が滴った。
鈍色の鋭利に、肌の色に。
そして晒していないものが目に入った。
外側は晒し尽くした。
内側は晒していない。
未だに残っていた自分。溢れ出た欲求を垂れ流すかのような雫を、その源を載せた。
熱さに疼く腕なのに、なぜだか妙に心地が良かった。
新たな感情の発露にまた口角が上がった。
感情を取り戻してきて、人間らしくなれた気がした。
それでも数字は停滞した。
外側を晒し、内側を晒し、身体にいくつも刻んでももう限界を感じていた。
だからまた手に収まるそれに答えを求めた。
映した。動画にして映した。動く姿を映した。
少しは反応が良くなった気がした。それだけだ。
今まで比べて小さい変化に焦燥感が募る。
このままでは認識されなくなってしまう。
思いは満たされず、口角は動かない。
取り戻してきた感情は、零れていく。
何かをしなくてはと、急く気持ちの答えを求めた。
次の手を見つけた。
配信に手を出した。
口で何かを語ることはできないので、内側を晒し、雫を垂れ流す。ただそれだけの短い配信。
反応は早かった。
すぐ返ってくる言葉に口角が上がった。
人の目が集まり、認められた気がした。
止まった。停止した。静止した。
数字は増えなくなった。
これ以上認識されなくなった。
認められてなんていなかった。
感情を取り戻し、人間らしく慣れて来たと思っていたのに、すべてまがい物だった。
認識されている間しか生を実感できないのに、増えない数字がもどかしい。
思いつく手段はすべて尽くした。もう、これ以上は何も出てこない。
いや、まだあった。
思いついた手段を実行しようと、着の身着のままいくつもの言葉を綴ったそれだけを手にし、最期の配信を始めた。
夜空に小さく光る星。
眼下で華やぐ人工星。
宵闇に佇む自身を映し、流れる言葉に満たされる。
真偽を問う言葉、静止しようとする言葉、今までになく言葉が溢れる。
口角が上がる。この先を実行したらどうなるのかと、胸が昂る。
周囲を映し、自身を映し、夜風を味わい、言葉を堪能したら足を進めた。
一歩、二歩、三歩目で足は地面を失い、身体が一気に軽くなった。
手に収まるそれには無数の言葉が流れ、数多くの脳裏に自分が残るのが嬉しかった。
口角が上がった。
幸福に満たされ――……。
どうも337(みみな)です。
この度は『在りかを求めて』を読んで頂きありがとうございます。
本小説は冬童話2023に向けて書いたものとなっております。
去年のあとがきで冬童話に参加するのが11回目と書いていたので、今年は12回目になるそうです。干支を制覇しました。凄いですね。
最後に、過去の冬童話祭で投稿した『無関心であり続けて』『さよなら透明人間』『Your time,My time./その表情が見たくて。』『黄色い百合の造花を貴女に』『スノードロップに託した想いは――』『うそつき』『僕が願った勇者の夢は――』『生きたがりの僕。』『死にたがりの僕が見つけた生きる理由。』『ハルジオン』『見えるから。』もよかったらご覧ください。
では、ありがとうございました。