第1話 始まり。
注意。
一部内容に、傷害描写が含まれます。
それでも良いよという方は、
どうぞ「現想異文奇譚」を楽しんでください。
皆様、はじめまして「空殼 藍」と申します。
よろしくお願いします。
創作など、こういった活動は、なにぶん初めてなので
手探りでやっています。なので、作品に対して、読みにくい、くどい、等がありましたら、ご指摘していただけると幸いです。
ちなみに、ツイッターなどは、今のところしていません。する予定はあるので、その時は、よろしくお願いします。
話が長くなるので、自己紹介はここまでにします。
彼は森の中で目が覚めた。その彼は、黒のチャツと紺のスーツパンツに赤のスポーツシューズを身に着けている。
森の葉の影が、彼の目を被せる。葉が揺らめき、日射しが、パッパッと灯った瞬間を、彼の目が捉える。彼は上体を起こし、あまり働いてない頭を精一杯に働かせ、辺りを観察する。それは、四方八方、青々とした景色が広がっており、薄暗く、木々の隙間から日の光が射して、それはどことなく夜を思わせる。その木々は密度を感じるほど、生命に溢れ、景色が澄んでいる。ふと耳を澄ます。キュキュイっと鳴く声や葉のさざ波が聞こえ、心地よい暖涼な風が肌を触り、透き通るような匂いが鼻腔を誘う。この幻想的な空間を感じているうちに少し頭が冴えてきた。
すると、彼は木を背にして腰を据えた。思考を巡らす。最初に思った事は、何も覚えてない。いや、正確に言うと覚えてはいる。彼は、今朝の事を振り返る。
俺は朝起きて、用事があったから、支度をして、時間通りに家を出た。それから、ブラブラと街を歩きながら目的の場所に向かおうとして、たしか⋯⋯そう、路地裏に行ったんだ。とある少女と思わしき人物が、路地裏に入った事を思い出す。なんでだっけ? となぜその少女を追ったのか、疑問に思ったが、すぐにその理由を思い出した。そうだ、落し物を見かけて、渡そうとして、それで⋯⋯、ダメだ。
ここから先は思い出せない。だが、彼は、その時の事を振り絞るように思い出すが、無理だと思い、今のこの状況に思考を使おうとした時、ちらりと記憶が映る。あれ? あれはなんだ?
彼は、森を見渡すとここに違和感を覚えた。
⋯⋯。森だよな、ここ。見慣れないツタや葉がある。そのツタには色があり、赤と黄色が虎柄ようになって、葉は丸い模様が上下斜めにふたつある。
なんだ、ここは?
これからどうしようか。問題は、この森の中で、食料と水の確保と野宿できる場所があるかだ。アマゾンみたいな所ではないと思うけど、と彼は重たい腰を渋々上げた。あ、そういえば持ち物は? 無い、か。時計も入れてたから、時間も分からんな、あと方角も。まぁいいか。彼は右を向く。とりあえず真っ直ぐ行くか。
木々を掻き分けながら、歩いていると、木の実を目にした。食べられそう。でも、怖いな。今は、水に集中するか。それに切れそうな物もないし。と歩き進めていると、ササッと音がした。それにビクッと振り向く。なんだ、蛇か。いや、蛇! 大丈夫か?
頭が三角じゃないから、毒は無いか。キバは分からないけど。でも、一応気をつけよう。それにしても、あの蛇、見たことないな。別に詳しくはないが、素人目で見ても明らかに普通の蛇じゃない。
彼は好奇心に駆られ、間合いをとりながら様子を見た。すると、その蛇から水が出てきて、それが雲のように舞った。え? 何それ。明らかに変だ、と砂が降るように、自分の常識が崩れていくのを感じた。その蛇は、全長1m、エラのように広がった鱗が、間隔を空けて、全身に連なっている。どういう生態をしてるんだ。あの鱗みたいなのは、天敵から身を守る為のものだろうか。例えば、蛇を食う猛禽類とかなんかの。って、こんな事してる場合じゃない、俺は今サバイバルしてるんだぞ。いや、サバイバルだからか。まぁ、もしかしたら、あの蛇とはまた会うかもしれない。その時は弓か槍だな。
彼は最初の場所から、だいぶ離れた所に来ていた。それにしても、もしかしてここってそうなのか。だとしたらなぜここにいる? あの少女か? なんで俺なんだ。勇者の生まれ変わりとか?
いや、そんなわけないか。すごい力を持っているとかか? もしここがそうだとしたら、魔法のようなものがあるかもしれない。それで帰れるか。
彼はちらっと岩を見た。でかいな。その岩は、一軒家の1階部分に相当し、乱雑に大小の岩が溢れたように積まれている。こんな岩、滅多に見ないから、
感覚が狂うな。彼が通り過ぎようとした時、岩が転がる音と共に、ドンっと音が鳴った。
なんだ? と彼は震源の方を見る。その岩が立って歩き出していた。その岩の巨人は優に木々を超えている。どうすれば、あの岩巨人寝てたのか? 木々をパキパキ、ボキボキと鳴らしながら、岩巨人が立つが、何かに反応した様に小刻みに震えだし、バラバラになった。崩れた? いや、なんだあの管みたいなの。あれに繋がっているのか? じゃあ、本体はあれか。その岩たちは、木々の隙間をトストスと静かに奥へと行った。すごいのを見たな。じゃあ、やっぱりここはそうなのか。
歩いている途中、微かに滝の音が聴こえた。
水! 水が確保できると思い、彼は滝の鳴る方へと足を運ぶ。傾斜した道を小走りで進むせいか、二十分ほどで息が上がる。はぁ、きつい。滝の音が大きくなる。もう少しだ。足にもうひと踏ん張り力を入れると、目の前の光が強くなった。
そこは半円状の場所で、周りに木はなく少しポカポカしている。そのど真ん中には滝壷があり、そこに直瀑の滝が、音がないと錯覚するほど綺麗に流れているが、流れに重さを感じる。高さは15~6mくらいか。彼は空を見上げ、まだ昼にもなっていないことに気がつく。
涼しいな。その滝壷の縁は岩と土できていて、周りには岩と花がある。両側には大きな角の様な岩が大小数本、鏡写しに立って、白と黒の絵具を軽くかき混ぜた様な色合いに加え、反射で水色が彩られている。そして、この場所は何かに守れている、そんな風だ。
彼は滝壷に近ずき水面に頭がひょっこり出る。綺麗な水だ。かなり透き通っている。魚は居ないな。
この水を飲めるか思案していると、後ろ方からガササっと音がした。その方向を見てみると、鹿のような動物がこちらを見ていた。なんだあれ、キバか?
と目が合うが、シカは気にもとめないで、滝壷に向かい、水を飲み始めた。どうやら、ここは水場だったようだ。彼はそのシカをよく観察すると、体には黒色をした機械チックな模様があり、頭には赤色の丸のような模様があり、両頬にはキバのようなものが流れるように生え、それは白眉を思わせる。角が無いから、自分の常識で言うと牝鹿か。
さて、どうするか。いっそのこと飲むか、どうせ飲まなかったら、いずれ死ぬんだし。それに水も綺麗だし。でも。ん? 悩んでいると鹿と目が合う。何かを訴えている空気を出す。なんだよ、飲まないの? みたいな顔をして。いや、飲むけどさ。鹿がふたたび飲み始める。彼は少し気が緩み、まぁ、良いか、と悩むのは無駄と悟る。彼は水を手で掬い、躊躇いながら口にする。
美味しい。なんだこの水、味がついてる、は言いすぎだけど、そう思わせるほど美味しい。なんて表現したら良いんだろう、なにか神秘的なものを感じる。
少し休憩をして、景色を眺めていると、気持ちが落ち着いた。案外、分からないものだな自分のことは。
よし、と食料を確保しようと決める。とりあえず、
この滝の音を頼りにして、食料になる物を探そう。
彼は立ち上がり森の中に入ろうとした時に、鹿にちらっと目をやると、鹿が寝ていた。呑気なこって。
あるかな、とさっき見た木の実をガサガサと探していると、あ、あった。その木の実は、イチゴの先と先をくっつけた様な形をしており、無色の丸と四角の模様がある。変わった木の実だな。リンゴぐらい硬い。彼はそれを採取していると、ふと気になった。そういえば、生き物の気配がしないな、と彼は周りを見渡した。いや、今はやるべき事に集中しよう。
そして彼は木の実を五個ほど採ってきた。どうやら鹿はその間に起きた様だ。切るものが必要だな。
彼は、辺りを見渡し大きな石を持って、角のような岩に両手でおもいっきり投げた。ゴッ。トス。まだだな。もういっちょ。ゴッバァ。トス、ト。よし。
その中から抜粋し、比較的平ら岩を水で濡らして、削り、鋭くする。これ加工し易いな。もうちょっと大きいのにするか。そして彼は何かを思いつき、ツタと手頃な石を用意した。
最初に削った石を削る為の棒と小さいナイフにし、ツタは針金のように使うため、そのツタを馴染ませる。これ意外と固いな。それに太さも充電ケーブルくらいある。
彼はそのツタを細く切り、手に収まらないほどの岩をナイフの形にし、持ち手部分に穴をふたつ、ツタの太さに合わせて削り掘る。そして、その穴にツタを通し、軽く巻き、巻いた隙間に通して絞める。
余った部分を結び、簡易ナイフができた。ひと工夫として、持ち手に指を通せる輪っかを作った。後はまたツタを使い、刃に合わせた鞘を作り、落とさないように、鞘のところにストッパーを作る。それを腰に巻けるように、余ったツタで腰を測って結び、ナイフを右腰に持っていく。見た目が西部劇のガンマンの様だ。よし、これでいけるな。あと念の為にもなる。
やるか、と思った矢先、鹿が木の実を食べているのを見てしまった。彼はすぐに駆け寄り、ああ、全部食べてる、となんとも言えない現実感を味わう。
鹿と目が合い、耳をパタパタさせている。彼は少し笑った。そんな、美味しい、みたいな顔をして。また取ってこよう、とどこか楽しさを感じていた。
採ってる間にふと思った。鹿が食べたってことは毒が無いのか。そんな仮定が浮かんだが、いや、よそう、と切り替える。あんなのがいる世界だ。俺の常識は通用しない。ちゃんとテストした方が良いな。
彼は、戻ってきて、右手にナイフを持ち、木の実を切った。意外と切れ味が良いな。
先ず、皮膚が薄い箇所でテストをして、問題はなかったが、別の木の実で、念の為に舌でテストをする。それも問題はない。それを口に入れ、軽く転がす。甘い。これも問題はなく。木の実を吐き出し、一応、口をゆすぎ、地面に吐き出す。うん、大丈夫かな。念を入れすぎかな。まぁ、これでダメなら、そこまでだ、と木の実を手に取り、覚悟を決めて食べた。シャクシャク。ん、美味しい。食感はリンゴだな、味はイチゴみたいだ。なんか違和感。そして、微かに柑橘系の爽やかさがあり、果汁が舌を包むほど溢れ出ている。かなり好きかも。よし、これで食料は解決かな。鹿がこっちに擦り寄って来た。
「おおぉ、なんだ、どうした?」
「一緒に食べるか?」
鹿は胸に顔を埋めたり、頬を舐めたりする。彼は鹿を撫で回しながら、今後の事を考える。と彼は、刺さりそうになる角みたいな物をいなした。
彼は、鹿とじゃれあい、抱き枕のようにしたり、鹿の腹の上でぐでんとなったりしながら考えた。ここで野宿するのも良いけど、食料があるから、人がいる所まで行くのも良い。水は、葉やツタを使って持ち運べるか試しに作ってみたけど、案の定、水が溢れた。でも、あの木の実だったら、まぁ、大丈夫かな。それにかなりの数、森にあるから行きながらでも採れるし。
彼は今後の方針を考えながら、木の葉とツタを使い、木の実を入れておく袋を作っていた。
ツタを網目状に型を作り、葉の真ん中に穴を空け、ツタを通して、その葉を隙間なく連ならせ、作った型に隙間が無くなるまで巻き付ける。
できた袋は、木の実が五個ほど入るぐらいにし、落とさないよう、肩と腰に巻き付けるようにした。そうこうしているうちに、彼は人を探す事に決めた。
鹿はいつの間にか、森へと帰っていったようだ。そうして、彼は再び森の中へと入って真っ直ぐと進む。てか、あの鹿、オスだったんだな。見かけに拠らないものだ
木の実を食べながら歩いていると、突然、声がした。獣の声だ。
「ミぃーがァ」
「ゴロロ、ゴっク」
「プシューんッ」
聞いた事がないものだ。ここには何がいるのだろう。
最初の声は鳥だろうか。かなり甲高く少しノイズィーで最後が抜けるような声だった。不気味さがある。声の大きさからして巨体なのは間違いない。何をしているのだろう。獲物を探しているか、それとも単に鳴いただけなのか。そのちょっとした事でも、感情を震わせ、原始的な恐怖を呼び起こさせる。
岩が空間を動く音はなんだろうか。さっきの岩巨人だろうか。だが、あれには空間を感じられる所がないように見てた。ならば、別の生き物か。岩が動くという光景、巨大生物がいる光景は、さっきもそうだが、どうも目が慣れない。物理に反した感覚がある。海ならば、その様な生物はいるにはいるが、自分がこう感じる根本は地上だからそう感じるのかもしれない。かつての地球はこうだったのだろうか。
あの音もそうだが、岩と岩が空間を震わせ、連続的にあの音が鳴るのも、今、起きている事も、不可思議、という言葉は、この事なのだろう。
空気が抜けるような音もした。あれも生物なのか。
それとも自然現象か。いや、森でああいうのはないか。じゃあ、生物だろう。だとすれば、その空気でなにをするのだろうか。どんな見た目なのだろうか。もしかしたら、空気で空を飛ぶのかもしれない。
彼は、そちらへ足が誘われそうになるが、引っ張られる足に抵抗し、なすべき事の為に真っ直ぐ、森を歩いた。
しばらくすると、光が見えてきた。その光は横一直線にギザギザと広がっている。その光はだんだんと大きくなり、光が一面を埋めた時、彼は、その光を通り抜けた。
「おぉ、すごいな」
左奥に何か建造物が立っている。右奥には山が見える。だいたい富士山ぐらいだろうか。その山には、何かお城ようなものが建てられている。その手前に、小さく川が見え、隣には近くに半径30メートルほどの円形状の広場が見える。崖下には森が広がって、空の上にでもいるかのような錯覚を起こさせるほど、かなりの高さにいる事が分かった。そして、どんな姿形かは正確には分からないが、大きな鳥が飛んでいた。自分の手を横にしたときと同じ大きさだ。デカ⋯⋯。
さっきの鳴き声はあれか? でも遠くにいるし違うか。
恐る恐る崖下を覗いた。高いな、何メートルあるんだ。彼は悩む。しかし、どうしたものか。いや、次の目的はもう決まってる。問題は、どうやって、あの広場に行くかだ。夕方ぐらいまでには着きそうだけど、降りれたら。おそらく、あそこは、人が何かをする場所なのは間違いない。そうか、だったら。彼は崖下の表面を見た。人がいる、少なくもといたってことは、この崖に来た可能性が高い。もしそうなら、何かハシゴの様な物があるはずだ、と隈無く崖下を探した。ここにはないと次に行き、また覗く。すると、覗いた先の左側にハシゴの様な物を見つけ、そこに駆け寄った。やっぱり、と下を見る。これ、降りるのか⋯⋯。彼は、萎縮するが、覚悟を決めて、梯子を降りた。
怖い怖い怖い。マジで何メートルあるんだ。1000メートルくらいか? 落ち着け、ゆっくりで良いんだ、そう焦らず、ゆっくり、しっかりと一つ一つの動作をこなせば良い。
彼はようやく地面に着いた。あぁ、足がすくむ。
少し落ち着かせよう。はぁ、本当に、もう。それにしても、このハシゴ、よく作ったな。それに、あまり錆びてないんだよな。これを、手入れしているか、もしくは最近できたか。あそこに行きたいから、作ったんだよな。それに、作ったって事はここによく来るって事だし。よくやるわ、本当に。俺は、もうごめんだよ。
一時間ほど歩いていると、後ろから、ガサッ。ガサッと素早い音がふたつ鳴った。彼は直ぐにその方向を見ると、二匹のオオカミが佇んでいた。どう狩るかと言わんばかりの気配を出す。彼は逃げようと、足が地面を擦る、次の瞬間。袋が飛ばされた。
「くッ」早っ。少し体勢を崩すが、直ぐに整え、一目散に広場の方へ向かった。ここじゃ、視界が悪い。それに、2匹もいる。とりあえず、広場に行ってから応戦しないと、分が悪い。突然の出来事に焦るが、冷静に対処するんだ、と心に決める。その後ろで、狼が吠えた。
彼は息が上がりつつも全速力で走る。ワン、と吠えられたのに驚いて後ろ見ると、もうかよ。
片方の狼は、サッサッサッと地面を駆け、シュっと枝へと飛び移り、トンっと枝を蹴る。それと同時にもう一方の狼が飛び、その狼と交差する。最初に飛んだ狼は地面を駆ける。地面にいた狼は、サッサットンっと枝に飛び、枝から枝へ二拍鳴らすと、一直線に降り、サッサッサッと地面を駆ける。二匹のオオカミは、蛍のように森を飛び舞う。
彼は覚悟する。狼の攻撃を躱しながら、隙を見つけて、これで。すると、一方の狼が腰辺りに目掛けて飛んで来た。「がっ」と彼は声をあげ、その勢いで前に転がり、失速して止まる。体を起こそうとした時、ガサッと音がした。もう一方の狼が彼に飛びつく。音に気がつき、振り向くと、目の前に来ていた。彼は、振り向いた勢いで、体を捻り、右足で狼の頭を蹴る。ガワン、と狼が吹っ飛び、彼は蹴った勢いで地面と横になり、また立ち上がろうとする。
その狼は、強烈だったのか、立ち上がるが、ガクッと足が崩れた。彼はそれを確認する。もう一匹の狼が、彼に向かう。それに気がつくと、彼は咄嗟に左足を前に出して蹴ろうとするが、狼に噛まれた。
彼は、振り解こうと動かすが、狼は口を引っ掛け足の勢いに身を任せる。彼が止めて地面に足がついた時、ぐっと足が引っ張られる。狼は足を砕こうと力を入れる。こうなったら、と彼は右手を後ろにつき、体を捻り、全身を使って左足を大きく振り、狼を地面に叩き付けた。
「キャっああん」
狼が足から離れ、彼は立ち上がり、左足が地面を踏む。「うッ、くッ」足に痛みが走る。大丈夫。まだ走れる。彼は痛みに耐えながら、広場へ走った。
「はっ、はぁ、はぁ⋯⋯」と思わず木に寄りかかった。「ワワン」どうやら、追い掛けて来たようだ。
彼は再び走り出した。くそっ、もうかよ。
ガサッと狼が左脚目掛けて、斜めに攻撃するが、彼はその音に気づき、右に飛ぶ。その勢いで木にぶつかりそうになるが、両手で和らげ、体勢を整える。意外と遅いな。これなら。ふと彼は思った。音が少ない?
彼が走っていると、あと一歩の所で、右脚に痛みが走る。「あアッ」と彼は転がり、体を起こそうとするが脚の痛みで地面に伏す。傷は深くない。けど。狼がいる方を向く。動けないな。彼は、出来事を振り返った。あの狼、前から来た。先回りされていた。でも、どうして?
「ワアン」と右手の狼が吠えた。光がある場所に来た事によって、二匹の狼の姿が分かった。
その狼は、見た目は一般的だが、頭に黄色いUの字が波打つ様に広がっている模様があった。
すこし様子がおかしい。なんだ? 二匹の狼が周りを見渡している。襲って来ない。今なら。カサッと音を立てた途端、こちらを見た。まさか、音で。
彼は腹を括った。ここで、殺らなきゃな。だったら。彼はナイフを静かに抜いた。緊張が走る。彼はその時を待つ。彼の息は激しく、そして落ち着いていた。二匹もその気の様だ。
時が来た。二匹の狼が飛びかかる。彼は一匹の狼に、左腕を差し出した。噛んだ狼が驚く。彼は抜けないように力を入れ、手から絞り出されるように血が流れる。そして、もう一方の狼が応戦するが、彼は最小限の動きで躱し、機会を伺う。しびれを切らした狼が飛びかかった。よかった、そう来て。彼は左腕を差し出し、飛びかかった狼に噛んでいる狼を噛ませた。動揺した噛んだ狼を、ここだ、とその隙を突き、彼は狼の腹を躊躇いと共に割いた。ボタタッボット地面に落ち、その狼は、痙攣し、弾む。そして、彼は腕の狼を地面に押し付け、抵抗できないように腹を割く。狼の力が弱まるのが分かり、口から離そうとするが、歯に引っかかて抜けない。そう思ったが、狼が諦めていないことを感じた。彼は、じゃあ、このままでとナイフを狼の首に持ってゆき、肉壁を貫いた。ナイフは骨まで到達し、関節に入れ体重をかけて落とす。ナイフを抜くと、赤い水滴が飛び散る。彼は、口から腕を抜き、もう一匹の狼を見る。体から赤い脚が生え、立とうとしている。
力が入ってないのが分かるほど弱まっており、放って置けば、いずれ死ぬと、彼は思ったが。すかさず、もう一匹の狼の口を掴もうと、力の余韻と痛みでギチギチと手が開かれる。狼はゆっくりと二回噛む。それを愛犬の甘噛みを躱すようにいなし。狼が、また噛もうとした口を掴んで、痛みに耐えながら、もう一回。狼が喉を震わせ歯を剥き出して威嚇する。彼は、ある意味安堵した。よかった、目がなくて。彼は、また、首を落とした。
彼はそれを終えて、ふと左手を見た。その手はナイフと同じ色をしていた。
しばらく放心していると、思い出したかのように、ナイフをしまった。食べる、か。このままなのは、気が引ける。でも、全部は無理だな。彼は、狼二匹を抱きかかえ、首の皮一枚で繋がった頭を支えながら、近くの川へと向かった。首が座ってない赤ちゃんみたいだ。
川に着いた。彼は手を洗い、手のひらを見ると、少し爪で抉った後があった。爪を見る。爪が長いわけではないが、少し伸びた爪に自分のが挟まっていた。それを取り除き、袖と裾を捲って傷口を洗い始める。先ずは腕を、次に脚を洗い、一応手で押さえて止血をした。そして、彼は解体に取り掛かる。
狼を縦に切り裂いていき、内蔵を取り出し、川に沈めた。一体しか無理だよな、ともう一体の狼を見る。
彼は、川で手の血を洗い流していると、そうだ、肉、と思い、血が抜ききるまでの間に、葉で敷物を作る事にした。ここにツタはないが、葉の一方を細く長方形に切って穴を空け、何もしてない葉を空けた葉に差し込み、針の様に切った枝を針止めのように織り込むようにとめる。その差し込んだ葉に、また切って、そこに葉を差し込む。そして、枝でとめる。それを大きくなるまで繰り返す。それを、平に均したら、肉を置く為の敷物ができた。
時は流れ、もう夕方になる頃だった。もう、いいかな、と彼は川からそれを引き上げた。まだ、血は抜ききったいないように思えるが、時間がないので仕方なく食べる事にした。
皮を剥ぎ取った。一応、内蔵付近は避けよう。彼は、次に背中を、次に足を、次に尻を、と一口サイズに切っていく。まるで、作品に満足がいかず、もう少し、あともう少しと手を加えるように切っていく。どこが食べれるのか、どう取ったたら良いのか分からず、それはいつの間にか、パッチワークような見た目になっていた。ああ、申し訳ない。
彼は手を洗らっていると、暗いなと思って、上を見る。日が暮れ、月があった。
彼はその残骸を見る。どうしよう。このままなのは気が引ける。それに手をつけてないのもあるし。
川が近くにある。燃やすか。肉も食べるしな、と彼は乾燥した木の枝を探した。
探していると、枝を掴もうとした指が一瞬跳ねる。びっくりしたぁ。なんだ。彼は指を擦る。樹脂か。それが気になり、しばらく遊ぶように練っていると、急に光だし、ボッと一瞬火が出た。
「うわっ」と彼は反射的に手を振り、指を確認する。大丈夫、だなっ⋯⋯。はぁ、こんなのもあるのか。
彼は、枝を集め終わると、火が当たっていた草をちぎって、火の準備を始めた。
なるべく乾燥した枝をテントのように積み、枯れていた葉と掘り出した根っこを火口にした。
よし、やるか、と両手で枝を回そうとしたが、左手の痛みで上手く回せなかった。どうしようかと考えた末、樹脂の事を思い出す。
樹脂をナイフで削り取り、枝の先に付け葉や草を巻いて手で包み、剥いだ木の皮を面に枝を押し付けて擦った。すると、すぐさま燃え始め、投げ入れるように、その場所に置く。どんどん火力が上がていく。早いな。いや、それより、と思い彼は、それらをそっと燃やした。
彼は火を見ながら、ふと思う。これは客観的に見ると、ただの死体処理だ。そこには、弔う気持ちなんてものは何も無く、放っておけば、骨だけが残る合理的な手段。でも、なぜ人間が、これに、弔う気持ちを持ったのか、分かった気がする。まぁ、俺の場合は、罪悪感を紛らわせてたいだけなのかもしれないけど。しばらく火を見ていると、肉、食べるか、とナイフに刺して焼き始めた。肉が徐々に焼けてきて、脂がタラりと落ちた。
良いかな、と彼は両手を合わせる。いただきます。ん、美味しい。その肉は、筋肉質な印象だが柔らかく。肉汁は、量は少なめだが、噛んだ時に絞り出されるように出てきて、噛み切った肉を包み、旨味がでる。美味しい、ワイルドな肉だ。なんか、生きかえるな。なにかを食べるってこういうことか、とそれを改めて実感した。彼は、木の実と一緒に食べよう、と思い森に探しに立ち上がった。
ごちそうさまでした。肉が無くなる頃には、すっかり夜になり、それらは燃えていた。
彼は、さて、消すか、と裸足になる。ふと左足を見てみると、思ったほど、あの時の傷が浅い事が分かった。あれめっちゃ痛かったんだけどな。たまにある、そういうのかな。
川に入ると、冷たさで目が冴えた。まだ、夜は続きそうだ。火に水をかけ、揺らぐたびに小さくなっていく。
彼は、川から上がり、靴下と靴を履くと、その燃えた残骸を見て、彼はふと思った。白と黒が入り混じった適当な骨を拾う。あち。それを水で冷まし、左ポケットに入れた。そして彼は、さて、寝るか、と広場へと向かった。
彼は、焚き火をまた作り、寝る準備をした。はぁ、疲れるな。やっぱ、これ。一息つき、彼は辺りを見渡す。明日、生きてるかな。彼は寝っ転がって、考える。
ここは、異世界なのだろう。なぜ、ここにいるのかは、今はいい。それより、戻れるかどうかだ。この世界に魔法があるのなら、それで帰れるか。てか、あって欲しい。いや、あるだろう。俺がここにいるんだから、逆はないって事はないだろう。たぶん。まぁ、どちらにせよ、俺はこの世界を生きなきゃいけない。たとえ無かったとしても。彼は、星を見て笑った。
異世界生活の始まり、かな。さて、もう寝よう。今日は色々と疲れた。彼は目を閉じ明日を待った。
「現想異文奇譚」第1話を、読んで頂きありがとうございます。これから頑張っていきますので、よろしくお願いします。