◆第八話『戦士の問題』
言いながら、ロアは窓際まで歩いた。
外の庭を横目に見ながらカウントを始める。
「いーち。ほら、魔獣が子どもに近づくぞ」
「そ、そんな……口で言われただけでは」
「そのとおりです。緊迫感というものが──」
「にー。お、子どもが怯えて腰を抜かしたな。さっきのお前らみたいだ」
からかっても先ほどのように怒ったりはしない。
問題の対応に追われてそれどころではないようだった。
ただ、総じて席についたままだ。
互いの顔を見合わせて出方を窺っている。
「対処と言われても……どのようにすれば」
「実際に動いて、庭まで行けということでは……」
「さーん。魔獣が爪で子供を攻撃した。子供が怪我して血だらけだ。おいおい、どうすんだ、お前ら。……よーん。魔獣が口を大きくあけたぞ」
子どもは絶体絶命の危機に陥っている。
にもかかわらず、やはり生徒たちは動かない。
「こんなの、間に合うわけが──」
「ごー。子供が丸呑みにされた」
たかが想像上での出来事だ。
実際には誰も死んでいない。
しかし、死を扱った問題だったからか。
生徒たちの間に重い空気が流れていた。
「終わりだ。子どもは魔獣に喰われて死んだ。お前たちのすぐそばで」
責任はお前たちにある、と。
遠回しに告げたことが効いたようだ。
幾人かの生徒が反抗的な目を向けてきた。
「こんないきなりなんて卑怯ですわ!」
「実際の襲撃だって突然だ。守るべき対象に、誰がいつどんな悪意をもって襲ってくるかわからない」
多くの生徒がまだ納得していないようだ。
抗議の声は止まらずあがる。
「大体、そんな短時間で外に出られるわけがありませんわ」
「それにここ3階ですし。廊下を抜けるだけでも時間が足りませんのに──」
「本当に最短で考えたか?」
ロアはそばの窓を手の甲で軽く小突いた。
途端、幾人かがはっとした様子で口を噤んだ。
どうやらようやく理解したらしい。
「窓から飛び下りればいけるだろ。窓を壊せば開ける時間も短縮できる」
「ですが……窓から飛び下りるなんて……」
「はしたないですわ」
聞こえてくる生徒たちの声。
ロアはその中の1つに思わず眉をひそめてしまった。
「はしたない? いまはしたないって言った奴がいたな。結局はその程度なんだよ。お前たちにとってその〝はしたない〟をするよりも、子どもの命は軽いってことだ。はっ、そんなんで他人を助けるなんてよく言えたな」
弱き者を守る戦姫。
その心構えがコレだ。
これほど滑稽なことはない。
生徒たちの多くも自身が知らない〝秤の結果〟を言葉にされてか、少なからず落ち込んでいるようだった。
「お行儀のいい振る舞い方しか出来ないようじゃ戦場に出てもすぐに死ぬ。すぐに人を死なせる。いっそ戦場にいないほうがマシなぐらいだ。きっと現地の兵も思うだろうな。ああ、甘ったれたガキどものお守りなんて最悪だ。ついてないってな」
ここぞばかりにまくしたてた。
カインからは「おい、それぐらいに」と制止の声をかけられている。だが、構わず続きを口にした。
「何度でも言ってやる。いいか、お前らがやってるのはお遊びなんだよ」
先の〝問題〟が思いのほか響いているようだ。
多くの生徒が俯いて黙り込んでしまった。
「決して遊びなどではありません」
そう声をあげたのはやはりリシスだった
ただ、心なしか最初ほど剣幕は鋭くない。
「俺の声ひとつでびくついた奴がよく言うぜ」
「あ、あれは……ただ驚いただけでっ。決して怯えたわけでは……っ!」
よほど屈辱的な出来事だったらしい。
リシスが耳まで赤くしながら必死に言い訳をしてきた。
「と、ともかく! あなたの発言を受け入れることはできません。いますぐにすべてを撤回してください。そしてみなさんに謝罪をっ」
「すると思うか?」
「拒否するというのなら、力づくでもさせるだけです」
「相変わらず血の気が多いな。何度やっても同じだってのに」
「やってみなければわかりません」
あくまで強者でいるつもりらしい。
いや、この場合は強者であろうとしているのか。
いずれにせよ、いい機会だ。
圧倒的な差を思い知らせるためにも──。
「じゃあ全員でかかってこい。《神聖魔装》も使って構わない」
「……正気ですか? わたくし1人ならともかく全員でなんて」
「逆に訊くが、その程度で俺に勝てると思ってるのか? ボロクソに負けたお嬢様?」
リシスが平静を装いながら、片頬をぴくりと動かした。
初対面のときから気づいてはいたが……。
どうやら彼女は挑発にひどく弱いらしい。
「わかりました。皆さんもよろしいですか?」
「もちろんです! リシス様のお望みとあらば、どこまでもついていきます!」
「あの獣を追い出すためなら、なんでもしてみせますわ!」
「はい! 学園に殿方はカイン先生おひとりだけで充分です!」
散々好き放題言われたからか。
ほかの生徒たちも鬱憤を晴らさんとばかりに頷いていた。
この場で乗り気でないのはただ1人。
教壇のそばであたふたとするカインだけだ。
「き、きみたち! そんな勝手なこと許されるわけが──」
「決まりだな。そんじゃ、俺ははしたない人間なんでこっからいかせてもらうぜ」
言いながら、ロアは窓を開けた。
そのまま縁に足をかけたのち、肩越しに振り返って生徒たちへと告げる。
「あ~、言い忘れたが、やるなら殺す気でかかってこいよ。じゃないと勝負にならないからな」