◆第五話『美男子とは』
「来たようですね。入りなさい」
どうやらヴラディスが招いた相手らしい。
扉が開けられ、教師と思しき姿の者が入ってくる。
「し、失礼します」
そう断りながら隣に並んでくる。
年頃は同じか、少し下ぐらいか。
中性的な顔立ちで、低い位置で結ばれた長い髪がよく似合っている。
長身痩躯だが、ひ弱な印象は受けない。
無駄な肉を削いだような洗練された体だ。
「遅かったですね、カイン」
そんな言葉で迎えるヴラディス。
彼女からは遅れたことに対する怒りはいっさい感じられない。だが、カインと呼ばれた者はやけに動揺していた。
「そ、その、少し用がありまして……」
まるで来たばかりのような説明だ。
ロアは詰問のごとく細めた目を向ける。
「なに嘘ついてんだよ。さっきからそこにいただろ」
「なっ、きみはなにを言って──」
「そうなのですか?」
純粋な目で問いかけるヴラディス。
どうやら彼女には嘘をつけないらしい。
カインがぼそぼそと話しはじめる。
「き、聞き耳をたてるつもりはなかったのですが……気になってしまって。申し訳ありませんっ、学園長!」
がばっと勢いよく頭を下げるカイン。
「謝る必要はありませんよ。ね、ロア?」
「ああ。べつに聞かれて困るような話はしてないしな」
怒っていないことが伝わったらしい。
カインがほっと息をついて顔を上げる。
「あ、あの……おふたりの関係は……っ?」
安堵したからか。
どうやら好奇心が湧き上がってきたらしい。
「恋人同士だ」
「や、やっぱり!」
「こら、ロア。冗談はほどほどになさい」
冗談と知ってほっとするカイン。
そんな姿を見せられ、悪戯心がくすぐられた。
「連れないこと言うなよ。一緒に幾夜を過ごした仲だろ」
「それは否定しませんが」
「や、やはり2人はそのような関係……っ」
なにを想像したのか。
またも興奮したように声を荒げるカイン。
よくもあれほどころころと表情を変えられるものだ。
「婆さん、こいつ面白いな」
「もう、カインは真面目なんですから。あまり遊ばないであげてください」
わけがわからず「え、え?」と口にするカイン。だが、からかわれたことにすぐさま気づいたらしい。思いきり顔を赤らめていた。……やはり面白い。
「で、紹介してくれるか?」
「ごめんなさい、わたしとしたことが忘れていました。彼はカイン・ロッグアード。この学園で教師を務めている、わたしの甥っ子です」
「やっぱり婆さんの親戚か」
「ええ、お察しのとおりわたしと同じスハヤ族です」
「どうりで」
スハヤ族。
霊峰ルーカンサスを拠点としていた部族だ。
とても長命で100歳超えも珍しくない。
中には200歳を超える者もいるという。
また外見的には20半ばを超えた辺りからしばらく衰えない。ヴラディスが53歳でありながら若さを維持しているのもそのためだ。
ほかに特徴的なのは胸部ぐらいか。
とにかく慎ましやかで膨らみがほぼないのだ。
それはヴラディスも例に漏れない。
そして──。
ロアはカインの胸をじっと見る。
と、慌てて両腕で隠されてしまった。
「なっ、どこを見ている!?」
「甥っ子ってことは男だろ? だったらなんの問題がある?」
「そ、それはたしかにそうか……そうだな。じゃあ、ぞ、存分に見るといいっ」
「ついでに触っていいか?」
「だめっ!」
なんとも愛らしい声が飛んできた。
胸も再び両腕で隠されてしまっている。
正直、一目見たときから勘付いていたが……。
この反応、間違いない。
視界の端でヴラディスが頭を抱えていた。
どうやらカインは〝男〟として学園に通っている。
そういうことらしい。
当の本人は気づかれたとは思っていないらしい。
先ほどの反応を顧み、気づかれまいとしてか。
あたふたと姿勢を正し、凛々しい姿に戻していた。
「それではカイン。ロアのことをよろしくお願いしますね」
「学園長、あのっ」
「なにか?」
「い、いえ……なんでもありません。このカイン・ロッグアードにお任せください」
カインがなにを言わんとしていたのか。
その答えには思い当たる節があった。
というのも、たびたび猜疑の目が向けられていたからだ。
おそらくは生徒たち同様、〝男〟を入れることに疑念を持っているのだろう。だが、自身も性別を偽っているとあって、この場では言えないといったところか。
「では失礼します。行くぞ、きみ」
「おう」
カインに続いて学園長室を出ようとする。
と、ヴラディスから「お待ちなさい」と呼び止められた。
「ロア、まさかとは思いますが、その姿のまま行くつもりではないでしょうね?」
「まさかもなにも、そのつもりだが?」
そう返した途端、天を仰がれてしまった。
ヴラディスがため息交じりに告げてくる。
「……第3校舎の1階奥。そこにある浴室に行くことがあなたの最初の教務です」