◆第四話『学園長との対面』
前庭での騒動後。
連行された学園長室にて。
ロアは大きなため息を聞かされていた。
「……いきなり派手にやってくれましたね」
そう口にしたのはヴラディス・ルメイアス。
この王立戦姫学園の学園長だ。
シニョンに結いあげた髪に、鮮やかな赤で彩られた瑞々しい唇、と。怜悧さと妖艶さを兼ね備えた不思議な魅力を持っている。
外見的には20代半ばにしか見えない。
だが、彼女の年齢は53歳。
これは紛れもない事実だ。
ヴラディスが執務机に両肘をつき、あわせた手に顎を乗せる。
「ロア、あなたもわかっているでしょう? 彼女たちの家はもれなく権力を持っています。なにか粗相があれば、この学園がなくなってしまうかもしれないのですよ」
「だから顔色窺いながら教えろってか。そんなんで教師なんて出来ないだろ」
「べつに怯えながら教えろとは言っていません。節度を守りなさいと言っているのです」
「俺にそんなことができると思うか?」
「……無理ですね」
さすが幼い頃からの付き合いだ。
こちらのことをよくわかってくれている。
「それで、彼女たちはどうでしたか?」
「まだまだ青臭いガキだな。大人の色気が足りない」
「そうではなくて戦闘能力のほうです。そのために手合わせをしたのでしょう?」
「あー、そっちか。まあ、そうだな……」
ロアは頭をかきながら、前庭での戦闘を思い出す。
「素地は悪くないが、バカ正直過ぎる」
「正攻法ではない攻撃も訓練課程に入っているはずですが」
「その手段すらも純粋すぎて読みやすいんだよ。あれは魅せる戦い方だ。いっそパーティなんかで舞踏でもしたほうがあいつらのタメになるだろ」
侮辱ともとれる発言だ。
生徒だけでなく学園にとっても。
しかし、思い当たる節があるのか。
ヴラディスはそれ以上、反論してこなかった。
「あいつら実戦経験は?」
「上級クラスでは戦闘区域での実習があります」
「それもどうせ見学みたいなもんだろ」
「……卒業まで彼女らには五体満足でいてもらわなくてはなりませんから」
「あんなので戦場に出ればどうせすぐに死ぬだろ」
忌憚のない意見と言えば聞こえはいい。
だが、実際はボロクソに批判しているだけだ。
学園運営の難しさなんて完全に度外視している。
にもかかわらず、ヴラディスは言い返してこない。
そう、彼女はどうしようもなく〝大人〟だった。
「相変わらず容赦がないですね」
「婆さんもわかってんだろ」
「そう、ですね。……だからこそ、あなたを呼んだのですが」
現状を打破したい、と。
もがいていることがありありと伝わってきた。
「たしかに俺ならあいつらを強くできる。だが、強くするだけなら俺以外の選択もあったはずだ。なのにどうして?」
誰かにものを教えたことはこれが初ではない。
ただ、我ながら優秀な教師とは胸を張って言えなかった。
「……霊峰ルーカンサスの湖が濁りました」
「それは本当か?」
思わず食い気味に聞き返してしまった。
それほどまでに重大な事態だったのだ。
ヴラディスが重々しく頷いたのち、話しはじめる。
「近年、魔物が活発化していることはあなたも知っているでしょう。それに加えて霊峰の湖の濁り。それらから導きだせるのは1つしかありません」
「魔神の復活……か」
ヴラディスは頷かない。
だが、沈黙が肯定であることを示していた。
──魔神。
それはかつて、世界を恐怖に陥れた魔獣と魔人の神だ。
約15年前。
魔神は百万体以上もの手下を引き連れ、人の生活圏に攻め込んできた。だが、人間が必死の抵抗を見せたことにより撃退に成功した。
その際、魔神も傷ついたと言われているが──。
奴は死んでいない。
いまもどこかで復活のときを待っている。
「時間がないのです」
「つまりあいつらを守るためってことか」
「一部ではそうかもしれません」
言葉の意味をすぐには理解できなかった。
だが、いまの置かれた状況から思い至った。
「まさかあいつらを戦力に数えるつもりか!?」
「そうだと言ったら?」
「……正気か?」
たしかに《神聖魔装》は強力だ。
しかし、彼女らは年端もいかない少女。
殺し合いをする覚悟も実力もない。
足手まといになるのは目に見えている。
「どのみち魔神が復活すれば世界中の誰もが巻き込まれます。今度は〝盾〟となってくれる国がないのですから」
その言葉に対してなにも返せなかった。
ヴラディスはというと自ら口にしていながら、ばつの悪い顔をしている。
先ほど話に出た盾となった国──。
ガルディアント王国は、この身が生まれ育った場所だった。
だが、ヴラディスの言うとおりもう存在しない。
かつて魔神が率いる軍の侵攻を一手に引き受け、滅びたのだ。
現在、ガルディアント王国だった地は魔物が蔓延る場所となり果てている。そして、その地とアスフィール王国は北方の一部が面している。
にもかかわらず魔物に蹂躙されていないのは、高くそびえる霊峰ルーカンサスが壁のごとく機能を果たしているからだった。
「生徒たちは戦うため、学園に来ています」
「だが……っ」
「それにわたしは信じているのです。あなたという存在。そしてアスフィールが生み出した神聖魔装。この2つがあわさることで、きっと世界を照らす新たな光になる、と」
ヴラディスが求めることを適当にこなせばいい、と。
そんな軽い気持ちで教師になることを引き受けていた。
だが、気持ちを改める必要がありそうだ。
それほどまでにヴラディスの強い想いが伝わってきた。
ロアは軽く息を吐いたのち、答える。
「正直、あんな上品な奴らに出来るのかって気持ちはいまでもある。だが、婆さんにそこまで言われちゃ断るわけにはいかないな。……いいぜ、やってやる」
そう答えた、瞬間。
ヴラディスの顔が一気に綻んだ。
慈愛に満ちた柔らかな笑みを向けてくる。
「あなたならそう言ってくれると思っていました」
「俺があんたの頼みを断れないことぐらい知ってるだろ」
「ふふ……愛していますよ、ロア」
「ああ、俺もだ。婆さん」
そうして愛の言葉を交わし合ったとき。
入口の扉からガタンと物音が聞こえてきた。
「ん、誰だ?」