◆第三話『神聖魔装の力』
瞬間、翼付きの宝石から眩い光が迸った。
リシスの全身を包み込んだ光は魔装と同じく輪郭を持ちはじめる。
やがて光が収束したとき、リシスは制服姿ではなくなっていた。動きやすさを重視した白銀の軽鎧を身にまとっていたのだ。
また彼女の背からは光が放出されていた。
うっすらと透けているうえ輪郭はぼやけている。
だが、その形状はまさしく翼。
恵まれた容姿もあいまってか。
まさに女神や天使といった類を彷彿とさせる姿だ。
「……いきます」
リシスが宣言とともに地を蹴った。
剣の切っ先を向けたままの突撃だ。
なんの工夫もないが、先ほどまでとは比べ物にならないほど速かった。瞬きする間もなく、剣の切っ先がすぐそばまで迫っている。
「──っと」
ロアは大げさに横っ飛びした。
直後、そばを轟音とともにリシスが駆け抜けていった。
遅れて襲ってきた突風に顔面を叩かれる。
見れば、彼女が通った地面は軽く抉れていた。
せっかくの綺麗な芝が台無しだ。
「ふぅ、危ねぇ危ねぇ」
久しぶりの対峙だが、やはり《神聖魔装》は別格だ。
余裕をもって躱すのは難しい。
振り返った先、リシスが遠くで反転していた。
その際、彼女は地に足をつけていなかった。
《神聖魔装》を身につけて得られる力。
その最たるものが飛行能力だ。
さらに身体能力も大幅に向上する。
それこそ屈強な男を軽く凌駕するほどに。
彼女らが若い身でありながら、アスフィール王国の重要戦力と言われる理由でもある。
「これも躱すなんて……本当に何者ですか?」
「一応、ほかの奴らには説明したんだけどな。今日からお前たちを指導することになってるって。ま、つまりは教師ってわけだ」
「どこまでもバカにするのですね。あなたのような変質者が教師なわけがないでしょう。それに男性が教師だなんて……それこそありえないことです!」
またもリシスが勢いよく距離を詰めてきた。
今度は一撃離脱の突撃はしないらしい。
肉迫と同時に素早い連撃を繰り出してきた。
一撃一撃が凄まじい破壊力を有する。
振られるたびにビュンと音が鳴り、また少しでも触れた地面が穿たれる。当たればただではすまない攻撃ばかりだ。
さすがに大げさな回避をするしかなくなるが……。
その後も傷を負うことなく、ロアはすべてを躱してみせた。
「もっと本気でこい! 手を抜いてちゃ俺は倒せないぞ!」
煽ったかいあってリシスの攻撃がいっそう激化する。
だが、先ほどまでと同様、どれも読みやすい。
単調ではないものの、正直すぎた。
「はぁあああッ!」
リシスが飛び上がるや、高高度から勢いよく突撃してくる。
まさに隕石のごとく威力を秘めているのだろう。
だが、あれでは狙ってくださいと言っているようなものだ。
ロアはため息をつきつつ、飛び退いた。
直後、先ほどまで立っていた地面にリシスが剣を突き立てる形で激突。周囲に荒々しく亀裂が走り、半球形に地面が穿たれた。
その凄絶な光景を目にしつつ、ロアは呆れ気味に告げる。
「ついでにお前らの実力を見られればと思ってたが……なるほど。この程度か」
「強がっていられるのもいまのうちです!」
「いや、もう終わりだ」
「……勝負を投げ出すつもりですか!?」
「そうじゃない。お前の底は知れたからな。これ以上やっても無駄だ」
これを勝負とするのはあまりに可哀想だ。
そう考えての判断だったが、リシスは納得してくれないようだった。
「逃がしはしません。あなたが侮辱したすべてに謝罪するまでは……!」
「リシス様の言う通りですわ! 皆様っ!?」
「ええ、わかっています! リシス様のために!」
リシスに同調し、周りを囲むほかの女生徒たち。
逃がさないとばかりに得物を構えている。
気づけば校舎からも多くの女生徒たちが顔を覗かせていた。
これだけの騒ぎになったのだ。
無理はないかもしれない。
「え、なになに! なにがあったんですの?」
「リシス様が変質者と闘ってるんだって……」
「あらまぁ……リシス様相手では、変質者ももう生きていないのでは?」
「それが……なんかすごい変質者なんだって」
相変わらず呼称は不本意なままだったが。
奇しくも学園注目の一戦となっていた。
「……しゃーないか、腰抜かすんじゃねえぞ」
この茶番劇に飽きてきたところだ。
終わらせるには、ちょうどいい。
ロアはぐっと腰を落とし、思いきり息を吸った。
やがて腹が破裂しそうなほど膨らんだ、瞬間。
一気に吐き出した。
「────────ハァッ!」
誇張でもなく大気が震えた。
遥か遠くにまで届いたのだろう。
近隣の森から多くの鳥が飛び立っていた。
周囲の女生徒たちはというと……。
多くがその場にくず折れていた。
両耳を塞いでいたり呆けていたり。
中には目を開けたまま気絶している者もいた。
いまのは《裂気咆呵》。
体内で練り上げた〝闘気〟を声とともに放出する技だ。
言ってしまえば獣が威嚇に使う咆哮。
それをさらに強化したものだ。
「な、なんですか……いま、のは……っ」
「やるじゃねえか。立っていられたのはお前だけだ」
リシスだけが二の足で立っていた。
ただ、どちらの足もがくがくと震えている。
どうやら立っているのがやっとのようだ。
「だが、勝負はついたな」
近づいて、リシスの額を軽く指で押す。
と、ぱたりと愛らしく彼女はその場に倒れた。
《神聖魔装》を展開したにもかかわらず敗北した。
その事実を受け入れられないのだろう。
見上げる彼女の顔は信じられないといった様子だった。
「せっかく無効にしてやろうとしたのに続けたのはそっちだからな。文句は言うなよ」
情けはいらないだろう。
そう思いながら、ロアは拳を突き込もうとする。
「──そこまでです!」
覚えのある凛呼とした声が前庭に響いた。