◆第二話『学園最強の戦姫』
聞こえてきたのは校舎側からだ。
誘われるようにして声の主を見やる。
瞬間、思わず息を呑んでしまった。
声の主──新たに現れた女生徒があまりに美しかったのだ。
中でも目を引くのは腰まで伸びた、稲穂を思わせる黄金の髪だ。後ろで結んだ青リボンも愛らしく、あわせてひとつの芸術品として完成している。
また目鼻立ちも、長くしなやかな手足も。
すべてにおいて均整がとれ、粗がない。
──究極の美。
大げさながら、そう表するほかなかった。
ただ、外見以上に注目すべき点がある。
それはいまも彼女から溢れ出る気高い品位だ。
貴族の娘といっても所詮は若い女。
纏う空気は年相応で甘く、威厳もないことが大半だ。
実際、ほかの女生徒たちは全員が青臭かった。
言うなれば身なりがいいだけの子どもだ。
しかし、新たに現れた女生徒はどうか。
この歳にして威厳と気品をしかと備えている。
まさしく〝本物〟だ。
「リシス様っ」
揃って目を輝かせるほかの女生徒たち。
まるで救世主が現れたかのような反応だ。
「それが、あのケダモノがいきなり襲ってきて!」
「学園長を手籠めにしてやると叫んでいるのです!」
「おい、適当なこと言ってんじゃ──」
「おおよその事情はわかりました」
捏造されまくった状況説明。
いやな予感しかしない。
リシスと呼ばれた女生徒がこちらを見据えてくる。
長い睫毛で縁どられた切れ長の目。
その瞳は空を思わせる美しい青で彩られていた。
しかし、いまはそれがより鋭さを際立たせている。
「つまりあの男は排除すべき対象ということですね」
言うや、リシスが右手に正統的な長剣を展開。
思いきり地を蹴り、一直線に向かってきた。
予想できた事態だが……。
「こうも聞く耳持たない奴らばかりだとはな……」
「学友と見知らぬ男。どちらの言葉を信じるかは明白でしょうっ」
肉迫する直前、リシスが急停止した。
かと思うや腰を深く落とし、薙ぎを繰り出してきた。
駆けた勢いを乗せた一撃だ。
恐ろしく速く鋭い。
ロアは後方へ軽く跳んだ。
腹のわずか先を駆け抜けていく刃。
弧を描いた銀閃がたしかな軌跡を残した、瞬間。
すでにリシスは眼前から消えていた。
風、影。最後の踏み足。相手の目線。
残された情報から自然と左方へ目を向ける。
と、刃が下方から迫ってきていた。
左太腿から右肩へ向けての軌道だ。
またも凄まじく洗練された攻撃だが──。
ロアは片足をすっと下げ、身をよじった。
ひゅんっと顔面すれすれを刃が走る。
外傷はない。
伸びた髭がわずかに斬られた程度だ。
「へぇ、なかなかやるな」
ほかの女生徒とは比較にならない。
剣術だけなら学生の域を超えている。
追撃を警戒し、身構える。
が、リシスはなにやら足を止めていた。
先の攻撃を躱されたことが悔しかったのか。
少しだけ不機嫌な様子で睨んでくる。
「ただの変質者ではないようですね」
「だから言ってんだろ。違うって」
「ええ、とびきりの変質者ですっ」
いまの状況は望んだものではない。
だが、今後は教師として彼女らの面倒を見ることになる。
この際、彼女らの実力を見るためにも、とことん相手をするのも悪くはない。そう方針を決めるや、ロアは右手人差し指で自身の胸元をトントンと叩いた。
「使ってもいいんだぞ」
「……いったいなんの話ですか?」
「このままじゃ俺に勝てないってわかってんだろ。だから、使えって言ってるんだ。アスフィール王国が誇る《神聖魔装》をな」
彼女が身につけた首飾り。
先端には翼つきの青宝石がついている。
あれは女神の涙とも呼ばれる蒼聖石だ。
とても稀少なうえ、女性にのみ反応して発光するという特殊な性質を持つ。
そしてあれこそが、〝戦姫〟が特別扱いされている所以でもある。
「これは軽々しく使っていいものではありません。それに丸腰の相手に使うなど──」
「負けるのが怖いのか?」
「……なんですって?」
リシスが眉根を寄せた。
なんともわかりやすい反応だ。
あと一押しといったところか。
「そうだよな。お前ら戦姫はいずれアスフィール王国軍の要となる存在だ。そんな奴らが《神聖魔装》を使っても、ただの男に負けたとあっちゃ笑うに笑えないもんな」
ありきたりな煽りだ。
冷静な相手には通じないかもしれない。
だが、リシスにはこれ以上ないほど効果を発揮していた。
「いいでしょう。望みどおり使って差し上げます。ただし、負けた場合は2度とこの学園を……いえ、アスフィールの地を踏まないと約束しなさい」
「いいぜ。じゃあ、俺が勝ったら……そうだな、お前、俺のモノになれ」
「なっ!? わ、わたくしっ!?」
「お前、見たところほかの奴に一目置かれてるみたいだからな。お前さえどうにかすりゃ周りも大人しくなるだろ」
ここの女生徒たちはとにかく矜持が高い。
そんな彼女らを収めるにはどうすればいいか。
考えた先、行きついた手段だ。
ただ、当然と言うべきか。
リシスはまなじりを吊り上げ、全身をわなわなと震えさせていた。
「なにをバカなことを……っ! そんな約束をするわけが──」
「なんだ、そっちの条件だけ呑ませて自分はなんのリスクもなしってか? アスフィールの貴族は勇敢だと聞いていたが……なんだ、本当はとんだ臆病で卑怯者だったってわけだ」
「それ以上の侮辱は許しませんっ」
個人だけでなく国の貴族を巻き込んだ。
おかげで怒りの炎を燃え盛らせてくれたらしい。
「せいぜい後悔しなさい。わたくしにコレを使わせたことを」
リシスが翼付きの宝石を右手で握った。
そしてその小さな口でなめらかに紡ぐ。
「──神聖魔装……展開!」