第4話 真夜中のつまみ食い
時刻は真夜中。アッシュフォールド家の屋敷。
公爵の管理する物件という事もあって、その豪勢さは目を見張るものがある。
いたるところに高級品が飾られ、廊下には高名な絵画が並び、その全てが美しく見えるように管理されている。
まさに上級な者が住む場所。
そしてそんな高級な廊下を、これまた高級そうなネグリジェを身にまとい歩く少女。
アッシュフォールド家三女、公爵令嬢アンネリーゼ・マルク・アッシュフォールドその人である。
メイドのレーネを連れ、こそこそ、こそこそと廊下を歩いて行く。
「さぁ、レーネ。こっちは大丈夫。行くわよ」
「お嬢様。あの、流石にこの時間にお夜食はやめた方が……」
「いまさら何言ってるの。あなたにも貴族しか食べられない高級なおやつを食べさせてあげるのよ?」
「そういう問題では……」
アンネリーゼが今やろうとしている事。それはお菓子のつまみ食いである。
理由は単純。おなかが減ったのだ。
何だか今日はベッドに入っても眠れず、うんうんと唸っていたら何だかおなかがさみしいことに気づいた。
前までならば、こんな夜に間食をするなんて美容的にあり得ないし行儀が悪い。公爵令嬢がすることではない、と我慢していたのだが、もうそんなこと気にしなくていいや。おなか減ったしこっそりおやつ食べちゃお。
あとついでにレーナを巻き込みましょうか。貴族しか食べられない高価なおかしをこっそり食べさせてあげる。これでレーナを懐柔。こっそり屋敷脱出計画の手伝いをさせ、私は家族にばれることなく処刑を見に行ける。完璧である。もしかして私は計略の才能もあったのでは?
そんな感じでレーナは仕事に疲れぐったり眠っていたところを叩き起こされた。
本人からすればたまったものではない。
このお嬢様の気まぐれな計画がバレでもしたら、責任を取らされるのは自分ではないかと戦々恐々である。しかし断ろうにも、アンネリーゼお嬢様は少し前まで気まぐれに付き人をクビにしていたお方。最近は人が変わったかのようにお優しくなられたが、口答えをするのは気が進まなかった。
「食堂に着きましたわ。中には……誰もいないようですね」
「はぁ……分かりました。ここまで来たらもう止めません。ですが、なるべくお早くお願いしますね」
「分かっているわよ。ほら、付いてきなさい」
食堂を通り、裏の料理場へ。
真っ暗な空間をランプで照らして、戸棚を開ける。
「これよ……! ブルーニャの菓子職人が作った高級焼き菓子。これがちょうど食べたかったのよ……!」
「ちょ、お嬢様。危ないですから走るのはおやめください!」
目当てのものを見つけて、ルンルンで食堂にスキップして戻りテーブルの上に箱を開く。
中に入っていた焼き菓子は丸やら四角やら様々な形であり、見た目も面白かった。
アンネリーゼのおなかが思わずぐぎゅうと鳴る。
「レーネもこっちに来て座りなさい。こんなお菓子食べられる機会なんて今ぐらいでしょ?」
「いえ、流石にそれは……」
「なに? 私の勧めたものは食べられないって言うの?」
「そういう訳ではなくですね!」
ここで一緒につまみ食いさせてしまえば、以降はこれで脅して言う事を聞かせられるかもと思ったのだが、なかなかにレーナは強情である。
そんなこんなで飲み会でのパワハラ親父のようなやり取りが数回アンネリーゼとレーナの間に交わされている最中、唐突に食堂の扉が開いた。
「誰だ……? そこに誰かいるのか?」
青い瞳。気品ある顔立ち。白銀の髪。
そこにいたのは、他でもないローベン・マルク・アッシュフォールド――アンネリーゼの父であった。
「お父さま!?」
「ローベン様……」
「アンネリーゼと……君はメイドか? 何故こんな時間に……」
と、そこでローベンの視線がテーブルの焼き菓子に移る。
一瞬ローベンの表情が驚いたものになり、その後くっくと笑い始めた。
「成程成程……まさか、アンネリーゼがつまみ食いをしようとするとは……で、使用人。何故娘を止めなかった?」
鋭い視線を向けられ、レーナの体が強張った。
アンネリーゼが立ち、前に出る。
「お父さま。これは私がやった事で彼女は関係ありません。どうか罰を与えるならば私に」
その娘の様子を見て、ローベンはアンネリーゼとレーナを交互に見る。
顎に手を当て暫く思案した後、アンネリーゼの目を見てニコリとほほ笑んだ。
「いや、別に怒っている訳ではない。ただアンネリーゼは最近、精神的に不調だっただろう? それが少し心配だっただけだ。つまみ食いをするほどの元気があるなら、もう問題ないだろう。そこのメイド、名は?」
「レ、レーナ・マイヤーズです。アンネリーゼお嬢様のお世話を任されております」
「あぁ、そうだったな。そんな名前のメイドだった。忘れていた。君のおかげで娘は元気を取り戻したようだ。感謝する」
「そ、そんな! 感謝など……」
恐れ多い、と顔を振るレーナを見て、ローベンは目を細めた。
しかしすぐに元の表情に戻る。
「とにかく、今日の所は見なかった事にするが……アンネリーゼ、もうこんな事はしないように」
「はいお父さま。アンネリーゼはもうしません」
「良い子だ。さぁ、もう寝なさい」
そう言って、ローベンはアンネリーゼの頭を撫でた。
その時、アンネリーゼはかすかな違和感を覚えた。
(この……臭いは……?)
何か汚泥のような、チーズのような臭いが、強い香水の香りに混じっている。
アンネリーゼはこの臭いを知っている。この、どんなに消そうと香水を振っても消しきれない臭いを。
これは――死体の臭いだ。
ちらりと上を向く。気付かれないように。自分の頭を撫でるローベンの顔を見る。
そこにあった目は、アンネリーゼを見ていない。
暗く冷たい残虐な色をした目は、レーナを見ていた。
(あぁ、そうでした。思い出しましたわ――)
1度目の人生でレーナが屋敷から去った理由。
いつの間にかアンネリーゼの世話役を辞めていた彼女の行方。
彼女は――公爵家当主ローベンによって拷問されて死んだのだ。