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閑話 こんなものですよ

本編に入れられなかった(作者が忘れていた)エピソードです。

時系列的にはアンネリーゼが公開処刑を見に行く前。となります。


 ある日のアッシュフォールド家。

 

 アンネリーゼは中庭で飼い犬のパピーと戯れていた。

 昼過ぎの時間。運動の一環として犬の遊びに付き合ってあげるのが彼女の日課だった。

 尻尾を振ってじゃれる子犬を撫でながら微笑む彼女は非常に様になっており、誰が見ても穏やかな気持ちになる光景だろう。


「はぁ……はぁ……お嬢様。今、帰りましたぁ」


 その光景に切り込まれたのは、息が切れ汗だくになったメイドの姿である。


「あら。ずいぶん遅かったですねレーナ」


 主人の言葉に、ぐっと顔を顰めるレーナ。

 こっちはあなたの無茶ぶりに答えるために、必死になって走り回ってきたんですよ。そもそも処刑が見たいなんて言い出したかと思えば、バレずに見に行くための足を用意しろだなんて頭がおかしいのですか? とは口が裂けても言えない。


「申し訳ございません、お嬢様」

「それで、頼んでいた事は十全に準備できましたか?」

「はい。足のつかないルートから当日の予定(アリバイ)まで。あとは決行日を待つだけです」

「分かりましたわ」


 そっけなくそういうアンネリーゼを見て、レーナは誰にも聞こえないように溜息をついた。

 お嬢様の命令には従うという契約を結んだけれど、一番最初に命令される事がこれってどうなんだろうか。私はこれからこんな事をずっと続けなければならないのだろうか。


 そんな風に彼女が自分の未来を憂いていた時、一人、別のメイドが彼女たちの元にやってきた。


「アンネリーゼ様、失礼します」

「あら? あなたは確か……」

「マリー様の付き人をさせて頂いているミシェルと申します。少しそこのレーナをお借りさせてもらう事はできませんか?」

「それは構いませんけど……」


 目線でレーナを指し、アンネリーゼからの許諾を得た彼女は、一度礼をしレーナに向き合った。


「レーナ。今日マリー様のお部屋を掃除したのは貴方だったわよね?」

「はい。そうですけど……本来担当だった子が都合が悪いらしくて」

「そう――ついてきなさい」

「え? あの……」


 突然の事に反応できないレーナの手を掴み、ミシェルは彼女を連れて行こうとする。

 

「ちょっと、待ちなさい。何があったのかぐらいは私に説明してください」


 私たち、ではなく私にと言うあたりに彼女の性根が出ている。

 が、子供とはいえ、流石に自分より上の貴族様にそう言われてしまったら、メイドの中ではまとめ役として上の地位にいるミシェルと言えども、無視はできない。


「……マリー様のお部屋に、少々看過できないものが見つかりまして」

「お姉さまの部屋に? それなら私もついていきます」

「いえ、しかし……」

「レーナが関わっているかもしれないのでしょう? ならば私にもそれを知る権利はあるのでは?」


 ミシェルは少し悩んだそぶりを見せた後、アンネリーゼに向き直った。


「分かりました。それではアンネリーゼ様もご一緒ください。ですが……少々刺激の強いモノを見る事になると思うので、その心づもりを」



 ☆★☆



 ミシェルに連れられてやってきたマリーの部屋には、既に先客がいた。

 部屋の中心には包みのようなものが置かれている。

 部屋にいた人間たちはそれを中心に囲んでいた。


「お母さま……?」

「あら。何故アンも一緒に? 私は掃除をした人間を呼んできなさいと言ったのだけれど」


 そう困った様子で呟いたのは、シャルロット・マルク・アッシュフォールド。アンネリーゼたち姉妹の母である。

 その横には、アンネリーゼの姉であるマリーが腕を組んで不機嫌そうに座っていた。


「申し訳ございません、奥様。本来の担当者は、今体調不良で寝込んでおりました。事件があったと思われる時にお嬢様の部屋を掃除していたのは、アンネリーゼ様の世話係のものでして」

「私は、レーナがいきなり連れて行かれそうになったから着いてきただけです」

「そう、じゃあしょうがないわねぇ」


 あらあらと温和な微笑みを浮かべるシャルロットに、場の空気が少し緩まる。

 そのせいかどうか。

 レーナが遠慮気味に発言する。


「あの~、それで何があったのでしょうか? 私が何か、不手際をしてしまったのでしょうか?」

「不手際も何もないわよ! よくそんな白々しい演技ができるわね!」


 座っていたマリーが怒声を上げながら立ち上がった。

 それにレーナはびくりと体を震わせた。


「これが今日部屋に帰ってみたら置いてあったのよ! 昨日まではなかったのに」


 マリーは謎の包みまで歩み寄ると、乱暴にそれを開いた。

 そこに現れたのは、2匹の子猫の死体であった。それもただの死体ではなく、体中がボロボロに傷付き、腕はあらぬ方向に曲がり、そして首がなかった。


「ひっ……」


 それを見たレーナが小さな悲鳴を上げた。その反応が気に食わなかったのか、マリーはますます不機嫌そうになり、彼女に言葉を投げかける。


「この部屋に入ったのは、私以外は掃除を担当したあなただけよね? これはいったいどういう事?」

「し、知りません。そんなもの、私がここを掃除した時はなかった筈です!」

「そんなわけないじゃない! あなた以外に誰がいるって言うのよ!」


 剣呑となる雰囲気。

 そんな中、シャルロットが口を開いた。


「レーナ、と言いましたか。どうなのですか? 本当にこれを知らないと?」

「ほ、本当です! こんなことする訳がありません」

「お母さま、まさかこんな平民の言う事を信じないわよね?」


 マリーの訴えに、シャルロットははぁと息をついた。

 

 傷だらけで首のない猫の死体。ヒステリック気味に喚くマリー。必死に自分の潔白を訴えるレーナ。何を考えているか分からないシャルロット。


 アンネリーゼはそれらを順々に観察していき、あぁと推測を導き出した。


()()、マリーお姉さまの自作自演ですね。まさかレーナに子猫を虐める趣味があるなら話は別ですけど……)


 多分、というか間違いなくそうだろう。

 あの殺し方。わざわざ死んでから首を斬るという悪趣味なやり方は見覚えがある。

 昔、マリーお姉さまとミアお姉さまが一緒になってやっていた()()だ。

 小動物を首を絞めて殺してから弄っていき、最後に首を斬る。人のことは言えないが、なかなかの趣味をしていると思う。

 

 大方、最近生意気になった妹に何か良い嫌がらせはないか。そういえばあの妹が気に入っているメイドがいたし、そいつを辞めさせてやろう。とかそんなところでは?


 となれば、次にマリーが矛先を向けるのは……。


「アン、あなたのお気に入りがとんでもない事をやってくれたわよ。それとも、あなたが命令したのかしら?」


(まぁ、こうなりますよねぇ。お母様まで連れ出してきているんですから……)


 普通に考えれば、レーナがやったという証拠などないのだから、言いがかりにしかならない杜撰な計画なのだが……レーナは平民であり、マリーは貴族。ごり押せると思っているのだろう。


「ちょっと、何黙っているの? 何とか言いなさいよ」


(まぁしかし、レーナがやっていないという証拠を出せないのなら、()()()()()()()()()()()()を出せばいいだけの話なんですけどね)


「ちょっと、ミシェルさん。その猫もっとよく見せてくれますか?」

「え? いえ、しかし……」

「じゃあいいです。自分でやります」


 猫の死骸を触りたくなさそうなミシェルの反応を見て、アンネリーゼはつかつかと歩いていき、二匹の死骸に触れた。


「あ、あなた何やってるの……?」

「何って確認しているのですよ。あぁ、ほらやっぱり」


 アンネリーゼはそう言うと、猫の死骸を皆に見えるように置いた。


「これ。分かりますか? 2匹とも首が切断されていて、そっちに目が行きがちですけど、死因は絞殺です。多分、蹴るか殴るかして弱らせた後に首を絞めて殺したんでしょうね。そしてその後首を斬ったと」

「それがどうしたというの? 別に猫が死んだ原因なんてどうでもいいじゃない」

「えぇ、まぁ関係ないですけど。でも絞殺なら、殺した人の腕に引っかき傷ができてても不思議じゃないですよね?」


 そう言うと、マリーの顔が青ざめた。

 そして自分の袖を触る。もはや自白しているも同然である。


「レーナ。ほらちょっと袖をたくり上げなさい。あとついでに下も」

「ちょ、ちょっとお嬢様!?」


 レーナの袖を上げさせ、ついでにスカートも上げさせる。出てきたの白い肌。傷一つない柔肌である。


「あら。レーナには付いてませんでしたね。じゃあ次はお姉さまの腕を見せてもらえますか?」

「そ、それは……」


 マリーは狼狽え、言葉に詰まる。彼女に集まる視線にますます萎縮していく。


 こうなってしまったらもう誰が見ても勝敗は明らかだった。

 もし、彼女がもう少し大人だったなら、こんな杜撰な方法はとらなかっただろう。もっと丁寧に、バレないように入念に計画しただろう。もし彼女がもう少し年を重ねていれば、この状況でも知らぬ存ぜぬで押し通せていたであろう。だって状況的な証拠は何一つ変わっていないのだから。


 でも、狼狽えてしまった。明らかに動揺してしまった。その変化は周囲に明確に伝わり、事件の全容を自白させた。


 シャルロットがマリーに近づき、腕を掴んだ。


「い、嫌っ!」


 抵抗する彼女を無視し、袖をたくし上げる。

 すると、そこに現れたマリーの左腕には、数センチほどのミミズ腫れが走っていた。


「あらあらまぁまぁ。マリーったら。そうなのね?」

「いえ、お母さま。違います……! 私は……」

「ミシェルさん。もういいわ。アンと他の人ももう帰らせて。私はこの子とあっちのお部屋で()()があるから」


 シャルロットがそう言い放つと、ただでさせ青かったマリーの顔が更に青ざめた。

 マリーの手を引いて、シャルロットが部屋を出て行く。

 部屋にはアンネリーゼとレーナ、そしてミシェルが残された。


「え、えっと。これは私は助かったって事でいいんですか?」

「そういうことですね。全く面倒くさい……」

「ひぇ。すみませんすみません……」


 小声で呟かれた恨み節に、平謝りするレーナ。

 その様子は赤べこのようであった。


「ミシェルさん? どうしたのですか?」


 アンネリーゼは放心し、その場を動こうとしない彼女に尋ねた。


「……マリー様があんな残虐な事をするなんて……」

「ミシェル?」

「あっ申し訳ございません」


 子猫を殺したのが子供たちだという事に、彼女はショックを受けていたようだ。

 少しばかり呆けた様子を見せた後、アンネリーゼの呼びかけで正気に戻ったのか、普段の調子が出てくる。


「いらないお世話かもしれないけれど、アッシュフォールドの人間は、みんなあんなものだと思った方がいいですよ」

「え……?」


 思わずミシェルが振り返った時には、もうアンネリーゼはレーナを連れて部屋の外に出ていた。



 ☆★☆



 きりきり、きりきりと。


 部屋には何かを締めるような音が響いていた。

 いや、正しくは何かを締めるような音と、子供の泣き声が響いていた、というべきだろう。


「――マリー。母が何故、このような事をしているか理解していますか?」


 シャルロットは普段と全く変わらない、温和な笑みでそう尋ねた。

 彼女はきりきりと、しつけ用の鉄板を締める。

 腕を回すたび、椅子に座らされているマリーからは苦悶の声が漏れる。


「痛い、痛いですお母さま。やめ、やめて」

「質問に答えてないわね。もう一度聞きます。何故、こんな事をしているか、分かっていますか?」


 座った状態のマリーの前で、しゃがみながら手を動かすシャルロット。

 マリーの両足に嵌められているのは、足を両側から固定し、締め上げ苦痛を与える器具である。

 マリーは絞り出すように答えた。


「わ、私が、嘘を言って、アンのメイドを、やめさせようとしたから」

「――ふふっ」


 シャルロットがマリーの顎を掴んで持ち上げた。


「そんな事はね。全くどうでもいいのよマリー。母が今怒っているのは、貴方があんまりにも穴だらけの策謀を行った事と、妹のアンに負けた事。これに怒っているのよ」


 その声は、いつもと変わらず。


「何のために、姉妹の間での諍いを放置していたのか分かるかしら? 外に出た時の、予行練習としてやらせていたのよ?」


 穏やかで、ゆったりと。


「痛いで済むのは家族の間だけ。もし嫁いだ先で、蹴落とすのに失敗したらこの程度じゃすまないのわ。家の中での地位も何もかもが失墜して、惨めでさもしい人生を歩む事になる。母は、貴方たちにそんな事になってほしくないの」


 諭すように彼女は語り続ける。


「蹴落とすのなら、貶めるのなら。完璧に、完全に。欠点などないようにやらなくちゃね」


 自分自身がそうやってのし上がっていったのだから、と。


 部屋には悲鳴がこだまする。


 シャルロット・マルク・アッシュフォールド。

 彼女は、現代で言うところの、ちょっと過激な教育ママであった。




 ☆★☆




 1週間後。


「レーナ。あのミシェルって人、どこにいるの? 見当たらないのだけれど」


「あぁ、ミシェルさんなら辞めましたよ。田舎に帰るって」


「あら、まぁ」


「実家の人形師を継ぐそうです。特に何も言ってなかったですけど、やっぱり先日の件が効いたんですかね」


「残念です。あの人も上手くやればこちらに取り込めそうだったのに」


「……とても失礼ですけど、お嬢様は本当に12歳ですか?」


「さぁ? レーナはどう思う?」


「申し訳ございませんでした。私が悪かったです……」

 


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