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第14話 没落しましたわー!

 

 アッシュフォールド領ジュナール。

 広大な農地をもち、穀物の生産に秀でていたこの土地は多くの富が集まり、商人が行きかう巨大な都市を築いていた。

 人が集まれば、グラデーションのように格差が生まれる。富める者は富んでいき、貧しい者はますます貧しくなる。

 当然のようにこの街も、美しさが集う地域と汚らしさが集う地域に分かれていた。

 

 そんな両極端の地域の、ちょうど真ん中あたりに位置する売春宿があった。

 宿のグレードとしては中間。嬢のレベルもそこそこ。しかし、この宿はある理由で中流以下の貴族に重宝された。


 立地、経営状況、目立たなさ。

 そして、周囲と隔絶された密室。

 つまり、密会の場として、最適であったからだ。


「シャルル様……! あぁ、会いたかったです」

「僕もです。アンネリーゼ様」


 美しい銀髪は艶やかさが増し、長い睫に覆われた蒼色の瞳は既に婦人の雰囲気を纏いつつある。この半年でアンネリーゼの身体は大きく大人に近づいていた。

 つまり、元々の人生では絶世の美女と謳われたアンネリーゼの妖艶さが漂い始めたという事だ。

 ただまぁ、彼女は未だ13歳。成長期であるが故、すぐに大きくなってはいくが、子供ゆえの純真無垢は抜けきらない。

 羽化寸前の蛹、それが今のアンネリーゼだった。


 そしてそんなアンネリーゼを抱き寄せるのは、処刑人一族の子供、メルティーズ家の次期当主、シャルル・メルティーズである。

 二人しかいないこの部屋で、触れ合う男女。

 まるで繊細な紙細工を触るかのような手つきで、シャルルはアンネリーゼの髪に触れ、頭部を撫でる。そこには、決して壊さないように、という慈しみと、思い切り抱きしめたいという思い。そして、心を焦がすような焦燥感が感じられた。


 立場上、普段はなかなか逢瀬を楽しめない二人は、その空白を埋めるかのように長く抱擁した後、女――アンネリーゼが口を開いた。


「シャルル様……お話があるのです」


 その口調は真剣な色を含んでおり、シャルルの体が強張る。


「なんでしょうか?」

「私たちは……今のままだと許されない関係です」


 とうとう、この時が来てしまったか。


 シャルルは目を伏せた。

 分かっていた。この半年、唯一自分を認めてくれていたアンネリーゼとの時間は、シャルルにとって、人生で最も幸福なものだった。

 しかし、自分は処刑人。相手は公爵の娘、貴族。幾ら当人同士が愛し合っていようと、到底認められるものではない。

 だから、いつかは別れが訪れると考えていた。たった半年の間で、アンネリーゼは随分と美しくなった。家の方でも、彼女の縁探しが進められている頃合いだろう。


 アンネリーゼは言葉をつなげる。


「シャルル様、お耳をお貸しください……」


 だから、これは離別の証だと。

 心の中で、せめて最後は美しく在ろうと覚悟を決め、耳を傾けた。


 アンネリーゼの鈴のように澄んだ声が、鼓膜を撫でる。


「――――――――――!? アンネリーゼ様、それは……」

「ふふっ、私は本気ですよ?」

「いえ、ですが……そんな事をすれば貴方は……」


 想像していたものとは違った内容に、シャルルは驚愕する。


「貴方は、その言葉の本当に意味が分かっているのですか? ただ、平民に堕ちるという訳ではないのですよ?」

「分かっております。それに、私は()()()()()を知りたいのです」

「――――」


 何の迷いもなく、それどころか嬉しそうにそう述べる少女を前に、言葉が出なかった。

 シャルルにとって、初めて自分を認めてくれた女性。初めて、正面から向き合えた異性。

 それでも、アンネリーゼのその在り方は、異常に思えた。


「シャルル様……もしかして、ご迷惑でしょうか……?」

「いや……そんな訳、ないでしょう。とても、とても嬉しいのです」


 かといって、彼女を愛しているという事に変わりはない。

 彼女の提案は、シャルルにとっても、望む内容であった。


「よかった! もし断られたら、どうしようかと昨日は眠れなかったのです」


 アンネリーゼは嬉しそうに微笑んだ。

 

 そうだ。自分にはこの人しかいないのだ。この呪われた身を愛し、本当に自分を見てくれたのは、彼女だけだ。

 ならば、ここで決意しよう。彼女を愛し続けると。


 彼女の髪に触れる。

 美しい銀髪に、さらりと指が通った。


 こうして、二人の最後の逢瀬は過ぎていった。




 ☆★☆




 アッシュフォールドの屋敷、エントランスから階段を上がり、2階の廊下を突きあたったところに、当主ローベンの執務室があった。

 その中では、執務机で腕を組み額に皺を寄せているローベンと、急に父に呼び出されたアンネリーゼが向かい合っていた。


「アンネリーゼ。今日ここに呼び出した理由は分かるか?」

「いえ。全く」


 重々しい雰囲気の中、ローベンは口を開いた。

 対するアンネリーゼは、表情を変えず即答した。


「そうか。単刀直入に言おう。――最近、誰と会っている?」


 ローベンの目が細まり、語気が強くなる。


「何の話でしょうか?」

「とぼけるな。こちらは既に把握している、お前がこの間の……医者の息子と密会していた事はな」

「…………」


 しばしの間、アンネリーゼとローベンは睨み合う。

 音がなくなった両者の間を、雨音が走った。窓を見れば、外は大雨が降っている事が分かる。


「アンネリーゼ、今ならまだ間に合う。考え直しなさい」


 ローベンは額を抑え、そう言った。

 その声色は優しく、子供を窘める為のものである。


「……アンネリーゼ、どうしたというのだ。あんなに気に入っていた使用人も、数日前に叩き出して……。最近のお前はおかしいぞ」


 本当に心配した様子でローベンはアンネリーゼに語り掛ける。


「私はどうもしていませんよ。お父様。今まで通り、何も変わってなどおりません」


 だが、アンネリーゼはその言葉を切り捨てた。

 その様子にローベンは溜息をつき、言葉を続ける。


「アンネリーゼ。私は病床のお前に、ショックになってはいけないと思い嘘をついた。お前を治した親子は、医者ではない。処刑人の一家なのだ」


 彼は、これを娘に教えたくなかった。

 娘の為、というのもあるが、それ以上にアッシュフォールドが個人的に処刑人と関わったなどという事実を自分以外に知られたくなかった。

 だが、娘が処刑人などと関わるぐらいならば、真実を伝えた方がいい。

 アンネリーゼはこう見えて繊細な子だ。呪われた一族と関わった事を知れば精神的に不安定になるかもしれない。しかし、今ならまだ間に合うのだ。ならば、迷う事はない。

 そう思案し、ローベンは真実を告げた、これで娘の目が覚めると信じて。

 

「それがどうしたというのですか?」

「なに……?」


 だが、帰ってきた答えは、ローベンの予想とは違っていた。

 てっきり娘はヒステリックに自分を罵ってくると思っていた。「どうして処刑人などを屋敷に入れたのか」と。

 

「どういう意味……いや、お前まさか……!」


 アンネリーゼの目を見る。自分と同じ蒼く輝く瞳を。

 

 そこに宿る色を見て、彼は悟った。

 娘が、処刑人と知って男と関係を持ったのだと。


 あり得ない。何故だ。気持ちが悪い。

 その銀の髪、お前は私の娘だろう? 高貴なる青き血が、何故そんな恐ろしい事ができるのだ。

 

 一通りの感情が頭の中を巡った後、彼の思考は一瞬で落ち着いた。自分がやるべき事を定めたからだ。


「おい! アルバス! 入ってこい」


 ローベンが部屋の外にも聞こえる声で、執事を呼んだ。

 外に控えていたアルバスという執事が扉を開けて室内に入る。


「如何なされましたか?」

「そこの女を屋敷から叩き出せ」

「は? しかし……」

「早くしろ!」

「は、はい!」


 ローベンが出した結論は、アンネリーゼの家からの勘当である。

 家から勘当者を出すという醜聞と、身内に呪われた一族と関係を持った人間がいるというおぞましさ。

 その二つを比べて、彼は天秤にかけるまでもなく醜聞を選んだ。

 

 アルバスはアンネリーゼの腕を掴み、拘束する。

 その様子に困惑はあれど、躊躇はない。彼はローベンに近しい人間であり、彼の異常ともいえる()()を知っているのだろう。


「今後、二度とアッシュフォールドを名乗る事は許さん」


 背に縁切りの言葉を受け、部屋を連れ出されそうになる寸前、アンネリーゼは口を開いた。


「お父様、元娘として忠告を。あのお趣味は、しばらく控えた方が()()()()()()()()()()()?」


 アンネリーゼに返ってきたのは、侮蔑と恐怖に塗れた、理解できないものを見る目だった。



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