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第10話 アンネリーゼは見た


 アッシュフォールド家の屋敷の廊下を歩きながら、シャルルは嘆息した。

 なぜ自分はここにいるのか、と。


 メルティーズ家は処刑人としての特権を有し、金銭的にはかなり裕福な方に類する。

 にも関わらず、副業として医者をやっているのは、呪われた一族としてのせめてもの贖罪、人を殺す事によって得た知識を社会に還元するためだ。

 

 これは処刑人として生まれた者の責務にして役割である、というのは父ジャンの言葉である。シャルルとてその意味は分かっているし、メルティーズに生まれた時点でいつかは自分が継ぐ事だと理解している。

 ただ、今回はあまりに唐突に過ぎた。

 いきなり連れ出され、来てみれば公爵の屋敷。しかも自分が来られない時はシャルルが一人で様子を見に行けと言う。

 困惑するのも当然だろう。だが、来てしまったものは仕方がないと気持ちを切り替えた。


 初めて謁見した公爵家当主、ローベンの目は侮蔑に満ちていた。

 その場で説明された話によると、アッシュフォールドの三女が病気で苦しんでいるらしい。元々はアッシュフォールド家付きの抱え医師に診させていたが、全く改善する様子がないため、その医者を処分したようだ。その後、貴族のつてを頼って、他地域で処刑執行人兼医者として活動しているメルティーズに連絡を取ったという話だった。

 

 本来ならば、お前たちのようなものは敷地にすら入れたくなかった。呪われし一族と口を聞くというだけでおぞましい。


 頼んできたのはそっちだというのに、そのあんまりな言い方にシャルルはどうしようもない怒りを覚えた。

 

 彼ら貴族だって処刑に加担している筈だ。彼らが下した判決を、処刑執行人は実行しているだけに過ぎない。

 だというのに、まるで違う世界に住む怪物を見るような目で処刑人は蔑まれる。

 分かってはいる。分かってはいるが……。シャルルがそれを割り切るには、いささか若すぎた。


 結局のところ、父の思惑はそれなのだろう。

 まだ若いシャルルに自分たちが社会でどのように見られているか。例え他者を救おうとしていても、ただ処刑人として在るという事実が差別される対象になる。

 それを実感として教えようとしたのだ。


 ――そんな事は、今更言われなくても分かっている。


 公爵の令嬢はアンネリーゼという名前だった。

 初めて会った時、シャルルの顔を見て驚いたように赤面し、ちらちらと見つめてきた事にシャルルは気付いていた。


 あぁ、またか。

 彼はそう思った。


 自分の顔が、一般的なそれより造形に優れている事は知っていた。

 そしてそれが異性には魅力的に見られる事も。

 だが、それだけなのだ。シャルルの美に引かれ、近づいてきた者もみなメルティーズだと知ると、侮蔑の言葉と共に離れていった。 


 あの手この手でシャルルに触れようとする彼女も、真実を知れば離れていく。自分から触りたがったのに、まるで強姦されたかのようにヒステリックに非難してくる。

 もうそんな事はごめんだった。

 その点では、ローベン公爵閣下によって命じられた接触禁止令はシャルルにとっても都合が良い。断る大義名分として活用できるからだ。


 しかし、今日。触ってしまった。転倒しそうになるご令嬢を庇う形で。

 すぐに嵌められたと気付いた。あの様子だとローベン卿へ報告するという事はなさそうだが、万が一シャルルが処刑人一族の人間だと彼女にバレた場合、また面倒な事になる。

 

 自分の身の回りを取り囲む関係性、社会が自分たちを見る目。それらを考えると、シャルルは憂鬱な気分になる。


 身分を偽りながら、貴族の屋敷を動き回るという行為は精神的に楽ではない。特に父が本業の方で忙しい今日のような日は、気が張ってしようがない。


 だが、それもあと数日。アンネリーゼ嬢の容態もほぼ回復している。

 あと数日の我慢だと、己に気合を入れ直した時だった。


「あら? あらあらまぁ。もし、どちら様でしょうか?」


 前から仕立ての良いドレスを着た女性が歩いてき、シャルルとすれ違った。

 なるべく会話にならないように気を付け、会釈をして通り過ぎたのだが、後ろから声をかけられてしまうと返事をするしかない。


「はっ。アンネリーゼ様の治療のため、お招きいただいたシャルル・ソーティと申します」

「あぁ、貴方が妹の……」


 妹。 

 その言葉で目の前の女性がマリー様かミア様だという事は理解できた。

 しかし、アッシュフォールド家の長女と次女は双子だと聞いている。吊り上がった目で貴族然とした印象を受ける彼女がどちらなのかはシャルルには分からなかった。

 めかしこんだ格好を見るところに、何処かで開かれた貴族の集まりからの帰りなのかもしれない。


「ご挨拶が遅れましたわね。私、マリー・マルク・アッシュフォールドと申しますわ。貴方がアンを治してくださっているのでしょう? お礼がしたいわ。よろしければ、お茶でも一緒にいかが?」


 成程、どうやら姉の方であったらしい。

 彼女は真っ直ぐに目を見つめてくる。その青い瞳にはシャルルの一般的には美しいとされる顔が反射していた。

 彼女も、か。

 シャルルは顔には出ないように、心で息を吐く。


「この身に余る光栄でございます、マリー様。しかし、御父上からの命で、平民である私は貴方様にあまり近づいてはならぬのです」

「まぁ、お父様がそんなことを? そんなもの気にしなくてよろしいのですよ? ほら、こっちにいらして」


 これは面倒くさい事になったな。シャルルは素直にそう思った。

 経験上、こういう相手は断ると身分を傘にして言外に脅迫してくる。父親の名を出せば、引っ込むかと思ったが、思ったよりもアッシュフォールド家の長女様は跳ねっ返りらしい。


「分かりました。ではお言葉に甘えて、ご同席しましょう。ただ、1つだけお願いがあります」

「お願い? 何ですか?」

「お父上に知れると都合が悪いので――これは、()()()()の秘密という事にしましょう」


 微笑みながら、シャルルはそう言った。

 女というのは、二人だけ、秘密といった言葉に弱い。特に貴族の女は、父親には秘密だと言えば大抵言うとおりに何も言わない。


「まぁ、まぁ! それはもちろんですわ。さぁ、シャルル様。一緒に参りましょう」


 ぱぁと明るい顔になり、とろけたような目線を向けてくるマリーを見て、シャルルは仮初の仮面をより強く顔に固定する。


 ――あぁ、吐き気がする。


 目の前の女も、好意的な目で見てくる彼女(アンネリーゼ)も、どうせ自分が処刑人だと知った瞬間に、態度を豹変させる。あちらから近づいておいて、触りたいと手を差し出してきて。相手が呪われた一族であると知ったら泣き喚き、まるで汚物でも触ったかのように手を洗う。忌まわしさと悔しさに塗れた顔で、「悪魔に襲われた!」と主張し始めるのだ。


 一皮剥き、内臓を確かめれば、自分たちと彼らには何の違いもないというのに。




 ☆★☆




「な、なんですかアレは……」


 アンネリーゼは、廊下の角に隠れながら、今見た光景に体を震わせた。


 足が治ってきてからは、愛しのシャルル様の後を付ける事が彼女の日々の活力源になっていた。

 ジャンの想定よりも運動能力の回復が早かったのは、このためである。

 

 考え事をしている様子も、物憂げな様子も、どちらもお美しいです。あぁ、そのさらっとした髪も素敵ですわね。それに翡翠色の瞳も。

 でも、なんと言ってもやっぱり……その白さの中に男らしさが残る腕が一番ですわ。その手で剣を握って、私を……。ぐへ、ぐへへへへへへへ。


 そんな感じで今日も元気にシャルル様観察(ストーキング)していたのだが……そこで、姉のマリーがシャルルの手を引いて部屋に案内する様子を見てしまった。


「ふ、ふふ、ふふふふふふふふふふふ」


 そーですか。そーですか。

 マリーお姉さま、そーきますか。


 その場にもしレーナがいたなら、「ひっ」と叫んで涙目になりそうな程の笑み。笑っているが、笑っていない。そういう類の表情。


()()()に手を出すなんて……後悔しますわよ」


 

 


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